『白夜行』について

河本孝之(KAWAMOTO Takayuki)

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First appeared: 2026-09-13 12:08:07,
Modified: 2026-09-13 15:52:16,2026-09-14 09:20:44,2026-09-14 15:15:49,2026-09-14 21:07:45,2026-09-15 14:50:32,2026-09-16 07:40:04,2026-09-16 16:54:08,2026-09-17 07:38:28,2026-09-17 17:36:46,2026-09-18 10:48:03,2026-09-18 18:01:13,2026-09-19 08:22:38,2026-09-19 13:53:03,2026-09-19 21:13:16,2026-09-20 12:52:51,2026-09-21 07:11:45,2026-09-21 15:20:00,2026-09-22 08:08:18,2026-09-22 16:38:35,2026-09-23 09:01:56,2026-09-24 15:32:41,2026-09-26 08:01:30,2026-09-29 18:37:07,2026-10-01 15:51:40,
Last modified: 2026-10-04 15:11:14.

おことわり

本稿は、小説の『白夜行』を少なくとも一度は自分自身で読了している方を対象としています。当サイトは広告の収益を得ているサイトではなく、むやみにアクセスを稼ぐ理由がありませんので、「ネタばれ」のような SEO キーワードでビジターを釣るようなことはしません。僕はこのページで『白夜行』と『幻夜』のストーリー解説なんてものを書く気はありませんので、両作品の手軽な要約を求めている方はお引き取りください。ていうか、いまどき素人の感想文なんて読まなくても、生成 AI が幾らでも要約してくれます。また、映像版(テレビ・ドラマ版か映画版)しか観ていない方のアクセスも想定していないので、原作を読んだつもりで誰かに語って見せるためのツールにするような意図で読まれても困ります。

それから、本稿は『白夜行』(特に第1章)に関わる多くの細かいテーマについて論評しています。人によっては「無粋な詮索」だとか「野暮な解釈」に思える筈です。自分自身の読後感を大切にしたいとか、解釈の「正解」を知ることよりも自分が作品を読んで何を考えたり何をすべきかが重要だと思う方は(もちろん、それで全く問題ないと思う)、敢えて本稿のような議論は読まない方がいいかもしれません。繰り返しますが、本稿は誰にでも有益な内容があるとは限りませんし、誰にとっても有益な内容を書いているつもりもありません。

検索エンジンで調べれば即座に分かると思いますが、『白夜行』のような推理小説あるいは大衆小説というのは、文芸評論家や文学・批評理論の学者からは研究対象として見做されていません。したがって検索結果に出てくるのは殆どが僕と同じく素人の読書感想文や「ネタばれ」というキーワードの釣り記事ばかりです。「研究」とか「批評」というキーワードを付けて検索しても、まずまともな研究論文の類はヒットしないでしょう。ということで、ブログ記事や SNS での投稿として殴り書きされたような短い感想を読み慣れた人や、そういうものでしか文字を追えない習慣が身に着いてしまった人には、本稿は一定の忍耐を求める密度や長さや難易度の文章になっているはずです。しかし、学習障害や認知障害でもない限り、本稿のような文章に困難を感じるとしても、それは必ずしも読み手の知性が欠けているとか学歴がないということが原因なのではなく、悪い習慣が身に着いてしまっただけという可能性があります。なので、難しく、込み入っていて、長い文章を読めない人たちを、僕は理由もなく軽蔑するつもりはありません。しかし、逆に言えば、そういう文章を読めないからといって、皆さんに合わせて「やさしい」文章を書いていないとか、「寄り添って」いないとか、あるいは僕のサービス精神がないといった、はっきり言ってカスハラに近い不満を言われても困ります。それに、そもそも僕は学問や文芸については初心者や素人にすら下駄を履かせるべきではないと考えています。僕は文学理論で学位をもっているわけでもないので、文芸批評については全くのアマチュアです。そのアマチュアの文章について来ようとするていどの意欲もない人は、無能なのですからあきらめるべきです。文芸作品の批評や解釈しかできない人間なんていないのですから、他に自分ができることをやるべきでしょう。

最後に、別の箇所でも注意書きしていますが、本稿は話題ごとに後から訂正したり内容を追加しているため、それぞれの話題ごとに議論している内容や結論が食い違っている可能性があります。全ての内容を整理しなおす機会があればやるつもりですが、ひとまず内容に不整合があるということはご留意ください。

はじめに

2026年7月23日に亡くなった東野圭吾氏の訃報を知って、これまで東野圭吾氏の小説が原作だというテレビ・ドラマを観たことはあったが、彼自身が書いた小説を一つも読んでいなかったので、この機会に読んでみる気になった。また、過去に何の番組だったか、東野圭吾ファンとして膨大な蔵書をもつ人物の書斎が紹介されていたことも記憶に残っていて、なんとなく気にしていた作家の一人であったことも思い出した。とはいえ、『白夜行』を手に入れたきっかけは、東野圭吾氏の作品を読もうと思って書店に足を運んだからではなかった。たまたま立ち寄ったジュンク堂の棚に東野圭吾氏を追悼するコーナーが設けられていて、それを偶然に眺めたら分厚い『白夜行』と『幻夜』が目に留まっただけのことだった。僕は、どうもこういう大部の書籍を見ると手に入れたいという妙な嗜好があって、つい数週間前にマット・ラフの『魂に秩序を』という分厚い文庫本を買ったばかりだったのだ。そういうわけで『白夜行』と『幻夜』を手に取り、まずは帯に「傑作」と書かれていて、出版年も早い方の『白夜行』を読んでみようと思ったわけである(『幻夜』には帯がついていなかった)。そして、『白夜行』を読了した後に、引き続いて『幻夜』を読んだ。

『白夜行』については、多くの方々と同じく(決して全員が同意するとは思わないが)、優れた作品という読後感を持ったのだが、やはり描かれている状況なりテーマの中には未成年への(性的)虐待やネグレクトを想像させるところがあって、読み終わった後も引きずるようなものを感じた。また当サイトの落書き(Notes)で書いたように、僕自身が東大阪市や生野区や天王寺区に土地鑑をもっているから、作品の舞台として設定されている地域について描かれている様子に割り切れないところが残ったりした。そういうわけで、このストーリーとしても設定としても複雑な作品について、どう理解すればいいかを自分なりにまとめたいと思った。そして、自分なりにどう理解すればいいかを整理したり考える参考として、2006年に TBS 系列で放映されたテレビ・ドラマ版(主演:山田孝之、綾瀬はるか)と、2011年に公開された映画版(主演: 堀北真希、高良健吾)とを観たのだが、どちらも原作の小説から受けた印象とは違うものであり、これらはこれらで独立した作品として評価してもいいのかもしれないが、ひとまず脇へ置く方がよいと判断した。(なので、本稿ではこれらの映像版は注釈として言及することはあっても、評論のソースとしては考慮しない。ただし、僕は小説の解釈だけに固執して「原作派」を名乗るつもりもない。番組や映画は、脚本家による一つの解釈を示しているだけであって、むやみに原作と対立させたり、どちらが「正しい」解釈であるかを議論することに生産性があるかどうかは疑わしい。ただ……テレビ・ドラマの『幻夜』はどうかと思う。あんな二の腕を出してる人物(深田恭子)が「究極の美を追求する」人物だとは思えない。)

多様な読みを許す作品といえば、一九九九年の『白夜行』がある。この作品は、ある人物が高度成長期からバブルの時代に至る長い歳月をどのように送ったかが問題とされるものだ。叙述にミステリーとしての芸があり非常に内容紹介がしにくい作品である。だが、同作がドラマ化された際、制作者は終盤で出てくるネタをあっさりと明かしてしまった。ミステリーとしての魅力が減じても、それ以外の魅力で視聴者を惹きつけられる、という計算があったからだろう。それは当たりで、ドラマ版『白夜行』は一般の視聴者から熱烈に支持されたのである。マニアとは違うところに彼らの隙間があったのだ。

[杉江, 2011]

非常に細かい話をして恐縮だが、後半の解説には全く賛同するのだが、引用した文章の冒頭には妙な表現がある。それは、「この作品は、ある人物が高度成長期からバブルの時代に至る長い歳月をどのように送ったかが問題とされるものだ」と解説されている個所だ。確かに『白夜行』は1970年代から1990年代にかけてのストーリーではあり、随所にオイル・ショックだの巨人のV9だの宮崎勤事件だのという世相や出来事が反映されている。しかし、それは世相が移り変わっていくという情景や時代背景を説明するための脈絡という仕掛けであって、それ自体に特別な意味はないと思う。同様に、本稿では何度か指摘する話だが、大阪市生野区という特定の地域だからこそ成立するストーリーでもないのだ。歴史小説やノン・フィクションじゃあるまいし。だからこそ、テレビ版のように違う時代に置き換えたり、映画版のように関東へと舞台を置き換えてもストーリーとして成立するのである。そして、実は僕は小学生の頃からこの言い方に強い違和感をもっているのだが、「問題とされる」というのはどういうことだろうか。口頭でも文章でも頻繁に見聞きするけれど、僕は「問題」という言葉の杜撰な使われ方に、小学生の頃から呆れたり腹を立ててきた。とりわけ、報道番組でなにごとかを解説するときに「これは問題です」などと平気で口走る大人を眺めていて、NHK の解説委員なんて東大を出ていても馬鹿ばっかりだなと思っていた記憶がある。ここでの脈絡に照らして言えば、「この作品は、或る人々が19年に及ぶ歳月をどのように送ってきたかを描いている」とだけ言えば済む筈なのだ。実際に東野圭吾氏は『白夜行』をそのように(わざわざ二人の内面を描写しないことによって)描いている。なので、この作品を字面の上だけであろうと正確に理解していれば、上記のような概括をしておいて違和感を持っていない方が不思議である。

あるいは、テレビ・ドラマや映画とのメディア・ミクスによって「作品の完成」に達したとする解釈もある。つまり東野圭吾氏の作品は「小説というよりもシナリオに近いのではないか」という理解があるようだ [狩谷, 2012: 142]。しかし、そこでの『白夜行』と『幻夜』は「幼児虐待のトラウマから抜け出せない犯罪者」として要約されており、これはつまり「雪穂と美冬の同一人物説」よりも更に強い、雪穂の目的や動機や行動原理が全く変わっていないという仮説の論証なしには語りえない解釈である。もちろんだが、短大の紀要にそういうレベルの論証を詳述した文章が掲載されるわけもなく、実際には筆者の印象批評や学部生並みの調べものの結果がダラダラと書かれているだけだ。東野氏もまた日本の「テレビっ子」世代であるからには、映像的な想像を作品の構想なり執筆において応用したり活用した可能性は否定できないし、そのこと自体に是非などあるまいが、指摘したり提案するからには最低限の論証がほしい。

それはそうと、僕自身の心の整理としてなら、もちろんチラシの裏にでも書いておけば済むことであり、何も論説として公開するほどの必要はない。でも、本稿を作成して公開する気になった理由は、僕の幾つかの読後感を Gemini と壁打ちして、Gemini の解説や解釈のベースになっていると思われる教師データ、つまりウェブに公開されている多くの読書感想文や批評の文章が、少なくとも Gemini の応答する内容から推し量ると、僕には酷く偏っているように思えたのだ。いわく、『白夜行』は幼い頃に罪を犯した男女が共生によって愛を貫く話であるとか、『幻夜』は『白夜行』の続編であり雪穂は美冬であり云々・・・という読解を元に、たとえば『白夜行』で示唆されている幼女の性的虐待に母親が積極的に関与していることなどについて、東野圭吾氏が松本清張のファンであったことから『砂の器』などの貧困というテーマに関連させて解釈する余地がないかという僕の質問を、Gemini は愚問であると言わんばかりに否定したりするのだ(ところが、『幻夜』の「解説」を書いた黒川博行氏は『砂の器』について言及している)。こういう、一つの解釈や理解だけを「解」だの「最適解」などといって喜ぶような未熟さを放置することは許し難いというていどの社会的な責任は感じる。そういう解釈や読後感を述べる人たちを説得することは難しいだろうが、大勢とは異なる解釈を述べたテキストをウェブに公開することで、少なくとも生成 AI に一定の影響は与えられる余地があると考えたのである。

なお、このたび『白夜行』と『幻夜』について考えたり、このような論説を書くにあたって、もちろんウェブ・ページを検索したり、X でも検索してみたのだが、読むに値する文章や投稿は殆どなかった。僕の基準から雑感として言うと、ウェブ・ページについては、1/1,000、X の投稿については、数百ほどサルみたいにスワイプしてもゴミばかりであった。しかも、X では「作家」や「ライター」や「読書家」を自称する聞いたこともない連中に限って拙劣な中学生並みの感想を書いていたり、それこそ単純な namedropping としての些末で下らない逸話を書いているだけだった。まったくもって、これでは日本人の物書きなんて、数年もすれば中国製の生成 AI に文芸評論でも大多数が駆逐されるであろう。

次に Google Search でも “ac.jp” ドメインに限定して『白夜行』を取り上げている学術論文を探してみたが、大阪大学の小西真理子氏など一部の倫理学やケアの哲学やフェミニストのクローズドな論文が見つかっただけなので、本稿では参照していない。原則としてオープン・アクセスでない論説は、Springer や Elsevier ではアクセスするために単行本を買うくらいのコストがかかるので、ただのつまみ食いだけでコミットして払えるような金額ではない。そして、それらの論文を一読しなかったからといって、僕が死ぬまで哲学者として歯ぎしりするほど後悔することになるかというと・・・哲学者だからこそ言うが、そんな論説など、たとえデリダやウィトゲンシュタインが書いたとしてもありえない。言語表現とは、しょせんそのていどのものである(しかしわれわれは思考や言語を無視できない)、というのがポストモダンを経て哲学に携わる者が弁える常識のはずだ。

それから、YouTube を始めとする映像系のソーシャル・メディアで、評論家や読書マニア、あるいは哲学ファンなどを自称する人々が語っている様子も山のように配信されているようだが、それらは一律に無視してる。特に、生成 AI が吐き出したと思われる節や章ごとの要約を並べて「解説」と称して数時間の動画を配信しているロボット人間のやっていることなど、知性ある大人が数分でも時間をかけて観るものではない。たいていの雑談や対談でも言えることだが、番組としてわざわざゲストに迎えて誰かとお喋りするような体裁の動画は、それが評論家や作家のものであれ、最初から作品に対する評価の立ち位置や、作品について喋る内容を全員が弁えているものだ。なので、そういう業界人同士の予定調和的な議論と言うべき茶番の動画を観たところで、殆ど得るものなんてないのだ。彼らがプロとしてしかるべき場で書いたしかるべきものを読めば(それが読むに値するなら、だが)十分である。

もちろん、文字による文書だけが役に立ち、動画や音声は出鱈目に喋っているにすぎないというのは偏見だ。しかし、それらのメディアで大きく異なるのは、動画や音声で配信された内容が、改めて収録しなおされて修正されたり増補されるなんてことは滅多にないという事実である。僕は、この本稿を初めて公開した数日前から、書き足したり訂正したりを繰り返して、既に10回以上もページをアップロードしなおしている。こういうことは、もちろん動画のチャネルで配信していようと音声のポッドキャストで配信していようと、収録しなおして改めて公開することは、技術的にはできる。でも、それをコンテンツの制作者なり配信者として実際にやる人は、世界中を見渡しても殆どいない。ましてや、僕は20年前に当サイトで掲載した論説ですら、いま再び掲載するにあたって推敲しなおしたり訂正しているわけだが、1年前に配信した動画や音声を収録しなおして配信する人がいるだろうか。そんな動画チャネルやポッドキャスト番組の配信者なんて、1万人に1人すらいないはずである。要するに、動画や音声は垂れ流しなのであって、喋った内容を聴き返して訂正したり収録しなおす責任なんて感じている人間は殆どいないのだ。そんなものを、その場で聴くだけで十分なものであればともかく(そんなものが本当にあるのかどうかは分からないが)、作品の評価や評論や解釈について、ただの一度も訂正したり補足する必要を感じない連中のやることを、僕のような哲学者はいうに及ばず、冷静な社会人なり大人としてのみなさんが真面目に受け取る必要はないと思うのだ。

そこで、気の毒だとは思うが、「白夜行 考察」といったキーワードで検索すると上位に出てくるページだから、取り上げられても仕方がないと諦めてもらうとして、具体的に「ウェブに公開されている多くの読書感想文や批評の文章」の事例をご紹介しよう。まず、「しょーたの読書記録」というブログの「東野圭吾『白夜行』解説と考察──19年にわたる2人の影と光」という文章だが、記事の大半が単なる筋書きの雑な説明であり、最後に幾つかの想像、それから読書感想文、最後にウェブの作文に特徴的な「まとめ」と称する字数稼ぎ、つまり要約やキーワードの量を調節するための無駄で馬鹿げた文章が続く(たぶん本人は自覚していないかもしれないが、もともとテキスト・サイトを運営していた人々が考案した SEO 対策なのだ)。つまり、僕らのように大学院で学術研究の訓練を受けたものは言うに及ばず、ごくふつうの高等教育を受けている者であっても、このような文章のどこにも「考察」と称してよい論述など認められないだろう。なぜなら、考察とは或る仮説を立てて根拠を示した上で一定の結論を導き、考えられる反論や批判に応えたり注釈を加えるというのが作法のようなものであり、学術的な文章を書く人間にとってはフォーマットのようなものだからだ。もちろん、「考察」という言葉を気軽に使う大半の一般人にそういう理解はなく、たぶん漢字検定1級を持っている人ですらここまでの厳格な意味は知らないだろう。しかし、逆に言えばそれゆえにウェブの文章というものは一般人のレベルにとどまるという下方圧力が働きやすく、これらがオンラインのリソースとして大勢を占めてしまうと、検索エンジンのロボットによるインデックス化や生成 AI のエージェントによる学習において低いレベルのコンテンツが示す主張や意見に収斂してしまい、そして検索した人や生成 AI に文学作品の読み方を質問して答えを得るだけという人々が同じていどにレベルの低い内容を「答え」だの「解」だのと言ってコピーしてしまう。これこそ、負のエコー・チェインバーというものだ。

そして二つめの実例は、「たまあざらしの部屋~本・漫画・ゲームの紹介~」というブログに掲載された「【東野圭吾】白夜行|残された謎を徹底考察・時系列まとめ」という記事だ。繰り返すが、わざわざ程度の低い文章を選んで吊るし上げているわけではなく、かなり一般的なキーワードで Google 検索して上位に出てくるページだから、恐らく『白夜行』について感想を調べる人ならたいてい読んでいる筈の文章であるがゆえに取り上げているのだ。そしてこの文章も、要するに『白夜行』全体の筋書きを単に並べて、はっきり言って読めば分かるようなことを「解説」と称しているだけだ。そして、なにか犯罪を示唆する表現が出てくると、「刑法」というレイブル(繰り返しになるが、これは “label” という英単語の正しい外来語表記だ。「ラベル」などと発音してもアメリカ人には通じない)が付いた用語解説らしきコンテンツが表示されるのだが、大半は広告が表示されるだけだ。そもそも、このブログはパソコンでアクセスすると左右のスカイ・スクレイパー(縦長の大きなバナーのこと)と下部の固定バナー、そして本文に何度も出てくるバナーという典型的な「集金ブログ」であって、実はコンテンツなんて検索エンジンでヒットすればなんでもいいのだ。逆に言えば、だからこそこういうゴミが検索の上位に出てくるのである。このブログ記事に限らず、そして『白夜行』のような作品だけに限らず、オンラインの「書評」や「レビュー」と称するコンテンツの殆どは、このように読めば分かることを「考察」とか「評論」とか「解説」と称する未熟で短絡的な文章であって、子供の頃からこんなものばかり読んでいる子供が(「雪穂らのように」と言うべきか)歪んだ理解のまま物事を眺めるようになってしまうのは気の毒というものだ。もちろん、僕がそれらを正すとか大きく是正できる知性なり知識なり文章力を持っているなどと言うつもりはないが、最低でも国公立大学大学院の博士課程で教育を受けた一人として、学術研究と称してもいいレベルの実務や成果を示したり提案することにも意味はあろうと思う。

