Scribble at 2018-02-09 23:23:42 Last modified: unmodified

2月の新刊:意味と脱–意味

赤い表紙の人類学の翻訳シリーズは興味深い著作が多いのに、この手の本は目次を眺めるだけでウンザリしてしまうなぁ。それは California Semantics のような形式的な議論が完全に無視されているからというよりも、デリダやソシュールについて、相変わらずの造語でしか語りえない表現能力としての貧弱さに呆れるからだ。造語は、寧ろ当人の言語能力の低さの証明だと思うんだよね。奇怪な言葉で当人のクオリアを「保存」できるという発想そのものが言語に対する浅薄な思考の結果だと思うよ。

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