Scribble at 2022-09-08 19:15:29 Last modified: 2022-10-19 16:11:50
寿命のすべてが、外因による死亡率によって決められているわけではないかもしれない。しかし、寿命の一部が、外因による死亡率によって決められていることは確かだろう。したがって、外因による死亡率を操作すれば、寿命を操作できるはずだ。
何度か MarkupDancing では書いていることだが、ここ最近の講談社ブルーバックスは、とくにオンラインのメディアで「国葬」を大々的にサポートするような記事をブルーバックス名義で取り上げたり、かなり編集部(あるいはオンライン部署)にネトウヨが入り込んでいるらしいのだが、それを排除する検閲も校閲もなされていないという杜撰な運営方針でオンラインのメディアを展開しているのかもしれない。そして、もう一つの特徴はネトウヨやポピュリストと親和性の高い、こういう議論を面白がって公表するサイコパス的な〈思考実験おたく〉の記事だ。
僕が思考実験なるものをだいたいにおいて侮蔑しているのはご承知かと思うが、もちろん思考実験やアナロジーという手法を原則として否定しているわけではない。もちろん、その大半を馬鹿が扱うから馬鹿にしているだけのことだ。最近の書き手としても教員としても未熟なプロパーによる「分かりやすい説明」だの何のという言い訳がましい紙屑の山は、無能の分際でパターナリズムを掲げる傲慢さについての自覚すら欠いている、徹底した無能の産物でしかない。科学哲学のアマチュアとして、そういう洋書の乱読家や海外文献の情報処理マニアにすぎない無能な大学教員や「独立研究者」と称する愚劣な専門家気取りの連中が世の中にばら撒くガラクタを排斥する権威までは無いものの、僕にはガラクタをガラクタだと指摘する学術的な責任というものがある(という擬制に僕はコミットしている)。これは、社会的または道義的な責任というよりも、学術研究という手続きや学術研究の目標に対する学者としての責任である。そういうことに大学教授もアマチュアも関係ない。
上記のようなクズと言ってもいい記事では、いわゆる clickbait としてキャッチーなタイトルで、セコイ条件のもとでしか成立しない結果論を、いかにも科学の話であるかのように繰り広げる。そもそも同じ推移を繰り返せて何百年分も寿命が延びるなんて保証が何もないのに、ただの頭の体操として人の多くが熱心に悩んだり調べたりしている死や寿命や人生の限られた長さについての話を、おそらくは自分の研究テーマや所属分野を正当化するためだけに持ち出すという無神経さは、サイコパス(もちろん侮蔑語ではないにしても)と呼ばずになんと呼べばよいのか。