それから、「全作品を読破した」と豪語して東野作品のリストなどを羅列してアマゾンにリンクしているようなページに限って、全く内容のない、出版社の商品ページに掲載されているのと何ら変わらない筋書きとコメントが書かれているだけである。たぶん、そうしたサイトの多くは、実際にはリストを掲載しているだけで、一ページも東野作品を読んではいないと思う。はっきり言って学術的にはもちろん、小説の単なる読者としてすら何の参考にもならないゴミであるから、そういう一部の自称マニアやオタクを名乗るような連中のページを見る必要はかけらもないと言っておく。ああしたやつらは、その多くは無教養なくせに文藝に関わる人間を気取っているような素人か(つまり学者や文芸評論家の真似がしたいだけだ)、もしくは単なるアフィリエイト狙いの守銭奴にすぎない(或る意味では現代の西本文代なのかもしれないが)。いまでは、ああした連中が掲載しているサイトのコンテンツなんて、生成 AI が数秒で作ってしまうから、たとえ人間がやっていることであっても数秒ていどの工数の価値しかないのである。しかし、当サイトに掲載されている僕の文章は、同等の文章を生成 AI に数秒で書かせることは難しいだろうと思う(もちろん、このクォリティの文章を書かせるためにプロンプトを調整する時間も含めてのことだ。プロンプトの調整もなく勝手に僕と同じレベルの文章を機械ごときに書けるわけがない)。

なお、本稿は新しい着想や解釈を思いついたら、既に公開している個所を訂正するだけではなく、新しく文章を書き足していくつもりだ。なので、最初から体系的に整理した内容があるわけではなく、当サイトで公開している「英語の勉強について」という論説のように、エッセイを数珠つなぎにするような体裁で書き継いでいく。ただ、そのような書き方をしているせいで、或る箇所での議論と別の箇所で展開している議論とが、噛み合っていないように読める場合も出てくると思う。本稿の全体を通じて、個々の議論が整合するように調整できているとは限らないからだ。また、何度か読み返して気づいたことを元に追記したり修正する内容が、以前に書いたことや他の場所で書いている内容と食い違ってしまう可能性もある。そういったことは、一通り論説としてまとまったと思える時期になれば、全体を見渡して不整合がないように調整しなおす機会があるかもしれない。

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『白夜行』注釈

ここでは、特に『白夜行』の第1章を中心とする描写につき、舞台や登場人物の設定にかかわる表現を取り上げて、僕の解釈などを加える。

文学作品というものは、細かい語句にも色々な配慮や工夫を凝らしているので、或る表現がそのようなところにそのように書かれている理由というものが明確に意図されていることが多い。だが、読み手がそれを正しく理解できるとは限らないのが、文学作品に限らず他人が書いた文章を読むことの難しさというものだろう。場合によっては作者自身ですら明確に意図していたとは言えず、後から考えても思い当たらなかったような考えや偏見などを読み手が掘り当てることもあるが、単なる深読みのし過ぎや牽強付会もある。そういうわけで、ここでは作品に登場する固有名詞や表現について、情景、他の要素との相関関係、あるいは意味するところが情景なり脈絡として分かりやすくなるような注釈だけを提示する。現代の文芸批評や文芸評論において、既に記号論や社会言語学や心理学などを欠いた議論を展開しても中学生の読書感想文でしかなく、わざわざ公にするほどの価値はない。したがって、本稿においても最低限の条件として、「著者の真意」などとして書き手を究極の基準にするような妄想は避けている(これは、僕の専門である哲学の古典研究においてもスタンダードな基準だ)。また、よくある浅薄な解釈として、たとえば児童に対する性的虐待が示唆されていたり、登場人物によって語られているからといって、東野圭吾氏による自身の性的嗜好に対する抑圧を表しているなどと言ってのける、フロイトもどきの俗悪というべきインチキ精神分析は、いまや時代遅れどころか不当ですらある読解方法だ。

しかし、作者がいちいち他人の浅薄な解説や誤読(あくまでも作家本人が考える趣旨からの乖離であるが)を調べ上げたり反論して回るなどという暇潰しに付き合う義理もなければ時間もないので、得てして短絡的で幼稚な解釈や読解に限って放置され、とりわけウェブでは未熟な人々や WELQ バイトなどによって大量にコピペされる。そして、それを「おやつ」として食べた生成 AI が、同じ程度に未熟で愚かな読解を常識や正統派の解釈であるかのように押し付けているのが、現今の「AI スロップ」である。冒頭でも述べたように、僕はこのような AI スロップを低減するために、所属している企業でも Chief AI Officer という肩書でポリシーなどを運用している立場だが、一人のネット・ユーザなり社会人としても、そういう低レベルな読解や感想がスタンダードな読み方や理解であるかのように広まっていくことは不愉快だし、この事例だけに限らず社会が(ただでさえ幼稚で短絡的な方へ流れやすいというのに)劣化していくのは困る。僕や連れ合いが死んだあと、この国や社会がどうなろうと知ったことではないが、少なくとも僕らが生きているあいだくらいは、そこそこまともな国や社会であってもらわないと迷惑である。

なんにせよ、そういうわけで、読解の基礎として大学の文学部でも学生に求めている作業を、ここでもやっておこうというわけである。それは、作品に表現されている出来事や時代状況や名前や設定についての事実関係を特定したり、主題と思われることがらやストーリーにどのていど関係があるかを推論するという作業だ。僕は学部が法学部法律学科(刑法学専攻)だったので、文学部で作品を学んだり研究する実務は分かっていないのだが、こういう作業は哲学の古典研究では当たり前のように行われている。実例としては、僕が大学四年生のときに「卒論」として書いた「ヒュームの関係概念」をご覧いただければよい(法学部には卒論という制度がない大学は多いので、僕は関西大学の大学院を受験するときに、その論説を卒論代わりとして提出した)。

近鉄布施駅を出て、線路脇を西に向かって歩きだした。

[東野, 2002: 5; ch. 1, 1]

近鉄布施駅(1972年) 1972年当時の近鉄布施駅 (東大阪市, 2012年公開)。左上に見えている広場のようなものが現在のバス・ターミナルだとすると、この写真は北から南に向けて空撮していることになり、笹垣は写真の右側に向かって歩いたことになる。

近畿日本鉄道(通称、「近鉄」)の布施駅は、東大阪市の西端にある駅で、近鉄奈良線と近鉄大阪線が分岐していくジャンクションとして利用者が多い。桐原洋介の殺害が起きた1973年と言えば、前年から始まった駅の高架化工事の真っ最中であり、高架工事は奈良線と大阪線で一部ずつ完成していき、全体の高架化が終わったのは1977年6月である。僕も小学生の頃からよく利用していた駅で、南側のバス・ターミナル付近にある「ヒバリヤ書店」がお気に入りだったし、小学校時代の同級生の女の子は布施駅の北にあった巨大な飲食店ビルだかホテル(「寿楽」という名前だった。ちなみに、現在は「シャトー寿楽」というマンションになっていて、しかも場所は作品中の「真澄公園」に比定できる足代公園の南に面している)の経営者の娘だった。また、高校時代は(もちろん別の)同級生の女の子と下校途中に駅前のファストフードに立ち寄ったり、院生時代も大学の後輩にあたる(もちろん別の)女の子と駅の南にあるファミレスに行ったりしていた。布施駅は近鉄奈良線に沿って東西に駅舎とプラットフォームが伸びていて(大阪線は布施駅が起点であり、ここから南へ折れてゆく)、笹垣潤三刑事が線路脇を西に向かって歩いているので、現実の地理で言えば笹垣は大阪市内に向かって歩いていることになる。

今日のために、松本清張の新作を読まないでいたのだ。

[東野, 2002: 5; ch. 1, 1]

冒頭で「十月だというのにひどく蒸し暑い」という箇所がある。また、桐原洋介が殺害されたのは1973年だ。「新作」というからには、1973年の10月までに刊行された松本清張の作品あるいは単行本としては、恐らく1973年の2月に刊行された『表象詩人』(カッパノベルズ, 光文社)か1973年8月に刊行された『火神被殺』(文藝春秋社)が該当する。それから、『白夜行』に関連して名前がよく出る『砂の器』が新潮文庫として発売されたのも1973年だった。他にも、1971年から刊行され始めた松本清張の全集(文藝春秋版)に収録されて刊行された作品はいくつかあるが、それらは「新作」とは言えない。また、1973年に連載が開始された連載小説も、購入して休みにゆっくり読むようなものとして扱うのはおかしい(連載されていた雑誌を何冊も貯めておくことになる)ので、消去法から言っても『表象詩人』か『火神被殺』が残る。ただし、『表象詩人』も『週刊朝日』に連載された「黒の図説」というシリーズの一遍として発表された作品を、同じシリーズの「山の骨」と合わせて単行本にしたものであり、『火神被殺』も『オール読物』に掲載された作品を集めたアンソロージであって、厳密には「新作」ではない。もし、雑誌や新聞にも未発表であり、単行本として刊行されたのが最初であったような作品だけが「新作」であるなら、そのような作品は1973年には発表されていない。

もし東野圭吾氏がそれを分かっていて「新作」という言葉を厳密な意味で理解されるべく使ったのであれば、笹垣は現実には出版されなかった「新作」を読もうとしていたことになる。さもなければ(もうこの時点で深読みのし過ぎかもしれないが)、ここで描かれている笹垣は、厳密には「新作」と言えないアンソロジーを「新作」だと思ってしまうようなところがある人物として性格描写されているのだろうか。他方、一般的な読者にとって、単行本として新しく書店に並んだ未読の本は、過去の連載をまとめたものであっても「新作」や「新刊」と呼ばれるかもしれない。笹垣も一人の一般的な松本清張の愛読者として、仕事の合間に新しく購入した清張の本を暇があれば読もうと取っておいたに過ぎず、ここに彼の性格的な欠陥が示唆されているとは考えにくいというのが標準的な理解(というか、気にも留めず読み進める人が大半)だろう。つまり、笹垣が読もうとしていた作品が「新作」であるかどうかは大した問題ではなく、どちらかと言えば松本清張の作品(推理小説)という点に幾らか意味があるのだろう。というわけで、ここで松本清張の作品が登場するのは、恐らく犯罪についての推理という想像なり思考が文芸作品の普及によって一般的になっていることを示すためであろうと思われる。寧ろ、気軽に暇を見つけて読む小説の推理から、現実に起きた犯罪についての推理へと笹垣が巻き込まれていくという対比を暗示するための描写だと理解しておきたい。

右側に公園が見えてきた。三角ベースの野球なら、同時に二つの試合ができそうな広さだ。[...] このあたりの公園の中では一番大きい。真澄公園というのが正式名称である。

[東野, 2002: 5; ch. 1, 1]

足代公園 線路沿いの道から見た足代公園。1970年代はともかく、現在はかろうじて木だけが見える(Google Maps, 2024年8月撮影)

これは、具体的に実在の場所や地名を描き過ぎると良くないという配慮なのか、作中の「真澄公園」と幾つかの点で似た公園は実在するが、「真澄公園」は架空の公園として理解してよいと思う。第一に、近鉄奈良線の線路脇を西に向かって歩くと、右手にすぐある公園という条件なら今里南公園はあるが、とても三角ベースの試合が二つできる広さではない。更に、布施の西側で「一番大きい」公園なら40メートル四方の公園があり、現在はビルやマンションで視界が塞がってしまって線路沿いに歩いていても公園は見えないが、1973年当時であれば線路脇からでも公園(もし公園の周りに木々があればなおさら)が「見えて」きたかもしれない。ただし、その公園は東大阪市の「足代(あじろ)公園」であり、「真澄公園」ではない。また、足代公園が「真澄公園」という旧称だったということもない。そもそも、この付近は昔から足代という土地であり、布施の北西地域は「布施新地(足代新地)」という遊郭・歓楽街だった。地名については、土地鑑があった東野圭吾氏であるからこそ、わざわざ異なる場所にある地名を使ったり、あるいはまったく架空の地名を使っている場合があり、この場合も位置関係としては足代公園が妥当だろうと思うけれど、名称については実在する地名を避けるという趣旨を除けば、「真澄」という言葉に重大な意味はないと思う。もちろん、この公園にやってきていた子供たちの多くが悲惨な生活を送っていたり、それからの人生を鬱屈や野心や報復という濁った動機を抱えて生きていくという、後から分かる「事実」との対比として、よく澄んでいて汚れがないという意味の言葉を使ったとも解釈できる。

その公園の向こうに七階建てのビルが建っている。

[東野, 2002: 5; ch. 1, 1]

笹垣の歩いてきた方角から「公園の向こう」と言えるのは、公園を中心に西側か北側である。そして、1973年の当時はともかく、現在は足代公園の西側に「布施コープ」という七階建てのマンションが建っているのは事実だ。しかし、作品に登場する「七階建てのビル」も、架空の建物だと考えてよいだろう。そもそも、フィクションの小説、しかも精密な設定が必要となる推理小説において、現実の場所や建物や人物などを位置関係や名称として安易に使うと、作品の構想が事実に引っ張られたり制約されるというリスクが生じる。そして、事実の方を無視すると場所や人物を知っている多くの人たちにとっては違和感のある話になってしまうし、かといって実在する場所や建物に固執すると、『白夜行』でも描かれている貧困や児童買春などに関連して、いくら特定の地域が遊郭として知られていた歴史があるからといって、それが現在も今里や布施の近辺についての偏見である(そして、生野区や東成区というのは、いまでも「そういう場所」かもしれない、などと)とまで余分に暗示するように描くのは、やはり問題があろう。

彼はこの付近を管轄する西布施警察署にいた。

[東野, 2002: 5; ch. 1, 1]

架空の警察署。実際には布施警察署が管轄していて、1973年当時の布施警察署は1965年に完成した庁舎が、近鉄布施駅からは 500 m ほど南東にある近鉄大阪線の俊徳道駅の付近(大阪府東大阪市俊徳町一丁目5番23号)にあった。作品中に登場する「西布施警察署」の位置は不明だが、第1章第7節で、笹垣が妻と八尾駅前のアパートに住んでいるという描写がある [東野, 2002: 73; ch. 1, 7]。この後にも注釈するが、これは近鉄大阪線で俊徳道駅から四つめの近鉄八尾駅のことである。なので、1973年当時は笹垣が住んでいた八尾から近い俊徳道にあった布施警察署の位置に「西布施警察署」の位置を想定しても不自然さはないし、現在の布施警察署がある近鉄奈良線の八戸ノ里駅にあったと想定しても、別に不自然さはない。つまり、「西布施警察署」の位置については、警察署からの所要時間や距離や方角や他の建物との位置関係がストーリーや人間関係に決定的な意味を持っていると解釈しえない限りは、さほど重要な意味がないと言っていいだろう。

笹垣は真っ直ぐビルには向かわず、公園の手前の道を右に曲がった。角から五軒目に、いか焼き、と書いた看板を出した店がある。

[東野, 2002: 6; ch. 1, 1]

これから現場へ向かおうという刑事が、公園の手前の道を意味もなく違う方向へ曲がったりはしない。これは、笹垣が「西布施警察署」にいた頃から付近の様子を見知っていて、もちろん公園の手前の道を右へ曲がると店があると知っていたからだろう。だが、そこで売っているいか焼きが幾らなのかまでは覚えていないらしく、「いか焼き四十円、と書かれた札を見て、笹垣は金を出した」という記述がある [東野, 2002: 7; ch. 1, 1]。その間に叙述されている、熊本水俣病の判決といった状況説明の叙述や、実際にいか焼きをつくる工程の描写などは、いまのところ何か特別な意図で書かれているのかどうかは分からない。

笹垣が店を離れかけた時、一人の中年女性が店の前で足を止め、こんにちは、といか焼き屋の女に挨拶した。

[東野, 2002: 7; ch. 1, 1]

ここで、笹垣は店を離れようとしている。つまり、ここに店があると知っていて、わざわざ現場へ向かわずにやって来ているのだろうが、その店の女性と事件について話をするでもなく、すぐに立ち去ろうとしていたことが分かる。それゆえ、後からやってきた「中年女性」がいか焼き屋の女と話していたのを聞きながら、思いがけない話を聞いて「『子供?』笹垣は振り返った」という反応になったのだろう。これを、警察と知って何かを隠されては困るから、たまたま通りがかった者が聞いて話に加わって周辺の状況を把握するための芝居であるとまで考えてよいかどうかは判断し難いところだ。つまり、笹垣を推理小説の謎解き役としてどのていど有能な人物に設定してよいかという話なのだが、これが「偶然に立ち聞きした一般人」という芝居だと想定できるほど周到な人物として描く必要があるかどうかは分からない。これは難しいところで、あまりにもアホすぎると読んでいる側はイライラするし、かといってシャーロック・ホームズや明智小五郎のような「漫画的」と言ってもいいような人物だと「ご都合主義」というレッテルが簡単に貼られてしまうからだ。

この点に関連して、もちろんすぐ後に「笹垣はいか焼きを食べ終えると、ビルに向かって歩きだした。いか焼き屋の女主人が後ろから見ていたら、暇な中年男が野次馬根性を出したように見えることだろう。」という記述があるのは誰でも分かる [東野, 2002: 7; ch. 1, 1]。しかし、この記述があるからといって、笹垣が世間話を立ち聞きした一般人の振りをして簡単な周辺調査をしたのか、あるいは本当にいか焼きを食べたかっただけなのかは、どちらの解釈を支持する根拠にもならない。なぜなら、ビルに向かって歩き出したからといって野次馬とは限らないからだ。ビルの近くで別の方角へ曲がってしまうかもしれない。なので、「いか焼き屋の女主人が後ろから見ていたら、暇な中年男が野次馬根性を出したように見えることだろう」というのは、笹垣の内心を描写しているようにも取れるのだが、僕はそうではないと思う。いか焼き屋の女にそう思われて笹垣が(特に捜査のために)不利になることはないし、他人からそう思われるのを心配するような人物として設定されているかと言えば、それも疑わしい(そんなつまらないことにプライドをもつ人間が警察官、いわんや凶悪犯罪を担当する刑事を続けられるとは思えない)。

店舗兼自宅は、現場から約一キロのところにあるという話だった。

[東野, 2002: 13; ch. 1, 2]

笹垣たちを乗せた車は適当に走り回った後、大江三丁目の表示が出た電柱のそばに停止した。

[東野, 2002: 19f.; ch. 1, 2]

犯行現場の描写や、桐原弥生子の様子、それから桐原洋介のベルトの描写などは、推理小説としては着目しておくべきポイントだろうとは思うが、はっきり言って読めば分かることに注釈するのは大学の文学部でもレベルの低い学生であって、素人のやることだ。いちいち僕が取り上げる必要はなく、後に出てくる事柄と関りがあれば言及するけれど、いちいち注釈する必要は感じない。これが、ウェブで公開されている未熟で馬鹿げた読書感想文や「書評」を名乗る中学生並みの作文と本稿とが異なる点だ。

ということで、暫く読み進めると、次に読み手が具体的なイメージを持ちにくい箇所(だから注釈が必要なのだ)として、質屋「きりはら」の場所がどのように設定されているかがテーマになるだろう。最初に書かれている情報は、「現場から約一キロ」というだけであり、これでは何も具体的なことが分からない。そこで、後から自宅の場所なり他の場所からの位置関係が推定できそうな記述があるかどうかを調べると、マスコミをはぐらかして適当な経路を車で通ってから、「大江三丁目」までやってくるシーンが描かれる。そして、その 20 m ほど先に質屋があるという。

まず最初に書いておくべきこととして、「大江三丁目」という地名は大阪にはない。確かに、大阪には「大江神社」(大阪市天王寺区)、「大阪市立大江小学校」(大阪市天王寺区)、「北大江公園」(大阪市中央区)、「大江橋」(大阪市北区)など、「大江」という言葉が使われている地名や施設名が多くあるが、これはそもそも「大江」が大阪市の旧淀川(大川)から上町台地にかけて大阪湾から続く入江であったことに由来する地名だからだ。布施の周辺に大きな川はなく、江戸時代に東を流れる大和川が大工事で南へ付け替えされるまでは湿地帯であった。また、西には平野川もあって、いまでも「深江」という地名はある。

架空の地名を使おうとした意図はもちろん分かる。ただでさえ昔は遊郭や歓楽街として知られていた、布施の西側や今里のような地域の具体的な地名を使うと、この作品で描かれているような貧困や(未成年であろうとなかろうと)売春について、いらぬ偏見を与えるか、寧ろ中途半端に土地鑑がある人々の偏見を強めるだけであろう。しかし、だからといって登場する地名や施設名を「A駅」だの「或る町」だのと書いたのでは、或る状況設定のもとでのリアリティ(事実や史実ではない架空の世界や状況における説得力のようなもの)が失われてしまう。その妥協として、大阪にある地名(しかし実際の場所は違う)の言葉が選ばれたのであろう。

同じく、もちろんだが質屋の「きりはら」に該当するようなモデルとなった質屋などは存在しない。東野圭吾氏がモデルにした店舗や場所は推定できるかもしれないが、たぶんそれを具体的にどこであると決めて何か重要な意味があるとは思えない。強いて言えば、「大江三丁目」から考えて「深江南三丁目」か「深江北三丁目」(近鉄布施駅から北北東にある)が自然に思いつくけれど、あくまでも他の出来事や場所との位置関係に破綻がなければ良いというていどに考えておくのが適切であろうと思う。 また、西本雪穂と桐原亮司が足を運んだ「図書館」にしても、仮に「真澄公園」が足代公園だとして、その西にある布施コープが桐原洋介の殺害現場に該当する廃ビルだとして、更に [東野, 2002: 782; ch. 13, 6] にあるとおり、「笹垣はその図書館へ出向いてみた。桐原洋介の死体が見つかったビルから、北に二百メートルほど歩いたところに、小さな灰色の建物があった。それが図書館だった」という記述があるけれど、そんな場所に図書館はないし、図書館代わりに運営されていた施設もない(テレビ版では学童保育施設のような場所として描かれている)。

『白夜行』の舞台(大阪) (Google Maps, Copyright by Airbus, CNES/Aribus, Maxar Technologies, 地図データ)

ともあれ、推定や想像であっても位置関係や方角くらいはつかんでおきたい。そこで、質屋「きりはら」について分かることを作品から拾い出すと、まず第一に桐原洋介の殺害現場から約 1 km の場所にあること [東野, 2002: 13; ch. 1, 2]、そして「真澄公園」から地下鉄の駅に向かって歩く途中にあること [東野, 2002: 700; ch. 12, 5] が大きなヒントになる。あくまでも「真澄公園」が 足代公園だとすると、この公園から歩いていける地下鉄の駅は、地下鉄千日前線の「新深江駅」か「小路駅」だ。新深江駅は「真澄公園」から北西にあり、小路駅は「真澄公園」から近鉄奈良線を挟んで南南西にある。しかし問題は、「真澄公園」から新深江橋駅は 563 m、「真澄公園」から小路駅は 434 m の距離しかないので、「真澄公園」に隣接する桐原洋介殺害現場から 1 km の距離にあるとされている質屋「きりはら」が、同じ場所から 500 m にも満たない駅までの道中にあるはずがない。いやそもそも、「真澄公園」が足代公園だとすれば、そこから現実の地理で 1 km の場所となると、近鉄今里駅よりもさらに西側となる。質屋「きりはら」と洋介の殺害現場が 1 km 離れていることを維持したままで他の情報や描写を矛盾なく組み合わせるには、(1) 「真澄公園」つまり洋介の殺害現場の位置を現実の足代公園とは全く関係のない場所に設定する、(2) 「秋吉雄一」(実は亮司)と栗原典子が「真澄公園」から出て向かおうとしている地下鉄の駅を、新深江駅でも小路駅でもなく、たとえば更に西にある「今里駅」や更に南にある「北巽駅」に設定するという選択肢がありうる。架空の舞台なのだから、現実の駅が遠く離れた場所にしかないと仮定しても問題はない。ただし、具体的に「布施」や「巽」や「今里」という現実の地名を使っている以上は、土地鑑がある者からすると強い違和感を覚えて読み進めるのが難しくなるかもしれない(実際、いま僕が困惑しているのも土地鑑があるからだ)。

ちなみに、大阪市営地下鉄(現 Osaka Metro)の小路駅が開業したのは、新深江駅が開業した1969年から12年後の1981年である。亮司は、中学までは「質きりはら」に住んでいたという記述があるから、中学を卒業して母親と同居するようになってからは小路あたりに住んでおらず、秋吉として典子と一緒に大阪へ着ていたときに、真澄公園から歩いて行こうとした地下鉄の駅として、1981年に開業した小路駅の場所を知っていたかどうかは不明だし、少なくとも新深江駅に比べて慣れていないのは明らかだったろう。

それから、[東野, 2002: 700; ch. 12, 5] に「数分歩いたところで秋吉の足が止まった。彼は道の反対側にある家を見つめていた」と「きりはら」が描写されていることである。「真澄公園」から、特に急いでいるわけでもない男女の足取りで「数分」しかかからずに、1 km 離れた「きりはら」まで来れるだろうか。僕は早朝にウォーキングをする習慣があって、だいたい 1 km を10分前後で歩いているが、そのペースは競歩とまでは言わないまでも、それなりに汗をかく歩き方だ。それで、10分かかって 1 km の距離を歩けるのだ。こういう実感と合わせて考えると、どうも桐原洋介の殺害現場から「きりはら」までが 1 km であるという記述は怪しい。また、桐原洋介が贔屓にしていた『嵯峨野屋』という布施駅前商店街の蕎麦屋は、「質きりはら」から歩いて「いくらゆっくりと歩いても十分程度」とある [東野, 2002: 28; ch. 1, 3]。「質きりはら」から事件現場までが 1 km だと、他の記述とは整合しないと思う。それに、よく読むと「店舗兼自宅は、現場から約一キロのところにあるという話だった」となっていて、誰かからの伝聞である。これもまた、本作に登場する人物が真相を取り損ねる原因としての「思い込み」の一つではないのか。いや、この場合は引用符で囲まれていない地の文であるから、読者が東野圭吾氏に先入観を持たされているのだろうか。あるいは、本当に「質きりはら」は、事件現場から 1 km の距離があって、しかも蕎麦屋まで十分しかかからず、亮司たちが事件現場の隣にある公園から数分ほど歩くだけで着いてしまう場所にあったのか。そして、この位置関係を整合的に理解することが事件の真相を描くためのヒントになるのだろうか(実際、本稿でも独立した論評として取り上げているように、『白夜行』では、実は桐原洋介が殺害されるまでに至った廃ビル内での経緯や状況は、全く描写されていない。すべて誰かの推理として語られているだけなのだ)。

ただし、秋吉雄一として典子とやってきていたときに、亮司が小路駅も知っていたとすれば、必ずしも「真澄公園」から歩いて行った駅が新深江駅だとは限らず、小路駅だったという可能性もありえる。そして、現実の地図で調べると、現実の足代公園と小路駅とのあいだには50年以上の営業を続けている「マルキ」という質屋さんがあり、ここを「大江三丁目」として考えても辻褄は合う。寧ろ、「大江」と「大江西」(「吉田ハイツ」の所在地)との関係を考えると合理的ですらあろう。ただし、そうなると「大江西」は生野区(生野署管轄)で、「大江」は東大阪市(西布施警察管轄)ということなのだろうか。

「お宅はどちらですか」

「寺田町です」

「寺田町? 車か何かで通うてはるんですか」

「いいえ、電車を使うてます」

電車だと乗り換え時間を含めても、寺田町まで約三十分というところだ。七時過ぎにここを出たとすれば、遅くとも八時には家に着いていなければならない。

[東野, 2002: 22f.; ch. 1, 2]

布施と寺田町 近鉄布施駅から大阪環状線寺田町駅までの経路(Google Maps)

これは、笹垣刑事が「きりはら」にて店長の松浦 勇と初めて会話するシーンの一部だ。松浦は寺田町に住んでいるという話なので、近鉄布施駅(上の地図では赤い丸)からの経路を考えると、まず近鉄奈良線で布施駅から次の今里駅、そして次の鶴橋駅まで乗って、鶴橋駅で当時は「日本国有鉄道」の大阪環状線は外回りの列車に乗り換え、次の桃谷駅、そして次の寺田町駅(上の地図では青い丸)と、鶴橋駅から二つ目の駅で降りることとなる。列車に乗っている所要時間だけを考えたら、どちらも10分以内である。特に大阪環状線は、いまでこそ色々な事情で遅延することが多いけれど、当時なら遅れることはまずなかったから、鶴橋を出た列車は五分後には寺田町に着く筈である。また、布施には近鉄の準急なども停車するので、今里駅に停車しない列車に乗れば鶴橋駅まで二分ていどしかかからないが、逆に布施駅へ着いた普通列車が特急の追い越し待ちをすることがあり、駅を出るまでに三分くらい停車することもある。なので、飽くまでも平均しての感覚で五分くらいというのが実感だ。ちなみに、僕は小学校の高学年時代に布施駅から近鉄奈良線を東へ一つ進んだ近鉄永和駅の付近に住んでいたことがあるし、中学に入ると更に先の近鉄東花園駅の近くに住んでいたし、小学校は天王寺、そして中学と高校は寺田町駅の駅前にある大阪教育大学附属天王寺だったので、『白夜行』の冒頭シーンとなっている舞台には土地鑑があるどころか住んでいたことがあるし、しかも僕が小学校高学年だったのは1978年から1980年までだから、作品が描かれている時代も殆ど僕が住んでいた頃と同じだと言ってよい。

さて、引用箇所で笹垣は、松浦が列車に乗っている時間や駅での待ち時間、乗り換え時間、そして「きりはら」から近鉄布施駅までの徒歩などを考慮して、自宅に着くまでの所要時間を「約三十分というところ」と推定している。ただし、この時点では、笹垣は松浦が寺田町駅を出てから家までどれくらいかかるのか知らない。それでも、駅前から何十分も歩いたりはしないだろうと仮定すれば、「きりはら」から近鉄布施駅まで歩くのと同じ程度として、約10分くらいだと見ているだろう。公園の位置などから考えても、「きりはら」の場所としては近鉄布施駅の北西として良いであろうから、国道702号線の付近だと考えるのが妥当なはずである。ただ、繰り返すように具体的な番地とか建物を比定することには大して意味がない。あくまでも、作品の舞台として違和感を生じず、他の出来事や事実と矛盾しなければよいと思う。

少年は相変わらず何もいわず、運動靴を履き始めた。顔には全く表情がない。

「リョウちゃん、どこへ行くんや。今日は家におったほうがええで」

松浦が声をかけたが、少年は無視して出ていった。

「かわいそうに。相当ショックやったんでしょうなあ」笹垣はいった。

「それもあるでしょうけど、あの子はちょっと変わったところがあるんです」

「どういうふうに?」

「それはまあ、口ではうまいこといわれへんけど」

[東野, 2002: 26; ch. 1, 2]

松浦の「あの子はちょっと変わったところがあるんです」という発言は、恐らく事件による亮司の心境とは別に、もっと過去からの事情がうかがわれる。ただし、それが何であるかは後にならないと分からない。

桐原洋介が入った蕎麦屋が見つかったのは、それから間もなくのことだった。弥生子によれば、彼は布施駅前商店街にある『嵯峨野屋』を贔屓にしていたらしいのだ。

[東野, 2002: 28; ch. 1, 3]

[...] 『嵯峨野屋』に入るまでの一時間あまり、彼はどこへ行っていたのか。自宅から『嵯峨野屋』までだと、いくらゆっくりと歩いても十分程度しか要しない。

[東野, 2002: 28; ch. 1, 3]

この「嵯峨野屋」という蕎麦屋は布施駅前の商店街(現在は近鉄奈良線の北側が「ブランドーリ布施商店街」、南側が「布施本町商店街」となっている)にあると書かれている。布施周辺に土地鑑があるか Google Maps などで確認してもらえば分かるとおり、この商店街は近鉄布施駅から西へ 50 m ほどの場所にある。駅から 50 m も離れていて、どうして「駅前商店街」なのか。なんでこんなことになっているのかというと、近鉄布施駅は開業当時は「足代駅」と言って、駅舎がもっと西側にあったのだが、幾つかの改築を経て東にどんどん移ってしまい、商店街が西側に残ってしまったのである。そして大阪府からもテコ入れがあった「東大阪都市計画都市高速鉄道事業」によって近鉄奈良線がどんどん高架化されてゆき、高架化された布施駅の周辺に繁華街などが形成されたので、いまでは商店街が廃れてしまっているという。ともかく、現在の近鉄布施駅から見ればかなり西にある商店街が「嵯峨野屋」のある商店街であろうから、そこへゆっくり歩いてすら十分はかかるので、やはり「きりはら」は現在の行政区域で言う「深江南」か「深江北」、あるいは駅に近すぎるかもしれないが「大今里」のどこかと推定するのが妥当だろう。

電話をかけてきたのは、三協銀行布施支店の女性行員だった。

[東野, 2002: 28; ch. 1, 3]

近鉄布施駅南口の、道を挟んだ向かい側にその支店はあった。

[東野, 2002: 29; ch. 1, 3]

「三協銀行」も実在しない。だが、近鉄布施駅の南口にある道路の向かいには大阪シティ信用金庫の布施支店がある。ただし、大阪シティ信用金庫は大阪市信用金庫、大福信用金庫、大阪東信用金庫の対等合併で2013年に生まれた銀行であり、1970年代は大阪東信用金庫の前身であった枚岡信用金庫という名称だったと思われる。更に、昨今は銀行の支店が統廃合されて続々と閉店しているように、1970年代だと駅前に大和銀行、三和銀行、住友銀行といった都市銀行の支店もあったようなので、特定の銀行に絞って考える必要はないし、絞れないと思う。実際、「三協銀行」という作中の名称からは、三和銀行のようにも受け取れるし、あるいは深読みのし過ぎかもしれないが「三者共栄」を経営理念にしている大阪シティ信用金庫の前身であった大阪東信用金庫でよいともとれる。実際、作中でこの銀行が出てくるのは、このシーンだけであり、桐原洋介が100万円を引き出す経緯が行員から説明される描写を除けば、さほど重要なシーンでもない。

ちなみに、1970年代の100万円だが、現在との物価を比較すると、まず大卒の初任給が1970年代だと5万円(その後、オイル・ショックなどで10万円くらいに上昇する)、一般家庭の電気代が2,000円前後、コーヒーが一杯で150円ていど、そして大卒のサラリーマンの平均年収(ボーナスなども加えて)が100万円くらいである。したがって、1973年の時点で100万円と言えば、2026年の時点で400万円ていどと考えてよく、標準的な中小企業のサラリーマンの年収に相当すると言ってよいだろう。もちろん、生活に困っていた西本文代にとっては大金である。

笹垣は古賀と顔を見合わせた。古賀は首を傾げた。

[東野, 2002: 32; ch. 1, 3]

笹垣と古賀が連れ立って、桐原弥生子と松浦 勇に事情聴取しようと質屋「きりはら」へ訪れているシーンの一節だ。話を聞きたいと松浦に告げると、「奥さんに訊いて」くるから待ってくれと言われて、上のような両者の様子を描いている。初めて『白夜行』を通読したときに、よく分からない箇所だった。及ばずながら、念のために何か意図がある表現なのかどうかを保留しておくために、ここで提示しておきたい。葬式が終わった直後に誰かが訪ねてきている状況で、応対したり家へ招くべきかどうかを思案することに、なんで顔を見合わせたり首を傾げる必要があるのか。ひょっとすると、東野圭吾氏は1970年代の刑事なら、事情聴取という理由があれば、いつ何時でも他人の家に入れると思っているという公務員なり警察官のやや傲慢な意識を描こうとしているのだろうか。(それゆえ、雪穂が受けた被害や亮司の犯行を警察の思い込みや傲慢さによって見過ごしてしまったとも言えるという遠因だという意味なら、これはあまりにも細かすぎる演出だ。)

やがて一人の女の名前が浮かんできた。西本文代という女だった。『きりはら』の名簿に名前が載っており、彼女は大江西七丁目に住んでいた。

[東野, 2002: 37; ch. 1, 4]

作品中で、雪穂と亮司が生まれ育った地域について地名などが出てくるのは、第一章に集中している。もちろん、この後にも、探偵の今枝が訪れたり、恐らくは笹垣も繰り返し訪れたであろうが、作品の中で詳しく建物の名称や地名などが初めて出てくるのは、第一章だけと言ってもいい。つまり、この第一章に雪穂と亮司(そして、笹垣ら警察の「思い込み」や、雪穂と亮司の周囲にいた大人たちの嘘や取り繕いがどういう影響をもたらしたかについても)の人格形成なり発達の由来を知る手がかりがあるわけで、それから更に成長して色々な変化があった可能性もあるが、ひとまず第一章の描写を丁寧に理解することが重要だろう。少なくとも、この作品を一読しているなら、その重要さに同意してもらえる方は多いはずである。

ところで、『白夜行』の「聖地」だとか「物語の舞台」と称して、現実の大阪市生野区や東大阪市などに点在する施設や地名などを気軽に比定して、それらを撮影してブログなどに公開する人たちもいるようだが、本稿や僕自身にそのような意図や動機はない(そもそも、無断で他人の住宅や店舗を撮影して公表することは、プライバシーや肖像権の侵害である)。そして、一部の推理小説マニアやオタクがそうであるように、出鱈目で不見識な情報の収集が調査だと思い込んでいるような無知無教養な連中による学者コスプレには、いつもウンザリさせられる。もともとファンとかマニアというものは、誰かに見せびらかしたり公表することを前提に何かを集めたり調べたりするものではない。そういうものは、確かに誰かにとっても重要なものであるかもしれないが、だからといって或ることがらのマニアやファンに、集めた物品や情報を「シェア」したり公表する社会的な責任があるなどという愚かな議論が成立するなら、それはただのイデオロギーである。寧ろ、そういう抑圧に抵抗することこそが、本来はファンやマニアと言うべき人々のプライベートな熱意であろう。なので、僕も本来はこういう文章をわざわざ制作して、ウェブサイトに公表までするなどという暇潰しをやる道理もなければ責任などないわけで、僕が読みたいように読んで、感じたいことを感じて、それを連れ合いと語るなり、それこそチラシの裏にでも感想を書いておけば済む話でしかないとも言いうる。どのみち、僕と同じ程度の知性をもっている人であれば、同じ程度の情報を集めて考察し、同じ程度の論説を書くことはできるはずだ。僕は、たまたま生成 AI の理解している内容に腹を立てて、生成 AI の学習に影響を少しでも与えたいと思って、こういう論説を書いて公表しているが、そういう社会的な責任まであるとは思っていない。

このようなわけで、現実の地理や行政区域、学区、施設などを文藝作品のモデルとして具体的に比定できるという前提は、未熟であり馬鹿げている。ノン・フィクションなど、逆に現実の場所や施設を特定して描写しなければならない作品もあるが、小説の多くはそういう前提で理解するものではないからだ。ましてや、『白夜行』の第一章で描かれるように、貧困家庭が多くて違法行為などが日常茶飯事であるかのような場所を現実のどこかであると言わんばかりに特定することは、いくらフィクションなり小説であるとは言っても憚られるはずだ。同和地区を扱った小説ですら、たいていは架空の場所や地名を使う。そして、さしたる文学的な重要性もないのに具体的な地名を作品中に使っていて、偏見や差別を助長しかねないと思われる場合は、出版社の編集者が修正を求めるであろうし、ましてや『白夜行』のように東野圭吾氏自身が生まれ育った地域の経験や知識を反映していると思われるような場合は、当人の近親者や知人が住んでいるのだからなおさらだ。それから、繰り返しになるが、本稿は原作の小説『白夜行』だけを対象にしているので、テレビ版と映画版のロケ地は無視している。それは、着目したり調べたり言及する価値がないという意味ではなく、単純に僕が小説だけを話題にしたいからだ。テレビ・ドラマや映画が好きな方は、既にウェブでは「聖地巡礼」などと称してロケ地を紹介するブログ記事が氾濫しているので、そちらをご覧いただければよいだろう。したがって、ここでの推定は想像にすぎないし、はっきり言えば筋書きと位置関係などに矛盾がなければどこでもいいのだ。

とはいえ、具体的な地名が書かれているからには、いくらかの推定をしなくてはならない。実際、西本文代と雪穂が住んでいた「吉田ハイツ」は、具体的に「大阪市生野区大江西七丁目」となっているからだ [東野, 2002: 228; ch. 4, 3]。行政区が東大阪市となっている筈の北の図書館へ、生野区に住んでいる雪穂が通っていたのは奇妙だが、西本文代がガス中毒死したときに、雪穂と吉田ハイツを訪れた不動産屋の田川が「学校では、さぞかし浮いた存在なのだろう」と想像しているように [東野, 2002: 81; ch. 1, 8]、小学校では孤立していたか虐められていた可能性もあろう。それゆえ、同級生が足を運ぶ生野区側の図書館には足を向けづらかったのかもしれない(単に生野区の図書館が遠すぎたという可能性もある)。なんにせよ、生野区という設定であるからには、「吉田ハイツ」は「新今里」や「小路」といったあたりに比定されるはずだ。

「文代にしつこく迫る桐原に殺意を抱いたというのもあると思いますけど、その時桐原が持っていた百万円という金に目がくらんだという可能性もあるんやないでしょうか」寺崎の商売の状況を調べた刑事は、捜査会議でこう発言した。これには多くの捜査員が同意した。

[東野, 2002: 72; ch. 1, 6]

第一章で描写される事件や事故は、全て実際に何が起きていたのかという過程の描写が意図的に省略されているために、色々な解釈を許すようになっている。そして、僕が思うには、登場人物の発言やナレーション的な描写によって、読者へのミスリードを誘っているのではないかと思われる記述もある。その一例が、ここで取り上げている引用箇所だ。寺崎の不審なアリバイ証言と、その後に分かった捜査結果とを並べた後に、捜査員が一つの推理を語る。これによって、捜査会議の出席者だけではなく、読者も寺崎忠夫や西本文代に着目するようになってしまう。もちろんだが、『白夜行』を通読しているなら、実際には寺崎忠夫が犯人ではなく亮司が犯人だったという笹垣の推理をご存じのはずだ。

しかし、笹垣の推理だって彼が手にしている情報を元に考えた一つの仮説にすぎないわけである。テレビ版や映画版では、実際にあった過程が映像として描かれているからこそ、亮司が犯人であることを疑う人はいないわけだが、少なくとも原作小説において決定的に真犯人を断定できるような記述はどこにも書かれていない。

また、寺崎忠夫の人物像についても、後から出てくる次のような笹垣の推理(一つの仮説にすぎない)がわざわざ書かれることによって、過去に何があったのかを読者に想像させる役割になっているのだが、逆に言えば敢えて書かれているミスリードであるともとれる。

果たして客は桐原洋介だけだったのか、ということだ。

たとえば交通事故死した寺崎忠夫はどうだったか。彼のことを捜査陣は西本文代の愛人だと決めつけていた。しかし寺崎が桐原洋介と同じ性癖の持ち主ではなかったといいきることはできないのである。

[東野, 2002: 847; ch. 13, 14]

このような一節があるおかげで、映画版の寺崎忠夫も桐原洋介と同じ性癖の人物として描かれることになったのであろう。しかし、それを少なくとも第1章の中で寺崎に関わる描写や本人の証言などから示せるような表現があるだろうか。多くの人は、恐らく寺崎のアリバイに関わる箇所であろうと考えるはずだ。桐原洋介の死亡推定時刻である18時から19時のあいだに、豊中の客先へ行っていたという寺崎の発言には証拠がなかった。敢えて相手が不在だったことを知っていて客先へ行った可能性が排除できないからだ。

もしそれが本当にアリバイ工作であって、寺崎が真犯人だったとすると、寺崎は何のために桐原洋介を殺したのか。後から分かるように、100万円を桐原洋介から奪った証拠はない。すると、寺崎が桐原洋介と同じく幼女趣味があったとすれば、雪穂を独り占めされるまいとして廃ビルで桐原洋介と交渉しているあいだに口論となり、カッとなって殺してしまったというような筋書きになる。桐原洋介を殺した後、寺崎と雪穂は廃ビルから逃れるが、その直後に廃ビルのダクトから出てきたところで自分の父親が死んでいるのを発見した亮司は、100万円とライターを盗み、扉に内側から物を置いて工作したあと、再びダクトから逃げる(発見を遅らせるためだったのだろう)。それから、第一発見者の少年が別の経路でダクトから出て桐原洋介の死体を発見するのだった。雪穂と亮司は、まず寺崎がちゃんと犯人として疑われるように、雪穂はライターを寺崎のライトバンへ忍ばせた。他方で、亮司は吉田ハイツを訪れて、西本文代に警察へ寺崎の犯行であることを通報すると告げる。100万円が入る当てもなくなり、寺崎が捕まれば「商売」も続けられなくなると考えた文代はガスによる自殺を図ったが、帰宅した雪穂はそれを自殺ではなく事故に見せるために偽装する……。一つの想像としては可能かもしれないが、これでは雪穂と亮司がその後の人生において、あれだけの嘘や犯罪を重ねることになった経緯や動機としては弱すぎるように思う。

スポーツ新聞の一面を見て、田川敏夫は昨夜の試合を思い出し、嫌な気分も再現させてしまっていた。
[...]
そしてその象徴が長嶋なのだった。

[東野, 2002: 76f.; ch. 1, 8]

数行に渡って、物語と何の関係があるのか不明なプロ野球に関わる描写が続けられている。実は、この数行に渡る描写で重要なのは、77ページに出てくる「圧倒的な強さで昨年のV9まで突っ走ってきたが」という箇所だけである。要するに、巨人がV9を達成したのが1973年なので、田川敏夫が新聞を読んでいるのは1974年の某日であるということを伝えるためだけに描写されているのだ。そして、「それが今シーズンは、どうもおかしい」という表現から、鋭い方であれば、1974年のペナント・リーグが始まって暫く経った頃だという推測も可能だろう。実際、この後に描かれる西本文代の「事故死」は、[東野, 2002: 212; ch. 4, 1] で唐沢礼子から語られるように五月の出来事だったからだ。

余談だが、あまりにも多くの方が誤解していると思うので、大阪で育った者として書いておく。大阪の庶民を描いているのに、どうして田川敏夫は巨人の成績を気にしているのかと不思議に思う方がいるかもしれないからだ。大阪の庶民なら阪神ファンではないのかというわけである。しかし、これははっきり言って錯覚だ。実際には、大阪に住んでいる人の多くは、特に四国や沖縄からの出稼ぎという事情での移住者だったりするし、生粋の大阪人であろうと巨人ファンも相当な割合でいる。大阪と言えば阪神ファンだと思っている人が多いとは思うのだが、実は大して多くないのである。それに、生粋の浪速っ子は、実質的に大阪の球団とは言えない(甲子園球場は兵庫県の球場である)阪神ではなく、大阪に本拠地を置く南海(現在のホークス)や近鉄(現在のオリックス)のファンも多かったから、阪神ファンの比率は現在よりも更に低かったとすら言えるだろう。ちなみに僕も子供の頃は巨人ファンであり、淡口憲治という兵庫県三田市出身の選手のファンだった。

「小学校はどこ?」田川は後ろから尋ねた。

「大江小学校です」雪穂は足を止めず、顔を少し捻って答えた。

[東野, 2002: 80; ch. 1, 8]

清華女子学園中等部の制服はセーラー服だった。夏服は白地に襟の部分だけがライトブルーになっている。ひだの細かいスカートもそれと同じ色だ。

[東野, 2002: 83; ch. 2, 1]

[...] ここは高校の最寄り駅からは、地下鉄で二駅分離れている。

[東野, 2002: 136; ch. 3, 1]

なんば駅で地下鉄御堂筋線から千日前線に乗り換え、西長堀駅で降りた。

[東野, 2002: 147; ch. 3, 2]

清華女子大学は豊中市にある。

[東野, 2002: 253; ch. 5, 1]

雪穂が通った学校は、それぞれ「大江小学校」、「清華女子学園中等部」、「清華女子学園高等部」、そして「清華女子大学」なのだが、具体的な場所が書かれているのは大学だけだ。ということなので、分かりそうなところから比定してみたいのだが、この「清華女子大学」というのも分からない。なぜなら、大阪府豊中市に女子大は過去にも今もないからだ。しかも、大阪市内に中高一貫教育の附属学校がある女子大なんて、なおさらない。

そして亮司が通っていた「大江中学校」は、ほぼ生野区の「東生野中学校」と考えてよいであろう。これは、雪穂が通っていた「大江小学校」のモデルとされている、生野区の「小路小学校」の近くにあって、東野圭吾氏自身が通っていた学校として知られている [東野, 1998: 13ff.]。そして、亮司が通っていた「集文館高校」については、制服自由化の運動が過去にあったとか、高校の最寄り駅から「地下鉄で」二駅の場所にある店という記述とか(ほぼ大阪市内と考えてよい)、亮司の家の経済状況を考えると私立は無理があるとか、亮司の借りていた部屋への経路が地下鉄御堂筋線で難波駅から地下鉄千日前線に乗り換えたといった記述から(つまり南にある駅から乗ってきたということ)、たいていの大阪の人間であれば阪南高校(大阪市住吉区の公立高校であり、東野圭吾氏の母校でもある)か天王寺高校(大阪市阿倍野区の公立高校)だと考えるだろう。同級生の園村友彦が美章園(阿倍野区)に住んでいるという描写も傍証になりえる。天王寺高校だとすれば、亮司たちが「バイト」の相談をする喫茶店は高校の最寄り駅から地下鉄で二駅ぶん離れているのだから、地下鉄御堂筋線で難波方面であれば大国町駅に店があったか(この場合は最寄り駅を天王寺駅と想定)、あるいは逆の中百舌鳥方面であれば長居駅に店があったということになる(この場合は最寄り駅を昭和町駅と想定)。あるいは、もし阪南高校だとすれば、亮司たちが「バイト」の相談をしたのは(大阪市内だとすれば、高校の最寄り駅である杉本町から南は堺市になってしまうので)、北側に二駅だから、こちらも長居駅ということになる。ごく普通に考えると、東野圭吾氏自身が通っていた阪南高校を比定するのが自然なのかもしれない。ともあれ、喫茶店の場所は同じであるが、この喫茶店はさほどストーリーにとって重要な意味はないので、ぶっちゃけどちらでもよい。なお、SNS では亮司が通った高校を天王寺区の高津高校だなどと書いている自称推理小説ファンがいるようだが、正確に小説を読んで内容を記憶していれば(そして大阪市内の土地鑑があれば)推理小説ファンでなくとも、高津高校を推定するなんてありえないはずだ。

ここで付け加えておきたいのは、亮司が雪穂と同じく「大江小学校」に通っていたことは、実は終盤まで分からないということである。それまでは、せいぜい菊池文彦と同じ小学校に通っていたことが103ページで分かるていどだ。つまり、これは読み手に対して敢えて隠されていたことなのだ。なぜなら、笹垣らは桐原洋介が殺害された当時に、亮司がどこの小学校へ通っていたかなんてとっくに調べて知っていた筈だからである。しかし、1970年代の小学校と言えばマンモス校がたくさんあって、同学年の生徒が300人もいたなんて珍しくもない時代であった。なので、亮司と雪穂が同じ小学校に通っていたことを知っていた笹垣ですら、後に同じ図書館へ足を運んでいたどころか面識があったことに驚くのである [東野, 2002: 784; ch. 13, 6]。しかし、ここで疑問が出てくる。雪穂が住んでいた「吉田ハイツ」は生野区大江西にあったから、大江小学校に通うのはいい。つまり、学区や校区という規制から言って、住んでいる地域の小学校に通う必要があったからだ。しかし、亮司の自宅があった「質きりはら」は「大江」という町名しか分からないし、場所としては地下鉄の新深江駅と真澄公園のあいだにあると思われるので、現在の行政区域で言えば東大阪市の足代北であろう。実際、桐原洋介が殺害されたときも、捜査は西布施警察署が担当しており、これは西本文代のガス事故死が生野署の管轄であったことと比べても、真澄公園あたりが大阪市ではなく、西布施警察署のような大阪市の外にある行政区にあったことを想像させる。となると、亮司は何か特別な理由があって越境入学でも認められない限り、大江小学校に通うことはできなかったはずだ。この辻褄は、どのように考えたら合わせられるのだろうか。

次に、「大江中学校」から足を運んで女子生徒を撮影したり見物していたという「清華女子学園」がどこに当たるかという興味に応えてみよう。これは、恐らく中等部と高等部とで合わせて中高一貫教育の学校と考えてよく、亮司が通っていたと思われる中学(生野区に比定)から近い距離にあるとすれば、中高一貫教育の女子校として「大阪樟蔭中学・高校」(東大阪市、ただし大学は同じ敷地内にある)、「プール学院」(生野区、唐沢家がある四天王寺付近にいちばん近い)、「大谷中学・高校」(阿倍野区、小路と同じく近隣に飛田新地という旧遊郭がある)、「四天王寺中学・高校」(天王寺区)、それから「大阪女学院中学・高校」(現在の大阪市中央区で、1970年代は「東区」)が候補となる。それから、わざわざ制服のディテールが第2章の冒頭に描かれているけれど、これらの女子高の制服とは合致しない。これは、実在する高校に出向いて「作品のモデルとなった制服」と称して女の子を撮影するような変態野郎が増えても困るので、わざとだろうと思う。ということで、僕はこれらの中で、大半の女生徒が一つの正門から出入りするとか、正門から 50 m 先の道路にトラックを置く余裕があるとか、学校からの帰り道の途中にバス通りとは違う斜めの道があって駐車場や倉庫が多いとか、幾つかの条件から推定は可能かもしれないが、ストーリーや作品のテーマから言っても特定する意味は殆どないと思う。実際に SNS では特定したと豪語している推理小説ファンがたくさんいるのだが(最低限の節度はあるらしく、学校名は書いていない人が多いようだが)、そんなことは大して作品のテーマや筋書きにとって関係がないのである。もちろん、あくまでも東野圭吾氏が記憶からモデルとして採用したのは構内の情景だとか建物の構造などだけという可能性もある。他の場所との相対的な位置関係は矛盾がないように調整されているとしても、現実の場所から数百メートルほど動かしていたとしてもおかしくはないし、別にノン・フィクションではないから不当でもあるまい。

これは単なる興味だけで書いておくが、では「清華女子学園中等部・高等部」のモデルはどこか。これは、亮司や雄一たちが東生野中学校に通っていたと考えて、実際に中学校が現実の場所と同じ位置にあったと仮定すれば、六時限目を欠席して(自転車にでも乗って)行けるていどの距離にある学校であること、中高一貫教育の女子校であること、生徒の大半が一か所の門で登下校していること、学校から雪穂が徒歩で帰宅できること(ちなみに、唐沢家が天王寺区「真光院町」つまり実在する天王寺区真法院町にあることは、[東野, 2002: 710] になるまではっきりしないが、それでも唐沢家から帰宅する中道正晴が「四天王寺前駅」にいることから、唐沢家が大阪市天王寺区であることは推測できる。なお、四天王寺前駅は1997年以降に「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」という長い名称になった。『白夜行』の第4章が1970年代を描いていることに注意したい)などから、四天王寺中学・高校であろうと思われる。大半の生徒は南側の門から出入りしていて、そこが四天王寺の境内であるため、そのまま四天王寺の石鳥居を通って JR 天王寺(当時は国鉄天王寺)駅へ向かったり、地下鉄の駅へ向かったりしていたわけである(寺に鳥居があるのは神仏習合の名残である)。唐沢家があると思われる現実の真法院町は四天王寺の北東側なので、学校の南門から出た雪穂は四天王寺の外壁に沿って帰宅していたのであろうが、[東野, 2002: 111; ch. 2, 4] で描かれる藤村都子が襲われた事件のエピソードで、英会話塾からの帰路に学校の近くを通って帰宅する途中にバス道ではなく裏道へ入ったという記述があり、これは四天王寺の外周部である「東門町筋」のことではないかと想像できる。なお、この真法院町というのは関西でも屈指の高級住宅街であり、一説では芦屋よりも評価が高いという(この周辺は、最近では韓国の TWICE というアイドル・グループのメンバーである SANA の出身地として知られるようになった)。こういうところにも雪穂が貧困層から富裕層へと上昇していく様子が描かれている。

中学・高校時代の雪穂の舞台 中学・高校時代の雪穂の舞台

1、1と回した後、迷いつつも0の穴に人差し指を入れた。その時だった。

「死んでるんですか」玄関のほうから声がした。

見ると、西本雪穂が沓脱ぎに立ったままだった。玄関のドアが開けっ放しになっており、逆光で彼女の表情はよくわからない。

「死んでるの?」と彼女はもう一度訊いた。泣き声になっていた。

「まだわかれへん」田川は指を0から9に移動させ、ダイヤルを回した。

[東野, 2002: 82; ch. 1, 8]

第1章の最終シーン、西本文代が吉田ハイツの自室で倒れている様子を発見する描写だ。ちなみに、原作小説では西本文代は卓袱台の横で畳の上に倒れているのだが、テレビ版では酒で酔い潰れた文代が卓袱台で寝込んだり、映画版でも上着を着こんで卓袱台に覆いかぶさっている。つまり、原作小説で描写されている情景だと、薬や酒で寝込んでしまった状況には見えないのだ。そして、雪穂に部屋へ入りたいと頼まれて一緒にやってきた田川は、文代が倒れている様子を見て「手遅れだ、と彼は直感的に思った」と描写されている。これは実際にそうなのだろう。だが、警察へ電話をかけるべきか、それとも救急車を呼ぶべきかという判断において、雪穂から「死んでるんですか」、「死んでるの?」と声をかけられたことで、田川は救急車を呼ぶ。もちろん、この一連の描写は、いかにも雪穂が田川を誘導したように書かれている。また、ここまでに何度か鈴の音がすると描写されて示唆されていることも後から分かるように、実は雪穂は部屋の鍵を持っていた。

西本文代がガス中毒で死亡した一件について、この後に誰がどのように理解していたかをまとめておこう。まず、第4章で唐沢礼子が雪穂の家庭教師をしていた中道正晴へ説明するシーン(1979年9月)だ。

「コンロに鍋をかけている途中で、うたた寝してしまったそうなんです。そのうちに鍋の中身がふきこぼれて火が消えてしまったらしいんですけど、それに気づかないで、結局そのまま中毒を起こしてしまったということでした。きっと、相当疲れていたんだろうと思いますよ」礼子は悲しそうに細い眉を寄せた。

[東野, 2002: 212; ch. 4, 1]

この説明は、恐らく唐沢礼子が雪穂から聞いた話なのだろうと想像できる。なぜなら、西本文代は卓袱台の横に倒れていたのであって、うたた寝していたなんて状況で倒れていたわけではなかったからだ。

次に、中道正晴が吉田ハイツの近くに住んでいる大学の後輩(内藤)と会話している場面だ。内藤も西本文代が死亡したときの報道を記憶しており、自分が駐車場を借りている不動産屋が次のように言っていたと話す。

[...] アパートでガス自殺されて、えらい目に遭うたことがあるというようなことを、前にいうてました。

[東野, 2002: 231; ch. 4, 3]

新聞記事では事故として報道されているが、地元では自殺ではないかという噂が広まっていたことを示唆している。そして、このような噂を敢えて広めていた藤村都子が襲われた事件につながると想像できる。そして、中道は内藤と一緒に西本文代を見つけた発見者の田川から話を聞くために、当時の不動産屋の支店がある東成区の店へ出向く。そして、そこで田川から当時の体験や警察の話などを聞かされたのである。

「死体を見つけた時よりも、その後のほうが面倒やったな。警察からいろいろと訊かれてなあ」田川は顔をしかめた。

「どんなことを訊かれたんですか」

「部屋に入った時のことや。俺は、窓を開け放して、ガスの元栓を閉めた以外に、どこにも触ってないっていうたんやけど、何が気に入らんのか、鍋に触れへんかったかとか、玄関には本当に鍵がかかってたかとか訊かれてなあ、あれはほんまに参ったで」

「鍋に何か問題でもあったんですか」

「よう知らん。味噌汁がふきこぼれたんなら、鍋の周りがもっと汚れてるはずやとかいうてたな。そんなこといわれたかて、事実ふきこぼれて火が消えとったんやからしょうがないわな」

[東野, 2002: 231; ch. 4, 3]

このような話を聞いて、中道は一つの推理をする。

その想像とは、真相はやはり自殺だったのではないか、というものだった。

過剰な量の風邪薬の空き袋、カップ酒、不自然に施錠された窓、いずれも自殺と考えたほうがすっきりする話だ。それを阻んでいるのは、ふきこぼれた鍋だけである。

だがその鍋は、ふきこぼれたわりには周りが汚れていなかったと警察ではいっているらしい。

そこで正晴が考えたのは、実際には自殺であったが、何者かが鍋の味噌汁をこぼし、事故死に見せかけたのではないか、ということだ。

ここでは何者かとは、雪穂以外には考えられない。風邪薬やカップ酒の不自然さについて彼女が説明しているという点とも辻褄が合う。

[...]

ただし、この想像には恐ろしい疑問がつきまとう。

雪穂が最初に母親を発見した時、彼女はすでに死んでいたのか、それともまだ助かる段階だったのか、ということである。

[東野, 2002: 251; ch. 4, 4]

このあと、笹垣も [東野, 2002: 740; ch. 13, 2] で同じ推理を口にしている。こういうわけで、西本文代は自殺しようとしていたという仮定が立ち、それを雪穂が事故に見せかけたという推理が何人かの人物によって語られることになるのだ。すると、もし西本文代が本当に自殺したのであれば、この後の評論で「桐原洋介を殺害したのは誰だったのか」というテーマに関連して、寺崎忠夫は西本文代と付き合っていたのか、それとも桐原洋介と同じく雪穂を目当てに吉田ハイツへ訪れていたのかという問いについて、僕は寺崎忠夫が文代と付き合っていた可能性を述べたのだが、それは否定しなくてはならなくなるのだろうか。なぜなら、もし寺崎と付き合っていたのであれば、そういう状況にあった人物が自殺することは考えにくいからだ。もちろん、雪穂を譲るという桐原洋介との話が出来ていて大金が手に入る見込みもあった。なのに自殺というのはおかしいだろう。

僕の考えはこうだ。雪穂の証言である、「寒気がする時にはカップ酒を飲んでた」というのは本当なのだ [東野, 2002: 740; ch. 13, 2]。そして、実際に風邪を引いていた西本文代がカップ酒を飲んでいたところに雪穂がやってきて、薬も飲んだ方がいいと言いながら、たとえば一回に1錠でよい風邪薬を酒と一緒に5錠も飲ませたのではないか。つまり、睡眠薬代わりに風邪薬を大量に飲んだ(いまで言うオーバー・ドーズである)のも本当だったのだ。そうして雪穂は、完全に寝入ってしまった母親をガスで殺害するしかけを施したというわけであろう。もちろん他殺に思われては困るが、自殺と判断されてもいけない。あくまでも事故として見せかけるためには、どうすればいいか。コンロの火が料理の吹きこぼれで消えて、ガスが部屋に漏れたかのように細工し、そのまま部屋を閉め切って外へ出たのであろう。文代が卓袱台の横で倒れていたのは、意識を失うまでのあいだに目を覚まして動いたのかもしれない。

ここで、この注釈が対象としている状況に戻ってみよう。室内で倒れている人を見たというだけで、即座に死んでるかどうかと疑問を発するだろうか。もし警察へ通報しようとしていた田川に、まず救急車を呼ぶように雪穂が敢えて仕向けたということなら、それにはどういう意図が考えられるのか。救急車を先に呼ぶと、西本文代が助かる可能性が高くなるわけで、(雪穂が文代を殺害しようとした、と仮定する場合に)雪穂にとっては不都合なはずだ。西本文代が既に死んでいることを知っていると思われるのを避けたのだろうか。しかし、田川が警察へ通報しようとしていた様子を黙って眺めていたくらいで、母親が既に死んでいることを知っていたのではないか、などと疑われることを心配する必要はないはずだ。敢えて「死んでるの?」と声をかけたのは、状況を確認させるためだけだったのだろうか。

[未完]

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『幻夜』の扱いについて

東野圭吾作品全般の愛読者や東野圭吾氏の熱烈なファンには気の毒かと思うが、本稿では作品としての『幻夜』は『白夜行』との関係について囁かれている俗説(だと僕は思う)を批評するという目的で言及する以外の用途では取り扱わない。その理由は簡単だ。『白夜行』には僕自身が感心したし、名作であるという世評にも同意するが、はっきり言って僕にとって『幻夜』はさほど高い評価に値しないからである。非常に失礼な表現かもしれないが、僕の『幻夜』に対する評価は、「整形した女性に弱みを握られた情けない男がいいように使われる、ただのノアール小説」という印象だ。

そして、『白夜行』と『幻夜』との「関連性」についても、ここでは俗説に異議を唱えるために論点としては取り上げるが、僕自身はそれだけで『幻夜』という作品の評価を特別に大きく引き上げる理由にはならないと思う。『幻夜』の作品中に、あたかも『白夜行』の篠塚雪穂と関係がありそうな表現を幾つか点在させているように読み取れる箇所があるのは分かる。しかし、それは東野圭吾氏による意図的なミスリードであって、『白夜行』の隠れたテーマの一つであったと思われる「思い込み」を誘うための仕掛けであるというのが僕の理解だ。特に、他の評論でも書くと思うが、東野圭吾氏は推理小説のテンプレやパターンのようなものをあまり好まなかった時期もあったようなので、とりわけ推理小説のテンプレと言ってもいい、「登場人物が正解を推理して発見する描写」というものに異議を唱えるべく、このような仕掛けを両方の作品で組み込んだ(あるいは『幻夜』を構想するときに組み込んだかもしれない。なぜなら、僕は『白夜行』は少なくとも『幻夜』とは独立したストーリーだと思っていて、「雪穂と偽美冬の同一人物説」には反対というよりも疑問を持っているからだ)と想像できる。

このようなわけで、東野圭吾氏が意図したと思われるミスリードが成功している(実際、『幻夜』が『白夜行』の続編だとか、雪穂と偽美冬の同一人物説は、これらの作品についての読書感想文のテンプレになっているとすら言える)という意味では、よくできた作品なのかもしれない。しかし、単独の文学作品として読むと、僕にはさほど感動もなかったし、驚きもない(そもそも『白夜行』とは違って、本人たちが犯行に手を染める様子どころか当事者の一人である雅也の内心すら描写されているのだから、なおさらだ)ので、特にここで『白夜行』ほど詳しい注釈、とりわけ作品の舞台をイメージしたり理解するために必要な人文地理に関わる注釈をつける必要があるとは思っていない。なので、本稿では『幻夜』の注釈は割愛する。実際、双方の作品を読んでいる方はご承知だと思うが、とりわけ『幻夜』では作品の舞台となっている地域や土地の様子、あるいは周辺の生活環境というものが殆ど描写されておらず、僕にはそれぞれのシーンが、まるでテレビ・ドラマ用にスタジオ撮影されている様子を描いているように読める。「場所」を描写していることは分かるが、「土地」を描写していないと言ってもいい。それは、冒頭の阪神・淡路の震災というシーンを描いている場面ですらそうなのだ。敢えて書くと、悪い意味で言う「記号的」な描写なのである。

なお、反対に『白夜行』は物語の舞台について過剰に描き過ぎており、それゆえ「生野区だけがというよりも大阪という町はこういう町だと思います」などとデタラメなことを平気で書く自称大阪生まれの人間がたくさん出てくるのである(皮肉なことに、この人物こそが貧困家庭のサポートをしていると称しているようだが)。こんな程度の低い作文にいちいち論評を書いてやる義理などないが、『白夜行』を理解するためのポイントに貧困や差別も関連しているからといって、それを大阪だの生野区だのという特定の土地に結びつける、こういう浅薄な読み手の発想は部落差別と同じである。大阪で育っていても犯罪に手を染めない人の方が圧倒的に多いのは当然だし、1970年代も今も貧困家庭が多いのは全ての国や町に言えることだ。たとえば、世帯数の比で調べた生活保護の受給世帯で大阪は約 5 % で第一位だが、沖縄、北海道、青森、高知、京都、東京などと比べて突出して多いわけではない。京都や東京でも約 4 % の割合になっている。母子家庭の比率だと都道府県別の順位でも25位だし、「貧困家庭」の比率でも大阪は徳島や高知などよりも順位としては低いが、しょせん 0.1 % のような差でしかない。同じような物価や物資の配分で社会保障制度も同じである一つの国において、一部の地域や都道府県だけが地方自治体の財政などの理由で極端に貧困層が多いなどということはないのである。いまや、ウェブで検索したり AI に質問すれば数秒で分かるようなことすら調べずに特定の街や文学作品をどうこう語るような人間の言葉には説得力などない。

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評論編のまえがき

これより以降は、『白夜行』を読んで議論しておきたい色々な話題を評論として取り上げた。そこで、差し当って幾つかの注意書きを述べておく。『白夜行』について文芸評論を加えるのであれば、これまでに積み上げられている成果から、次のようなテーマを取り上げて、それぞれが自分の意見を加えられると思う。

物語論的装置としての心理描写の完全な排除
『白夜行』という作品で最大の特徴として指摘されるのが、主人公である亮司と雪穂のモノローグや心理描写が徹底して排除され、二人の直接の対話シーンすら一度も描かれないということだ。第122回直木賞の選評において、「人間の匂いがしない」と評され受賞を逃した経緯が象徴するように、近代文学が重んじてきた登場人物の内面告白や葛藤の生々しい描写という規範なり理想をあえて破っている。しかし、この心理描写の欠落こそが作品としての強度を生んでいると高く評価されており、二人の心理を周囲の関係者の視点やナレーションのような視点から客観的な言動としてのみ描くことで、読者が二人の関係や動機を補完したり再構築せざるを得ない。そういう解釈の余白を意図して作り出している。
これは、もちろん読めばたいていの人が指摘したり話題にすることであって、当サイトでも同じ指摘を共有することに変わりはないし、このような特徴があってこそ作品としての価値を生み出しているのだという積極的な評価すら共有するわけだが、これはあまりにも凡庸な論点であり、作品が発表されてから四半世紀も経過している現在において、これだけを声高に指摘して論じても意義はないだろう。更に、どうしてこのように描写しようと構想したのかとか、別のようであればどうだったかとか、論点そのものを展開したり掘り下げる必要があろう。
雪穂と亮司の関係(「純愛」か「共生・支配」か)
これは、以下の評論でも取り上げている話題であり、僕は二人の純愛物語として眺めることには疑問がある(特に映像版を観た人が採用する解釈だ。そして、付け加えておきたいのは、それは「悪いこと」であるとは限らないということだ。僕は、いわゆる「原作派」などではないので、映像版を一つの翻案として評価しても構わないと思う)。ただし、雪穂によるノアール小説という解釈を採ると、それゆえ『白夜行』の雪穂は『幻夜』の美冬であるという仮説を支持することになると思う人が多いらしいのだが、僕はそうではない。東野圭吾氏が『幻夜』について、「『白夜行』の世界をもう一度蘇らせたいと思った」[東野40, 2025: 145] と語っているわけだが、ここで次のように問いたい。つまり「世界」という言葉は、登場人物の設定だとか、アニメで言う「世界線」のことなのか。実際、すぐ後に東野圭吾氏は、『白夜行』も『幻夜』も『あしたのジョー』の世界観だと言っていて、これはつまり「世界」が同じ登場人物による継続したストーリーであるとか、同じ時代や状況という設定を共有することなど求めていないのである。したがって、主人公の一人がどちらも「悪女」だとか「性格破綻した女性」だからといって、もちろん同一人物であるなどと考える根拠にはならないわけであって、実際に僕は『白夜行』の雪穂と『幻夜』の美冬はどちらも(実は、過去の悲惨な経験があろうとなかろうと)サイコパスだったという仮説を採用しながらも、両者が同一人物であるという解釈は否定している。

その他、松本清張の『砂の器』などの作品における昭和の社会派ミステリーとは違って、『白夜行』では犯罪へ至る状況が家庭という密室で不可視化された、親による児童虐待・買春というミクロな事情へと移行しており、「社会派」というお題目で左翼運動などで片付けられるようなテーマではなくなっていることもたびたび指摘されるし、情報技術や資本主義の仕組み(特許、インサイダー取引、海賊版ソフトなど)そのものを利用・活用・悪用して成り上がりや玉の輿を図る現代的なリアリズムも指摘されやすい。そして、凄惨な虐待(雪穂)やネグレクト(亮司)の被害者である子どもたちが、生き残るために他者(川島江利子や篠塚美佳など)に対して自らが受けたのと同型の性・精神的暴力を仕掛けていくという構造は、単純な勧善懲悪で済む話ではないし、家庭内暴力や虐待について言われるように、そういう経験を経た人は自分の子供にも似たようなことをしてしまうという問題にも通じる話題として、十分に社会科学のテーマとしての意義がある。

ただ、これらは分かりやすすぎるとも言えるわけであり、僕のような文芸評論の素人が思いつくていどのイージーな話題や論点、つまり本稿で以下に列挙するような評論は、その内容について同意するしないはともかく、話題や論点としては基本あるいは最低限だと考えるべきであろう。僕は実態を知らないのだが、ここでご覧いただくていどの評論は学部の演習レベルにすら届かない、いわば「小並感」と言ってもいいものだと思う。理由は簡単だ。僕は文学作品の解釈はやってこなかったけれど、哲学の古典については解釈する訓練や自分なりの研究を積み上げてきた実績があり、それとの比較で言えば、ここで展開するレベルの議論は僕自身が学部レベルにやっていた古典解釈のレベルと比較すれば、とても卒論どころか講義のレポートとしても疑わしいクォリティだと思うからだ。少なくとも、僕が大学教員として、本稿で列挙している評論のどれか一つをレポートとして提出する学生がいたとしても、単位なんて絶対に出さないだろう。ここで並べている評論は、そのていどの代物として御笑覧いただくのがよいと思う。逆に言えば、文学部で学士を授与される人ですら、このような議論を遥かに超えるようなものを期末のレポートですら書くことを望むし、実際に僕はそれを求めたい。できないなら、東大文学部やハーヴァードを卒業した学歴をもっていようと、僕に言わせれば「無能」である。

『白夜行』を評論するにあたって、僕が色々な評価や解釈の基礎にしたのは、東野圭吾氏の次のメッセージである。

これは、子供の頃にこういうことがありましたと書いた後に、ポンッと大人になった “現在” を描いているわけではないということに、自分としては意味があります。彼らはあるひとつの出来事によって、すべてが狂ったというよりは、少しずつそういう方向に行くんだということなんですよ。それが “白夜” の道なんだ、というふうに自分では思いますね。

[東野40, 2025: 122f.]

もちろん、ここから想像できることが必ず一つに決まるとは限らないので、この発言から僕が想像することを「正解」とか「決定的な理由」として解釈を積み上げるのは危険であろう。しかし、少なくとも彼のこういう発言に反する解釈を(YouTuber や愚劣なブログの運営者がよくやる、SEO なり客寄せの目的で喚くインチキな逆張りトークでもない限り)敢えて示すのであれば、それなりに、つまり本人が生きていたら唸らざるを得ないていどに説得力のある論証が必要であろう。

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評論 (1) 『幻夜』は『白夜行』の「第二部」や「続編」なのか

『白夜行』と『幻夜』との関係について、最もありふれた理解や解説は、もちろん『幻夜』が『白夜行』の「続編」であるとか、あるいは「第二部」であるというものだ。実際、『幻夜』の「解説」を書いた黒川博行氏も、何の臆面もなく「『幻夜』は『白夜行』の第二部だが、そのつながりは巧妙に隠されている」[黒川, 2007: 782] と書いているし、作家であろうと文学部の教授であろうと一般の愛好家であろうと、多くの読み手が同じように考えていて、オンラインにも数多くの解説や書評と称する文章が氾濫している。

しかし、僕はこのような断定には強い違和感を覚える。第一に、黒川氏は「そのつながりは巧妙に隠されている」と言うが、僕は『幻夜』を始めて読んだときの印象だけで言えば、二つの作品の「つながり」は分かりやす過ぎると感じた。とりわけ、ウェブに多いインチキ文芸評論家たちが二言目には「雪穂と偽美冬の同一人物説」を唱えるのだが、こんな理解は作品を単に読むだけで誰でも思いつくことであって、もし東野圭吾氏が最初から偽美冬を雪穂として意図していたとすれば(次の成功を求めて篠塚家と関係を絶つために、阪神・淡路の震災というチャンスに別人として行動し始めた云々)、推理小説の作品としては著しく幼稚で浅薄な描写ではあるまいかと思う。寧ろ、その分かりやす過ぎるという事実に、何か推理小説作家としての仕掛けがあると考えるのが、まともなレベルの読み手ではないのかと思った。当サイトで、この論説を書いて公表しようと思った動機の一つは、これである。つまり、『幻夜』が『白夜行』の「第二部」や「続編」であるというのは、僕が思うには東野圭吾氏による意図的なミスリードであって、僕は霊魂も彼の世も天国も信じてはいないから言葉の彩として言うなら、東野氏は草葉の陰だか浄土だか天国だかで高笑いしているのではないか。

まずは一例だけ挙げておくと、次のような一節がある。

「あの加藤という刑事が気になる。用心するに越したことはないから」

「その刑事、また来たのか」

彼女はかぶりを振った。

「一回会社に来ただけ。けどあいつは何かに気づいてる。いや、気づいてるというほどではないけど、嗅ぎつけてるという感じかな。鼻のええやつや。刑事はみんな犬みたいに鼻がきくけど、中でも特別に鋭いやつがおる。あいつはそのタイプや」

ほかにもそんな刑事を知っているような美冬の口振りだった。

[東野, 2007: 370; ch. 6, 1]

もちろん、「雪穂と偽美冬の同一人物説」を信じる人たちは、こういうところを「証拠」にするのだろう。たとえば、「いる」という意味で「おる」という言葉を女性が使うのは、大阪でも育ちの悪い人間の特徴だ。生野区の貧しい家で育った雪穂が使ってもおかしくない表現である。大阪で育っている人間ならだれでも知っていることである。だが、はっきり言えば、こういうことは分かりやす過ぎるのだ。いかにも、偽美冬として生きている雪穂が笹垣刑事のことを思い浮かべて話しているかのように読めてしまうのは仕方のないことだとは思うが、その安易さについて自問しない限り、暇潰しに小説を読むだけならともかく、およそ他人様に向かって書評など書く資格はない。たとえば、偽美冬が過去に雪穂とは関係なく別の罪を犯していた可能性だってあるだろう。そして、その時にしつこく疑われた刑事がいたかもしれない。僕には、そういう人物を想定できるほど東野圭吾氏の過去の作品は読んでいないが、暇と金があれば・・・具体的に言うと、寿命が500年ほどあって毎月の小遣いが10万円ほどあれば、東野圭吾氏の作品を片っ端から調べてみるのもいいだろう。ともかく、そういう余裕はないので、僕の推定や反論には限界がある。これはこれで僕の疑問に反論する正当な理由にはなると思うので、是非とも東野圭吾氏の過去の作品を丁寧に調べて、偽美冬が関連している可能性がある作品があるかどうかを教えてもらえればありがたい。もちろん、『幻夜』の偽美冬が過去に犯した罪を描く作品など存在せず、あくまでも東野圭吾氏がプライベートに設定してある経緯かもしれない。

こういうわけで、本稿では「『幻夜』は『白夜行』との関連づけを想像できるように設定され構成されているだけの、続編っぽい無関係のストーリーを描いた作品である」という見解を立てて、一般的な「雪穂と偽美冬の同一人物説」に疑問を呈する。もちろん、強力で説得力のある反論なり証拠(たとえば、これから東野圭吾氏のメモや遺稿、それから近しい人に語っていた心境や意図などが公表される可能性もあろう)があれば、訂正して取り下げる用意はある。ここでは読了したばかりでの雑感にもとづいているので、具体的な根拠を列挙するだけの用意がない。ただし、「雪穂と偽美冬の同一人物説」を否定できるかどうかはともかく、そういう解釈に疑問を呈する幾つかのポイントは指摘できる。

たとえば、『白夜行』で確実に雪穂へ狙いを定めた笹垣が『幻夜』に全く登場しないことだ。亮司が死んだ後も、雪穂は大阪に開店させた「R&Y」の大阪一号店を運営しており、テレビ版では(亮司という、心の支え、あるいは危機的な状況を打開するための手段がなくなったからなのか)事業に失敗したかのような描写があるけれど、もちろん原作にそのような後日談などない。すると、あれだけ執拗に二人の経歴や現況を職務であるかどうかによらず調べていた笹垣が、それから後も雪穂の様子を捕捉していないはずがないであろう。[東野, 2007: 737; ch. 13, 2] で、後輩刑事(笹垣の親戚でもあった)の古賀から「この春まで牛みたいに働いたのやから、今は大いに遊んだらよろし。」と言われているので、この時点で笹垣は大阪府警を定年退職していることになる。1985年に公務員の定年制度が施行され、笹垣は満60歳で定年退職したばかりだと思われる。いくら定年退職の歳だとは言ってもプライベートに出歩く体力が急になくなるわけでもないし、事件や関係者についての関心が無くなるわけでもないだろうから、作中でも調べ続けているのだ。したがって、亮司は死んだけれど、それによって雪穂への関心が無くなるなんてことはないし、刑事ではなくなったから調べる意欲も方法もなくなったわけではないだろう。しかも、近親者に刑事どころか大阪府警の警視(古賀刑事)がいるのだ。また、原作では亮司が亡くなった後の推移が想像できないけれど、笹垣は篠原一成と「彼ら」についての推論や情報をかなり共有している可能性もある。近親者の中に強い疑念を抱いている人物がいる以上、そしてそれを斥ける亮司という手段を失ったからには、雪穂の動向は大きく制限されるであろう。そして恐らく、読み手の中には、それゆえに雪穂は笹垣と篠塚一成の疑念から逃れて人生をリセットするために偽美冬となったのだと解釈する人もいるのだろう。

しかし、そのような解釈を取ると、今度は別の問題が出てくると僕は思う。なぜなら、笹垣と篠塚から逃れるために整形して別人になったという人格の解釈ができるなら、恐らく雪穂は小学生の頃から、亮司と出会う前から既に人格が破綻していた可能性もある。つまり、「ハゼとエビ」という笹垣の解釈は、もちろん作中の人物による解釈にすぎず、東野圭吾氏が読者に示唆している「正解」であるとは限らないのだから、雪穂はストーリーの最初から亮司すら野心や目論見の道具と見做していたという解釈が成り立つ。そして、雪穂が終盤で語る、よく知られたシーンの言葉だ。

「あたしの上には太陽なんかなかった。いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあったから。太陽ほど明るくはないけれど、あたしには十分だった。あたしはその光によって、夜を昼と思って生きてくることができたの。わかるわね。あたしには最初から太陽なんかなかった。だから失う恐怖もないの」

[東野, 2007: 826; ch. 13, 12]

これは、もちろん大半の読者が自分(雪穂)と亮司との関係を喩えていると解釈するわけだが、果たしてそうだろうか。もし「雪穂=偽美冬説」を採るのであれば、彼女が言う「太陽に代わるもの」とは、寧ろ幼い頃に自分が受けた被害による精神的な苦痛についての強烈な復讐心や野心のような感情のことだとか、そうした体験を乗り越えて目指す目標のようなことを示していると解してもおかしくはないだろう。

では、ここで初心に戻って「雪穂と偽美冬の同一人物説」の根拠とされている点を整理しておこう。

このようなところだろう。しかし、僕はこれら全てについて疑問があるし、実際に作品の描写などからも反論できる。そこで、まずは『幻夜』で次のような着眼点に該当する描写を拾い上げてみよう。それは、(1) 新海美冬の経歴や性格にかかわる描写、(2) 「新海美冬」(偽美冬)の経歴や性格にかかわる描写、そして (3) 『白夜行』の終盤シーンで描かれた篠塚雪穂との一致や連続性を示唆すると思われる描写である。もちろん、(1) とも (2) とも取れる描写もあるだろうから、まずは順番に拾い上げてから、それらをソースとして議論しよう。

雅也は彼女を見つめながら立ち上がった。女の年齢は二十代半ばに見えた。パジャマ代わりにしているのか、クリーム色のスウェットスーツを着ている。当然のことながら化粧気はなく、長い髪を後ろで束ねていた。顔が小さく顎が細い。やや吊り上がった目を見開き、彼を凝視したまま動かなかった。

[東野, 2007: 22; ch. 1, 3]

現れたのはキャメルのコートを羽織った三十歳前に見える女だった。震災を取材しているにしては華美な格好だと思ったが、それ以上に、彼女の顔を見て木村はどきりとした。こんな美人が来るとは想像していなかったからだ。肌は白く、少女のように肌理が細かい。しかし、やや吊り上がり気味の大きな目が妖艶な光を放っており、彼女が大人の女であることを主張していた。

[東野, 2007: 65; ch. 1, 7]

あの後、美冬と少し話をした。彼女は元々は関西の生まれらしい。就職して上京し、その会社を辞めてこっちに戻ってきたら、今度の地震に遭ったということだった。

「何の会社?」雅也は訊いた。

「洋服とかアクセサリーを扱う会社。海外の商品を並行輸入して、ふつうよりも安い値段で売るの」

[...]

「なんで会社を辞めたんや?」

「いろいろあってね。女も三十近くになったら難しいんよ」美冬は目を細めて笑った。その表情には雅也の心を惹きつける何かがあった。

「そんな歳でもないやろ」

「もうあと二年しかない」彼女は指を二本立てた。

[東野, 2007: 68-69; ch. 1, 8]

美冬が中途採用で『華屋』に入ってきたのは震災の直後だった。詳しい経緯を彰子は知らない。最初は一階の売場にいたが、二週間ほどでこの三階に移ってきた。余程のことがないかぎり、そうした異動はないので、当初は皆が驚いたものだ。だがそれから二か月あまりが経つ現在では、彼女がここにいることに異を唱える者は、彰子の知るかぎりでは一人もいない。美冬は宝飾品に詳しく、客への応対も見事だった。語学が堪能なので外国人の客が来た時でも頼りになる。この不景気な時代に中途採用されるはずだと誰もが合点していた。

[東野, 2007: 102; ch. 2, 1]

黒いロングスカートを穿いた女性がやってきた。美冬はロイヤルミルクティーを注文した。迷う様子がなかったので、ここでのお気に入りの飲み物なのだろうと加藤は察した。

[東野, 2007: 141; ch. 2, 8]

「おいしいわ。やっぱり『ハーモニー』のシュークリームは最高や。[...]」

[東野, 2007: 176; ch. 3, 2]

たしか、美冬、といったはずだ。曽我は会ったことがない。しかし働いていた店には行ったことがある。

「今度、南青山のブティックで働くことになったらしい。『ホワイトナイト』という店だ。どんなものを売ってるのか知らないが、暇があったら見に行ってくれ。別に何も買わなくてもいいからな」以前、新海からそういう電話があったのだ。

南青山というからには高級品しか置いてないだろうと思いつつ、曽我は会社の帰りに足を運んでみた。前面ガラス張りの店内には、予想通り、彼には手を出しにくい商品が並んでいた。しかもその日は、肝心の美冬が休みだった。彼に応対してくれたのは、店を経営している女性だった。年齢は三十そこそこと思われたが、落ち着いた物腰には気品が感じられた。

[東野, 2007: 230f.; ch. 4, 1]

マンションを出て、タクシーで自宅に向かいながら曽我は考えた。整理すると次のようになる。まず、新海美冬が部屋を出たのは一昨々年つまり九三年の暮れだ。彼女は仕事を辞め、「慕っている女性」と海外に行った。そして約一年後、両親の住む西宮で阪神淡路大震災に遭った。

その「慕っている女性」とは誰だろう。そんな人間がいるのならば、震災後に美冬が真っ先に頼りにするのではないか。またその女性にしても、被災した彼女をほうってはおかないだろう。いったんは自分のもとで暮らすように勧めるのではないか。だがそうだとすれば、美冬が緊急の連絡先として、その女性の住所なり電話番号を役所や警察に残しておくはずだ。

[...]

マンションを出てから、改めて賀状を見た。文面が印刷された年賀葉書で、『お隣さん同士の時はお世話になりました。外国で揉まれてきます。お元気で!』と書き添えてあった。丁寧な楷書だった。

住所と電話番号も印刷されていて、その横に、『居候の新海美冬』とワープロで印字したと思われる紙が貼ってあった。おそらく部屋の主から、余った年賀葉書をもらったのだろう。紙の下には、その主の名前が印刷してあったに違いない。

[東野, 2007: 254-255; ch. 4, 3]

「何だったのかしら、渡したいものって」新海美冬が独り言のように呟いた。

「写真です」恭子はいった。

「写真?」

「御両親と美冬さんが写っている写真です。たまたま見つけたので、是非お渡ししたいといってました。震災でアルバムなどは焼けただろうからと」

「そうだったんですか。そんなことのためにわざわざ」新海美冬は小さく首を振った。

その表情を見て、なぜ自分のイメージとこの女性が合致しなかったのか、恭子はわかった。その写真は孝道から一度だけ見せられている。そこに写っていた顔をよく見たわけではなかったが、その時に受けたイメージとこの女性の発するそれが一致しないのだ。

[東野, 2007: 290f.; ch. 4, 7]

「あの加藤という刑事が気になる。用心するに越したことはないから」

「その刑事、また来たのか」

彼女はかぶりを振った。

「一回会社に来ただけ。けどあいつは何かに気づいてる。いや、気づいてるというほどではないけど、嗅ぎつけてるという感じかな。鼻のええやつや。刑事はみんな犬みたいに鼻がきくけど、中でも特別に鋭いやつがおる。あいつはそのタイプや」

ほかにもそんな刑事を知っているような美冬の口振りだった。

[東野, 2007: 370; ch. 6, 1]

「これが新海ですけど」そういって深沢は右端の娘を指差した。

雅也は頷いた。何かいわねばと思ったが、言葉が見つからなかった。平静を保つのが精一杯だった。

それは美冬ではなかった。全く別の誰かだった。

[東野, 2007: 579; ch. 9, 3]

しかし寒さに震えながらも、彼女の頭の中はサバイバル以外のことで埋められていたのだ。この災害を利用して別人の名前を騙り、見事にその人物になりすますという危険な賭けのことに---。

それにしてもなぜ彼女はそんなことをしたのか。新海美冬になりすますことのメリットは何だろう。新海夫妻の財産か。そんなものは何もなかったはずだ。では保険金か。

雅也にとっての疑問はもう一つあった。仮に別人の名前を騙っているのだとして、彼女はなぜそのことを自分に教えてくれないのか。この四年あまり、二人で様々な苦難を乗り越えてきた。そのためには手段を選ばなかった。二人はどちらも裏の顔を持っていた。本当の顔を見せるのは二人きりの時だけだった。暗い夜の中でこそ、お互いが本性をさらけだせたはずだ。

しかし彼女のほうは俺にも本当の顔を見せていなかったことになる。俺が彼女と過ごした夜は、全部幻だったのか---。

[東野, 2007: 593f.; ch. 9, 5]

電話をかけてきたのはコシノという女性だった。やはり情報提供者だった。

その女性はまず、新海美冬の就職先について訂正した。

「メールではいい加減なことを書きましたけど、WDC でした。ワールド・デザイン・コーポレーションの略だそうです。赤坂に本社があるそうです」

[東野, 2007: 698f.; ch. 11, 5]

「今思い出したんですけど、彼女の論文がちょっと変わっていて面白かったんです」

「論文? 卒業論文ですか」

「ええ。彼女は題材に、マーガレット・ミッチェルのが『風と共に去りぬ』を選んでいたんです」
[...]
「主人公の女性の名前がスカーレット・オハラというんですけど、新海さんはそのヒロインに心酔してて、論文も徹底的に彼女の生き様を賞賛するものだったらしいです。助手の人が、あれはちょっとやりすぎだな、なんてことをおっしゃってました」

[東野, 2007: 701; ch. 11, 5]

「では、ほかに何かその女性について覚えていることはありませんか」

「その女性って……」

「新海さんが信頼していたという女性です。どんなことでも結構です」

「そういわれても、その話をしたのは、彼女が引っ越す前に挨拶にみえた時だけだし」主婦は少々困った様子で、自分の頬に手を当てた。「女性と二人だけで海外に行くってことだったから、十分に気をつけなさいねといったんです。そうしたら、大丈夫、一緒に行く人がとても頼りになる人だから、自分は全然心配していないって楽しそうにいってました」

「ほかには何か」

「聞いたかもしれないけど、何しろ昔のことだから」主婦は首を振った後、付け足すようにいった。「スカーレットみたいな人だっていってたのは覚えてますけどね」

「スカーレット?」

「ええ。スカーレット・オハラ。変なたとえをするんだなと思ったので、印象に残っているんです」

スカーレット・オハラ --- 『風と共に去りぬ』のヒロインの名だ。

[東野, 2007: 712.f; ch. 11, 5]

曽我は美冬の旧住所を当たり、隣人から一枚の賀状をもらったらしい。そこには、一時的に身を寄せている知人の住所と電話番号が記されていたという。

その番号にかけてみると、転送される気配があり、そのまま繋がった。電話口に出た相手に、曽我は自分の身元と新海美冬を探している旨を伝えた。

そして、その日のうちに相手と会った。帰宅した曽我は、恭子にこういったという。

「驚いたよ。会ってみると、初対面じゃなかったんだ。以前美冬さんが勤めていた店の社長さんだったよ。しかも、えらく若返ってるし、顔立ちも変わってる。名前を聞かなきゃ気づかなかったかもしれないな」

[...]

この話を聞いた時、加藤は全身が総毛立った。曽我が殺された本当の動機を掴んだと思ったからだ。

偽物の新海美冬にとって、昔の写真を持ってくる曽我はたしかに邪魔な存在だっただろう。しかし子供の頃と顔が変わっていても何とでもごまかせる。問題なのは、曽我が、偽物を以前から知っているということだった。それこそが美冬にとって最大の問題だったのだ。

[東野, 2007: 749f.; ch. 12, 4]

スカーレット・オハラのような女性 ---。

本物の新海美冬が尊敬していたという女性を表現した言葉だ。『ホワイトナイト』というブティックを経営していたという。

その女と新海美冬とは、二人で外国に出かけた。そして帰ってくると、二人で美冬の両親が住むアパートを訪れた。その時点では、おそらく「女」に具体的な計略はない。

ところが天変地異が起きた。阪神淡路大地震だ。すべてを破壊し尽くしたあの大災害は、「女」に一世一代の勝負を賭ける決断を迫った。

「女」は過去を完全に消したかったのだろう、と雅也は考えている。どんな過去なのかは想像もつかない。犯罪歴かもしれないし、莫大な借金があるのかもしれない。しかしそれは大した問題ではない。

なぜなら、人間なら誰もが消したい過去を持っているからだ。また、全くの別人になって、それまでとは全然違う人生を歩みたい、というのも万人が密かに抱いている夢ではないだろうか。しかも彼女の場合、若返り、という特典もついていた。「女」は本物の新海美冬より、たぶん六、七歳は上だろう。

[東野, 2007: 756f.; ch. 12, 5]

「大学卒業後、いろいろな道を模索しました。自分がどう生きていくべきか、よくわからなかったからです。そんな時、一人の女性と出会いました。私はその人こそ自分の理想だと思ったんです。私はその人のそばで働き、常にその人と行動を共にしました。その人がすべてを投げ捨てて外国で暮らそうとした時も、私は頼み込んで同行させてもらいました」

「その女性とはどこの誰ですか」

「それはあなたには関係ないでしょ」美冬はさらりといい、深呼吸して続けた。「私はその人になりたいと思ったんです。何もかもその人の真似をしました。やがては姿形、つまり顔さえもその人のようにしたいと思うようになりました」

[東野, 2007: 767; ch. 12, 6]

他にも情景や人物の描写によって、『白夜行』の登場人物との関連を示唆する箇所があるのかもしれないが、ひとまずこれだけを材料にしたい。そして、この節の冒頭で紹介した「雪穂と偽美冬の同一人物説」の根拠とされる諸点について、一つずつ点検してみよう。

スカーレット・オハラへの傾倒

これはどう考えても「雪穂と偽美冬の同一人物説」の根拠にはならない。なぜなら、『風と共に去りぬ』やスカーレット・オハラを持ち出しているのは震災で死んだ美冬であって、偽美冬ではないからだ。作品の全体を通じて文章を拾い上げたからこそ簡単に分かる話にすぎないが、偽美冬は『風と共に去りぬ』やスカーレット・オハラについて口にしたことは一度もない。また、加藤刑事と相対する最後の場面でも [東野, 2007: 767; ch. 12, 6]、偽美冬は理想とする女性を語りながら『風と共に去りぬ』に関わる語句を全く口にしていない。もし、偽美冬が新海美冬について詳しく知っており、彼女がスカーレット・オハラに傾倒していて卒論にまで取り上げたことを知っていたら、新海美冬の人柄をアピールするために必ず口にしたはずだと思う。つまり、新海美冬は偽美冬と同居したり同行していたときも、「スカーレットのような人」だと本人に語ったことがなかったのではないかとも推測できる。なにせ、[東野, 2007: 712.f; ch. 11, 5] で語られているように、「変なたとえ」だと思われてしまうかもしれないからだ。したがって、『風と共に去りぬ』を読んでいたことがある篠塚雪穂と偽美冬とが同一人物であると考えるための根拠にはならないと思う。そもそも、状況証拠の一つとして持ち出すにしても、非常に有名であって多くの子供や大人が読んでいた作品を、単に読んでいたとか、あるいは登場人物に心酔していたということくらいで同一人物だと考える方がおかしい。

表舞台の自分を陰で支える男という構図を作り出す

これもまた、ただの偶然の一致というものだし、ノアール小説に登場する「悪女」の類であれば典型的なパターンだ。そして、東野圭吾氏はそういう推理小説のパターンみたいなものに疑問をもっていた時期があると言われているのだから、同じ構図を使うにしても、同一人物のまま描くというのは作品の構想として短絡的すぎる。こんなことだけで登場人物が同じ女性だと考えるのは、僕に言わせれば理解不能な幼稚さだ。

雪穂が素性を隠すために整形して美冬に成りすますという仮説

整形して別人に成りすますなんてことも、推理小説などでは鉄板のパターンと言ってもいいだろう。もちろん、整形した可能性を疑われたら、少なくとも国内の医院で施術した限り、証拠を消すことはできない。したがって、海外へ行っていたという設定があることを理由に、海外で整形したという推論も可能なのだろう。実際、曽我が偽美冬と会ったときに「えらく若返ってるし、顔立ちも変わってる」[東野, 2007: 749f.; ch. 12, 4] と発言しているから、既に偽美冬は整形をしていたことになる。作品から具体的に時系列で拾い上げてみよう。

  1.  
  1. 1992年
  2. 12月24日、『R&Y』大阪一号店オープン。同日に、桐原亮司が自殺。
  1. 1993年
  2. 曽我孝道、大阪本社から東京支社へ異動。
    何かのきっかけで新海から家族写真を受け取る。
    『ホワイトナイト』へ出向いて、後の「新海美冬」と会う。
  1. 1994年
  2. 『ホワイトナイト』は閉店し、新海美冬は後の「新海美冬」とロンドンへ旅立つ。
  1. 1995年
  2. 1月、阪神淡路大震災の発生。
    新海美冬は死亡し(身元不明者)、「新海美冬」がすり替わる。
  1. 1996年
  2. 1月、曽我が西宮へ出向く。アサヒハイツのオーナーから渋谷区幡ヶ谷のマンションの住所と電話番号を知り、マンションで中野に話を聞く。
    三日後に中野から1994年の年賀状を受け取り、新海美冬の連絡先だった三田のマンションにいた「新海美冬」と再会する。(恭子に話す)
    4月15日、曽我が雅也に殺害される。
  1.  

しかし、作品中に曽我が雅也に殺されるまでのあいだ、美冬が一度でも整形した事実を表すような描写はない。ということは、メイン・ストーリーが始まった後は重要な事実が描写されるはずであると仮定すると、震災後に描写がないのだから、「新海美冬」は1994年に海外で整形手術を受けたと考えるのが自然であろう(「すべてを投げ捨てて外国で暮らそうとした」という表現も、「新海美冬」自身のことなのかどうかはともかく、参考になる [東野, 2007: 767; ch. 12, 6])。それについて、「新海美冬」の整形する前と後の顔を覚えていたのは新海美冬と曽我だけだが、新海美冬は亡くなっているため、整形の事実を知っているのは曽我だけということになる(雅也ですら知らなかった)。

ここまでの描写で、1992年の12月末に『白夜行』の物語が締めくくられた際の篠塚雪穂と、「新海美冬」とを繋げることはできるだろうか。恐らく、好きなように想像すれば誰でも結び付けられる余地はあるのだろう。

一例だが、こういう推定はできる。精神的な支えを失った雪穂は、外見も才能も綻びが生じてきて、更に笹垣たちからも執拗な関心を向けられ続ける(恐らく『R&Y』大阪一号店は長くかからずに閉店したことだろう。なにせ、オープンの日に店内で自殺者が出たのだから、そんな店へ高級装飾品を求めて誰が行くだろうか)。この状況をリセットするために、『ホワイトナイト』の開店資金を貯め込んでいた雪穂は、家族に隠れて『ホワイトナイト』を開店し、調達と称して海外へ渡航するついでに整形手術を受け、ついに篠塚家とも縁を切って消息を絶つ。そして元部下の女性(新海美冬)と西宮を訪れたときに震災に巻き込まれ、その元部下と入れ替わるチャンスを発見する……というわけだ。

『幻夜』の終盤にある加藤刑事との会話で、「新海美冬」は何度も整形手術をしてきたと発言する。まったく、この「整形手術」というキーワードは外見を変えてしまう便利な記号のように扱われている。もちろん、実際に二重瞼の手術を受けるだけで印象が変わってしまうのだから、現実でも外見を「変わった」とか「違う」と思わせるのに十分な効果がある。そして、『白夜行』の雪穂も『幻夜』の美冬も、高度で高額な整形手術を受けられる資金があるため、こうした効果を好きなときに発揮できるのだ。

しかし、それゆえに別の解釈も可能にしてしまう。先に述べたのは、あくまでも篠塚雪穂と「新海美冬」とを同一人物として描くためのストーリーだが、これはもちろん「雪穂と偽美冬の同一人物説」を否定するための想像にも使える。たとえば、最も簡単なストーリーだと、実は「新海美冬」は新海美冬自身であったという想像も可能だ。つまり、震災の混乱に乗じて自分自身に成りすました人物を、その人物を敬愛していた新海美冬本人が「偽美冬」であるかのように演じていると考えることも可能だろう。実は、『幻夜』では雅也や加藤らが何度か「彼女は、どうして『新海美冬』として生きようとしたのか(入れ替わろうとしたのか)」と自問して、結局は答えを出せないという描写が何度か出てくる。もちろん、『幻夜』は雅也の内面は描いているが、「新海美冬」の内面は『白夜行』の雪穂や亮司と同じく描いていないので、登場人物はもちろん読者にすら「新海美冬」の内面は分からない。そして、整形手術という人物の入れ替えが簡単に行える(と思われている)推理小説のイージーなツールについて、東野圭吾氏が何らかの疑問を抱いていたとすれば、逆に整形手術は「他人」に成りすますための手段だという、多くの読者の思い込みを逆手に取ることも可能だろう。したがって、僕の結論としては、少なくとも整形手術を理由にして「新海美冬」が篠塚雪穂であると結論づけることには強い根拠がないと思う。『幻夜』は、そういう余地を敢えて何も描写せずに想像させるように構成されている可能性があり、他の解釈も十分に可能だろうと思う。もちろんだが、雪穂とは別の人物が新海美冬とすり替わったという想像にも同じくらいの説得力を持たせられるだろう。

僕がここまでの議論のように違和感や疑問をもっている理由は、第一に、東野圭吾氏が従来の決まりきった「推理小説」のフォーマットや設定に疑問をもっていたと言われていること、第二に、『白夜行』や『幻夜』のテーマの一つが、人の「思い込み」(誰かのミスリードによるものであろうとなかろうと)がどのような結果を招くかということではないかと思ったこと、そして第三に、それらの仮定から東野圭吾氏は登場人物の「思い込み」だけではなく読者の「思い込み」を誘導するような仕掛けを組み込んでいる可能性があると考えたこと、以上の三つである。少なくとも、自分のやった結果がどうなろうと構わないという刹那的で破滅的な行動を重ねる人格破綻者でもない限り、登場人物の思考や行動、そして状況設定や事の推移は、たいていの部分では自然法則は言うまでもなく社会制度や効率や人の心理などから言っても不自然あるいは不整合と言えるような推移にはならない。したがって、自然法則や社会制度に反していない限りは、色々な仮説を立てることができるし、色々な事の推移を想像できるだろう。作品に描かれている「事実」や設定や心理描写が少ない場合には、そうした諸条件に矛盾しないというだけでストーリーや状況を補完して辻褄を合わせようとすると、どうしても読み手にとって納得しやすい仮説を立てたり選んだりしてしまいやすいものだ。「本当は、こうであったらいいな」というわけである。しかし、本稿では作品で描かれる行動や状況の描写に矛盾しないとしても、不必要な仮説を置いて「話を膨らませる」ようなことは控えたい。そして、そのうえで僕なりに、『白夜行』と『幻夜』が、「続編のように見えるけれど、実は関係のない物語である」と考える(あるいは、少なくとも東野圭吾氏がそのようなミスリードを狙ったのが『幻夜』という単独の作品である)ための理由を示したいというのが、もともと本稿を書いて公表しようと思った動機だ。

『白夜行』と『幻夜』の関係を議論するときのメイン・テーマは、もちろん篠塚雪穂と「新海美冬」との関係である。そのためには、敢えて多くの仮説を置いた上で両者を結び付けてみて、逆に不自然な仮説だとか、物理的、制度的には可能であっても、他の条件がうまく揃わないと実現しないことだとか、あるいは制度や習慣として不可能ではなくとも経済的に莫大な費用が掛かりすぎて難しいといったことも排除していけば、どのような仮説の範囲で推理することだけが妥当であるかという(一つの答えではないとしても)選択肢に狭めることはできるだろう。そこで、二人の関係を色々な仮説のもとで結び付けてみよう。なお、これ以降は「偽美冬」という表現を使うと混乱するので、新海美冬になりすましていると推理されている女性(なりすまされたと推理されている新海美冬が慕っていた女性)を「スカーレット」と表記する。ただし、ここでは最初にありうる可能性を列挙するので、実は「新海美冬」になりすましているのが、この「スカーレットのような女性」であるとも限らない可能性だってある。それゆえ、全く別の第三者が震災の混乱時に「新海美冬」を名乗り始めた(死亡した本人が所持していた手帳などから名前を知った)可能性も考慮する。

仮説A 篠原雪穂
仮説B スカーレット
仮説C 新海美冬
仮説D 女性X
仮説E 新海美冬とスカーレット
仮説F 新海美冬と女性X
仮説G 新海美冬と篠原雪穂
仮説H 篠原雪穂とスカーレット
仮説I 篠原雪穂と女性X
仮説J スカーレットと女性X

これらの選択肢に違和感を持つ方は多いと思うが、「整形手術で外見を好きなように変えられる」という便利な仮定と、「新海美冬」として行動する人物の動機が全く描かれていない(終盤で加藤刑事と会話する秋村美冬ですら、本心や事実を口にしているとは限らない)という仮定を置けば、実はこれだけの選択肢が可能であるということを示している。特に多くの方が「ありえない」と考える選択肢は、身元不明者の一人として死亡したとされている新海美冬が実は本人になりすましているという想定だ。これは、既に上で議論したように、「なりすましは他人がやるものだ」という、推理小説の読者どころか多くの作家や評論家ですら思い込んでいることを逆手に取った設定として東野圭吾氏が採用している可能性がある。それから、更にもう一つの仮定として、「新海美冬」として行動しているのは一人なのかという疑問を立てることによって、「整形した」と称する機会に複数の人物が入れ替わっている可能性も考えられる(さらには、本当に整形している場合と、単に外見の異なる複数人が入れ替わっているだけという場合がありえる)。そして、整形手術というイージーな仕組みを推理小説へ導入することへの皮肉なり戒めとして、東野圭吾氏が巧みに「整形」というツールを活用している可能性を考えてもいいのではないか。

新海美冬自身が「リセットした」という仮説は後から再び取り上げるとして、まず、仮説E~仮説Jは否定されるであろう。あまりにも都合のよい(そしてストーリーの描写から言っても必要ですらない)仮定を立てすぎているからだ。整形すれば誰にでもなれるかのような仮定を置いてしまうと、それこそ「ヒトになりすましたウルトラの母とビジンダーが入れ替わりながら『新海美冬』になりすましている」という仮説すら立てられてしまうだろう。そして仮説Cとして挙げた、新海美冬本人が誰かによるなりすましを演じているという回りくどい設定も、『幻夜』という作品の描き出しているストーリーの中で説得力のある性格や人物として描くための仮定としては、必要以上に複雑すぎると思う。もちろん、新海美冬本人が、震災の混乱に乗じて自分になりすました他人を演じることで、これまでの自分とは全く行動原理が異なる(スカーレットのような?)人物として行動したいという野心を起こしたと解釈できるのは確かだが、それだけの理由や動機で他人を巻き込んだり殺人まで実行させるサイコパスに自ら変貌するというのは、現実的ではないと思う。

ということで、やはり順当に仮説A, B, D(雪穂説、スカーレット説、そして全くの他人である女性X説)が残るであろう。そして、既に議論したように、僕は雪穂説を支持していないので仮説Aも選択肢から外れる。残るは仮説BとDだが、これはスカーレットが新海美冬になりすましたと考えてよいだろう。スカーレットであろうと全くの別人であろうと、作品において震災の後に描かれる行動の内容は同じだと思うから、敢えて全くの別人がなりすましていると無理に考える必要はないからだ。また、数年に渡って新海美冬と寝食を共にして、新海美冬について色々な事実を知っているであろうスカーレットがなりすましていると考えるのが自然だからである。そして決定的なのは、海外へ一緒に旅立って帰国したスカーレットの元へ、新海美冬に家族写真を渡すために曽我が連絡を取ったことだ(ここで、新海美冬になりすます前の自分に曽我が会っていたことを思い出せないまま再会したのだから、これはスカーレットの失策であり、雅也はその尻ぬぐいとして曽我を殺すように仕向けられたことになる)。そして、この元『ホワイトナイト』の経営者がスカーレットであり、「新海美冬」として行動しているのだ。ということで、今のところ僕の解釈としては(雪穂との同一人物説という余計な解釈を除けば)、しごくまっとうな結論に落ち着くと思っている。

最後に、仮説C(本人による「リセット説)を取り上げよう。他人によるなりすましを否定する人に対して大野雅子氏が示した反論を列挙すると、(1) 「新海美冬」が曽我と会うのを避けたこと、(2) 曽我恭子が新海美冬の家族写真と現在の「新海美冬」について印象が一致しないと感じていること、そして (3) 京都の新三条小学校の卒業写真に写っている新海美冬が現在の「新海美冬」とは別人であるように見えることだ(これは、加藤刑事と雅也が写真を見ている)[大野, 2021: 115f.]。すると、これは本人によるなりすまし、つまりリセット説までをも否定する根拠になるだろうか。

僕は、ならないと思う。「リセット説」を採ると、本人なのだから曽我に会うだけなら問題はない。整形したことなんて、単純に整形したと言えば済むだけの話であろう。ところが、新海美冬はスカーレットに心酔していて、整形したことだけなら問題はないとしても、それが昔の自分自身と違うことなどが問題だったのではなく、「スカーレットに似ている」ことが問題だったのだ。そして、実は「新海美冬」が曽我恭子に親切にしたのは、もちろん単純に曽我恭子に恩を売るためだけであって、恭子が新海美冬の家族写真を観た経験があるという事実は、「新海美冬」は知らない可能性があるだろう。しかし、それでもストーリーに問題はないのである。仮に恭子も写真の新海美冬と「新海美冬」が違うという印象を持っていたとしても、それこそ整形したと言えば済む話である。スカーレットに会っていた曽我に比べたら、大した脅威でもないはずだ。それから、雅也や加藤刑事が京都で新海美冬の写真を見たという点についても、まず最初に言っておきたいのは、雅也に対してはともかくとして、加藤刑事に会っていた「新海美冬」は常に化粧をしており、化粧してもいない小学生の頃の写真と違うからといって何かを疑われる筋合いなどないであろう(同じことは加藤刑事と直に対面した最後の場面でも主張している)。そして、雅也に疑われたことは何かのミスだったのか、あるいは加藤刑事と心中することまで期待していたのかは分からないが、これは「新海美冬」が誰だったのかに関係なく、もちろん『幻夜』のストーリーとして現に展開していることだ。

なので、僕自身はスカーレット説を支持しているけれど、リセット説にも一定の説得力がありうると思う。

野心、上昇志向、美意識、冷酷さ、セックスを手段と考える性格描写の一致

これも、「雪穂と偽美冬の同一人物説」の傍証として頻繁に指摘されることなのだが、もちろんスカーレット・オハラについて議論した内容と同じく、こんな性格設定が一致するていどのことで、登場人物が同一だとかストーリーが連続しているなどと考える方がどうかしていると思う。あるいは、既に上のソースでも取り上げているが、「ハーモニー」の洋菓子が好きであるとか、「ホワイトナイト」を訳すと「白夜」であるとか、光を失って暗闇の中で青みがかった「雪(穂)」を表しているのが “blue snow” だとか、そんなあまりにも分かりやすい描写を挙げて議論するのは、もういい加減に中学校の授業を最後にやめてもらいたいという気がする(つまり、いまどきの高校生にすら笑われるような読み方ということだ)。

[未完]

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評論 (2) 西本雪穂と桐原亮司は「共生関係」だったのか

既に短く示唆したように、もしも「雪穂=偽美冬説」が正しいのであれば、『白夜行』はまったくのノアール小説でありうる。解説を書いた馳 星周氏は二人の同調を示唆しているが、雪穂と偽美冬が同一人物であるなら、雪穂が最初から亮司を自分の野心や復讐の道具と見做していたという、更に悪辣な人間像を想定できる可能性もあろう。もとより「テッポウエビとハゼ」の喩えは、あくまでも作中で笹垣が語っているモデルにすぎず、これが作品の人物設定であり「正解」であるなどと東野圭吾氏が述べたわけでもないからだ。テレビ版や映画版も観ているからこそ言えるのかもしれないが、僕は『白夜行』を雪穂と亮司の純愛作品にしたがっている人々の、メディア側の思惑は理解できる。しかし、これもまたあまりにも分かりやす過ぎるという印象が拭えない。

僕が思うに、雪穂と亮司がこれだけ近隣で同じ公園や図書館などへ行き来して暮らしている中であれば、桐原洋介と桐原亮司が父子として良好な関係を築いていた(かのように見える)様子を見知っていた可能性があると思う(実際には、696ページにあるとおり、亮司は父親を嫌っていた可能性がある。これも、本作の仕掛けの一つである雪穂の「思い込み」なのかもしれない)。そして、そのうえで自分を虐げている桐原洋介の「もの」になろうとする危機的な状況が迫るにあたって、誰かを使って桐原洋介を斥けようと考えてもおかしくはない。その手段として、最も桐原洋介に気安く近づけて、実際に凶器を持っていることを知っている者を、怒りに任せて犯行へ仕向けることは可能だろう。そのために桐原亮司を怒らせるきっかけとしての、淡い恋愛感情であるとか友好関係を築かせることだって、悲しいことではあるが既に当時の雪穂には可能であったと考えてもよい。ちなみに、僕は「雪穂=偽美冬説」には疑問を持っている。しかし、その仮説を否定して、『白夜行』と『幻夜』が異なる人物たちの物語であると考えても、そこから雪穂と亮司が「テッポウエビとハゼ」であったかどうかという問いに何か一つの結論が出せるわけではない。これは、あくまでも『白夜行』という作品を単独で解釈しても議論できる論点だからだ。

そこで、まず基本に戻って整理しなおそう。雪穂と亮司の関係については、おおよそ次のような関係にあったと解釈できる選択肢がある。

仮説A 雪穂と亮司は常に共生関係だった
仮説B 雪穂は途中から亮司を利用していった(亮司はその自覚がない)
仮説C 雪穂は途中から亮司を利用していった(亮司はその自覚がある)
仮説D もともと雪穂は亮司を利用していた(亮司はその自覚がない)
仮説E もともと雪穂は亮司を利用していた(亮司はその自覚がある)

それから、念のため笹垣が共生関係について語る場面を引用しておく。

「テッポウエビはね、穴を掘ってその中で生活するらしいです。ところがその穴に居候しとるやつがおる。魚のハゼです。そのかわりにハゼはふだん穴の入り口で見張りをしとって、外敵が近づいたら尾ひれを動かして中のテッポウエビに知らせるそうです。見事なコンビネーションや。相利共生というらしいですな。」

「ちょっと待ってください」今枝は小さく左手を出した。「唐沢雪穂さんには、そんなふうに共生している男がいるとおっしゃるんですか」

[東野, 2002: 614; ch. 11, 3]

「現在どこにいるかは全く不明です。しかし、確実にこの男が現れるところがある」

「どこですか」

「それは」笹垣は唇を舐めて続けた。「唐沢雪穂の周辺です。ハゼはエビのそばにおると相場が決まってます」

老刑事のいった意味が、一成はすぐには理解できなかった。

[東野, 2002: 686f.; ch. 12, 4]

なお、本稿では「共生関係」を「相利共生(mutualism)」の意味だけに限定しておく。単に共生関係というだけなら、片利共生もあれば、競争という関係すら共生の部類になるからだ。実際、1980年代までの生物学では、共生関係は殆ど相利共生の意味に使われていて、競争や寄生などと比較されるような概念だったのだが、現代の生物学では競争や寄生も含めた生物種どうしの相互関係や影響関係といった上位の概念になっている。ともあれ、少なくとも物語が展開している年代において笹垣が思い描いていたのは、雪穂と亮司の双方がお互いの利益になるような行動を取っているという意味での相利共生なのであろう。もちろん、本稿では色々なところで指摘しているが、それは笹垣が想像している雪穂と亮司の関係なのであって、作品の推理役に相当する人物の発言だからといって「正解」だとは限らない。寧ろ、東野圭吾氏は推理小説のそういうお約束に違和感を持っていたと思える。

次に、これは議論するにあたって「正解」のように扱うべきかどうか定かではないが、東野圭吾氏自身が『白夜行』について語っている文言を引用しておこう。

これは、子供の頃にこういうことがありましたと書いた後に、ポンッと大人になった “現在” を描いているわけではないということに、自分としては意味があります。彼らはあるひとつの出来事によって、すべてが狂ったというよりは、少しずつそういう方向に行くんだということなんですよ。それが “白夜” の道なんだ、というふうに自分では思いますね。

これに関して “トラウマ” のような言葉は僕は一切使っていません。だから、そういうふうに決め付けられるのは、本当は極めて心外なんですよ。これはこれで、一つの信念にもとづいた生き方だ、という書き方をしているつもりです。

[東野40, 2025: 122f.]

「少しずつそういう方向に行く」という表現から、やはり出発点には強い憤りや悲しみといった子供なりの感情があったのは確かだと思うが、それだけで周りの人間を篭絡したり出し抜けるわけではなく、必要なことをやるうちに手段が目的化してとらわれてしまうということもあったのだろう。そうして、雪穂と亮司の関係が変化していった可能性はあるし、更に言えば「雪穂と偽美冬の同一人物説」を支持する人にとっても、篠塚雪穂が更に変わったと考えることだって可能だろう(つまり人格としての同一性による同一人物説ではなく、寧ろ変化し続けることによって同一人物であることを論証するという、かなり困難ではあるが選択する余地のある見解)。

それから次に書いておきたいのは、『白夜行』の読書感想文みたいな「ネタばれ」を売り物にしている幼稚なブログ記事に多い特徴として、やたらと「交わらない二人」といったフレーズを使う人がいて、雪穂と亮司が決して会わずに、いやそれどころか没交渉に、結果としてお互いのためになるような行動を続けているというオカルトを語っていたりする。これは、いったい誰が言い始めたホラ話なのか。原作小説での描写を追ってゆくと、そもそも二人が顔を合わせているかどうかを決定すること自体が難しい表現になっている。確かに、花岡夕子がホテルで急死したときに、亮司と雪穂は AB 型の精液を夕子の死体に挿入したり、夕子に扮したと思われる雪穂がホテルの従業員を錯覚させたように描かれており、その場で二人が何をすべきか話し合って一緒に行動したことが想像できる。だが、『白夜行』では雪穂と亮司が直に会話するシーンは敢えて全く書かれていないので、考えようによっては両者がお互いに行動を指示するメモだけを残してバラバラに行動したとも考えられる。しかし、確たる論証はできない。すると、作品を丁寧に吟味せず、粗筋だけを表面的かつ機械的にまとめようとするブログやサイトが、作中で直に対面し会話する場面が描かれないという描写を、「交わらない」という大袈裟で情緒的なキャッチ・コピーへと短絡的に置き換えてしまったことが発端なのであろう。ひょっとすると、昔のいわゆるテキスト・サイトだとかネット掲示板、あるいは紙媒体での愚かな批評や要約が元凶かもしれない。あるいは、かなり雑に善意の解釈をすれば、二人が単に「結婚できない」とか「家庭生活を営めない」というニュアンスで、おおっぴら、あるいは公に連れ立って陽の当たるところに出られないと言っているのだろうか。

[未完]

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評論 (3) 笹垣たちは何を見落としたのか

『白夜行』の第一章を読めば分かるように、後から考えれば、笹垣たちは色々な場面で雪穂が受けた被害や亮司の犯行に関わる事実を見落としたり、何らかの思い込みでスルーしていたりする。それらの見込み違いを避けていられたなら、彼らを早い段階で捕まえて、助けられたのかどうかはともかく、さらなる犯行を起こさせずに済んだ可能性があるのかもしれない。本稿が『白夜行』の第1章だけに特別な注意を払っているのは、それが理由だ。また実際に、『白夜行』という作品全体の構成が、最終章までの経緯を読むことで第1章の事情が分かるように組み立てられているからこそ、筋書きのスケールを感じるのだろう。ということで、ここでは東野圭吾氏が作品に描いたヒントと言うべき個所はもちろん、東野圭吾氏が作品に描かなかったことについても、それを調べたり尋ねたり想像していれば別の展開があったのではないかと考えてみたいのである。ただし、当然のことだが、我々は少なくとも一回は読了した者として『白夜行』のストーリーを知っており、何が分かっていれば雪穂や亮司を(どういう意味かで)助けられたのかを都合よく組み立てられてしまうので、そのような後知恵を基準にして、たいていの人は気づかないようなことを持ち出して議論するのは慎みたい。そんなことは現実に起きている事件や事故についても同様に、経緯さえ知っていれば誰でも言えるからだ。

「そうすると、ええと」笹垣は少し迷ってから訊いた。「あっちのほうはどうでした」

「あっちのほう?」弥生子が眉を寄せた。

「つまりその、女性関係ですけど」

ああ、と彼女は頷いた。特に神経を刺激されたようには見えなかった。

「外に女がおったとは思えません。あの人は、そういうことのできる人やなかったんです」断定的にいった。

「ご主人を信用してはるわけですな」

「信用というか……」弥生子は語尾を濁し、そのまま俯いた。

[東野, 2002: 35; ch. 1, 3]

八八年から八九年にかけて埼玉と東京の幼女四人が殺害された、いわゆる「連続幼女誘拐殺人事件」の裁判が行われていることは、弥生子もニュースなどで知っている。精神鑑定の結果を巡って弁護側が反論しているらしいが、幼い女の子を狙ったということについては、彼女はさほど異常性は感じなかった。そういう歪んだ本能を持つ男が決して少なくないということを彼女は知っていた。

「あの話、もうちょっと早よ聞いてたらな」笹垣が呟いた。

「あの話?」

「おたくの旦那の趣味の話や」

「ああ……」弥生子は笑おうとした。しかし奇妙な具合に頬がひきつった。

その話題を出したくて、宮崎勤のことを口にしたのだなと合点がいった。

「あんな話、何かの足しになるんですか」と彼女は訊いた。

「足しになるどころやない。事件直後に聞いてたら、捜査の内容は一八〇度変わっとった」

「へえ、そうなんですか」弥生子は煙を吐く。「そういわれても……」

「まあ、あの時はしゃべれんわな」

「そうです」

「そら、そうやなあ」笹垣は広くなった額に手を当てた。「おかげで十九年や」

[東野, 2002: 836f.; ch. 13, 13]

[未完]

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評論 (4) 桐原洋介を殺害したのは誰だったのか

僕が『白夜行』を読了してもなかなかクリアに理解できなかったのは、実はこの最初の事件だった。笹垣による推論は、もちろん作中に何度か語られている。しかし、それを東野圭吾氏が作者として客観的に描写する部分は『白夜行』の中には全くないのだ。誰もが本文から推定して、笹垣の推理にもしたがって、そう想像しているだけにすぎない。でも、その根拠は本文に書かれてはいないのだ。それどころか、その「標準的」と言ってもいいような推理を疑わせる箇所がある。

「何のために嘘をつくんです? 雪穂としては、自殺でも事故でも大して事情は変わらんのと違いますか。過去一年以内に文代が生命保険にでも入ってたのなら、保険金が欲しかったということになるかもしれませんけど、そんな話はなかった。第一、当時はまだ小学生の雪穂がそこまでは考えへんでしょう」そこまでしゃべってから古賀は、はっと気づいたような顔をした。「まさか、文代を殺したのも雪穂や、とかいうんやないでしょうね」

[東野, 2002: 741; ch. 13, 2]

ここで注意したいのは、笹垣は雪穂が文代を自分の手で何かの作為で殺害したという推論だけ否定しているということだ。しかし、古賀による「文代を殺したのも雪穂や」という発言について、笹垣は否定していないのである(もちろん、これが桐原洋介「も」という意味だとは限らない。たとえば、寺崎忠夫「も」という意味にもとれる)。実際、この後の古賀と笹垣の会話を読んでいっても、笹垣はこの時点ではもう一人の人物にも関心を払ってはいるが、桐原洋介を殺害したのは雪穂だと考えているらしき表現がある。ここで第13章の第5節を更に読むと、19年前に寺崎忠夫が事故で死亡してから一か月後(つまり1973年12月)に、笹垣は桐原洋介の死体を発見した少年の供述調書を読み返して不審な箇所を見つけた [東野, 2002: 773; ch. 13, 5]。その時は調べるのを止めてしまったが、笹垣は再び一年後に成長した少年から話を聞いて、扉の内側から物品を積み上げた後にダクトを通って脱出できたのは男の子にしか無理だと結論して、雪穂にダクトで逃げるのは不可能だと考えたのである。しかし、ダクトから逃げるのは不可能であっても、だからといって「扉から逃げたから雪穂が犯人ではない」という推論はできないはずだ。

さて、[東野, 2002: 64; ch. 1, 5] で書かれているように、江崎玲於奈氏のノベール賞が決まったのは1973年10月23日だった。そして、[東野, 2002: 73; ch. 1, 7] の冒頭で「進展のないまま月が変わった」と書かれている11月に寺崎忠夫が事故死しているので、桐原洋介の死体を発見した小学生に改めて話を聞いたのは1974年ということになる(ちなみに、西本文代が死亡した後である)。その時点では、雪穂ではなく別の男児が犯行現場にいた(雪穂と共犯なのかどうかまでは不明)と推定できたにもかかわらず、19年後の古賀との会話ですら、まだ雪穂の犯行であるかのように示唆できる発言を相手にさせて否定していないのは、どうしてなのか。その5年前に、桐原弥生子との会話で桐原洋介の幼女趣味を聞かされて、廃ビルにいた洋介と雪穂の様子を見て亮司が洋介を殺したと結論づけたのではなかったのか。

これらの描写や推理から、「桐原亮司が父親を自分のハサミで殺害した」という結論が出てくるだろうか。実際、笹垣は篠塚一成との会話で、次のように述べている。

「簡単なことです」笹垣はいった。「女の子にはダクトを通るのは無理。つまりダクトを通って現場から脱出したのは男の子、ということです」

「男の子……」その言葉の意味を吟味するように少し黙ってから篠塚一成は訊いた。「桐原亮司がじつの父親を殺したと?」

「そう」笹垣は頷いた。「そういうことになります」

[東野, 2002: 781; ch. 13, 5]

しかし、これはおかしい。この推論には桐原洋介が「どのようにして殺されたのか」という描写が欠落しているからだ。このような推論は、桐原亮司が所持していたか持ち込んだ凶器で桐原洋介が殺害されたという明確な根拠がない限りは断言できないことだからだ。ここまでの描写だけだと、虐待されることに嫌気が差した西本雪穂が何らかの凶器で桐原洋介を殺害し、それを隠すために雪穂を扉から逃がした亮司が、雪穂を逃がした後で扉の奥から物資を置いてダクトで逃げたと考えても辻褄が合うからである。確かに、ストーリーから言えば、最終盤で自殺した桐原亮司から押収したハサミを桐原洋介殺害事件の凶器として特定できるかどうか鑑定すれば良いかもしれないが、別の凶器で雪穂が桐原洋介を殺害したという可能性を笹垣が排除している理由が、いまいち分からないのである。僕は、作品では示唆されていないように思うが、桐原洋介が100万円を持参してくる日付を予め知っていた雪穂が、たとえば前日など亮司と図書館で会った日に「あたしも切り絵の練習がしたい」と頼んで、亮司のハサミを借りて所持していた可能性だってありうるだろう。そして、亮司のハサミで桐原洋介を殺害した状況を亮司が目撃してしまい……という想像も可能なはずだ(これが、亮司を犯人として陥れるための策略であったと解釈すれば、「雪穂=偽美冬説」つまり雪穂は亮司だろうと雅也だろうと関係なく「男」に復讐し続けていたという仮説を支持することになってしまうかもしれないが)。

それから、笹垣は寺崎忠夫も「雪穂の客」だった可能性を終盤に推理しているが [東野, 2002: 847; ch. 13, 14]、雪穂は母親の文代と寺崎忠夫を死に追いやる単独犯行が可能だったし、その動機も(寺崎が「客」であったという解釈をしなくても)雪穂にはあったと思う。1973年に入って、母の文代は寺崎と付き合い始めた。映像版では、桐原洋介の他にもいた雪穂の「相手」として描かれているが、原作での寺崎については、幼女趣味の人間を想像させる描写は一切ないと思う。

寺崎と少し言葉を交わした後、文代は店に入った。寺崎は車に向かって歩きだした。どちらも、さほど人目を気にしているようには見えない。

[東野, 2002: 66; ch. 1, 6]

たとえば、これが娘をサービスの道具として提供する算段の話をしている情景の描写と言えるだろうか。それとも、敢えて他人からは「付き合っている」かのように見えるよう印象操作している情景の描写なのか。

「[...] 本当のことをいうてください。西本さんとは特別な関係にあるんでしょう?」

[東野, 2002: 68; ch. 1, 6]

これは寺崎の車の中で笹垣らが寺崎に質問している場面だ。前後の記述から、質問しているのは助手席に座っている笹垣なのだが、この質問は寺崎が「西本文代と特別な関係にある」という前提で質問しており、もし寺崎が西本文代というよりも西本雪穂と特別な関係にあるなら、これは明らかに質問の仕方が失敗している。仮に寺崎が雪穂を目当てに西本文代の家を訪ねたり『菊や』で食事するついでに文代と雪穂について会話しているのだとすれば、この質問に「イエス」と答えれば自分の性癖や行いを誤魔化せると寺崎が考えるのは自然だろう。実際、この質問のあと、寺崎は返答するまで「しばらく黙り続けていた」と書かれている。

ここで寺崎が暫く黙っていたのは、なぜだろうか。そもそも、警察は西本文代が桐原洋介の殺害に関係していると疑っているわけなので、もし本当に西本文代が洋介を殺害するか殺害に関係していれば、西本文代の自宅に出入りしている自分も疑われるのは当然だ。ここで、単に商品を配達していただけではない、何か特別な関係があったと警察に疑われて質問されているのは明らかである。さて、寺崎が雪穂を目当てに吉田ハイツを訪れていたとすると、警察は自分が雪穂ではなく文代が目的だったという前提で質問しているようなので、このまま西本文代と付き合っていたという体裁で「イエス」と答えた方がいいのだろうか。ここで、本当に寺崎も雪穂の客であったとすると、文代が事件に関係していたら、雪穂を商売の道具にしていたことも含めて全て喋るだろうから、どのみち自分が文代ではなく雪穂に対してやったこともバレると推測するはずだ。文代と付き合っていたと答えたところで、嘘がバレるのは時間の問題である。しかし、文代が事件に関係していなかったら、雪穂を商売の道具にしていたことは事件と関係がないかもしれないので、刑事が言うように文代と特別な関係にあったと誤魔化した方がよいと考えるだろう。もちろんだが、最初から寺崎が文代と付き合っていただけであれば、ここで寺崎が暫く考えていた理由は、単に文代と付き合っていたことを話すべきかどうかを思案していただけということになる。

「桐原さんに何か下心があるというふうには思いませんでしたか」

「そんなこと考えても意味ないでしょう。第一、文代さんが相手にするわけがない」

[東野, 2002: 69; ch. 1, 6]

古典的な手法だとは思うが、ここで初めて寺崎は西本文代を「文代さん」と呼んでいる。これが、付き合っている相手を下の名前で親しげに呼ぶという演技なのか、それとも実際に付き合っていた相手として自然に呼んだのかは、もちろんどちらともとれる。ということで、ここまでの笹垣たちとの質疑応答では、寺崎が本当に西本文代と付き合っていたのか、それとも雪穂の客であることを誤魔化して返事していたのかは、どちらとも決め難い。

すると、次に問題となるのは、もちろん1973年10月12日の寺崎のアリバイとなるだろう。作品の中で描写されているように、寺崎は不審な行動をしていた。12日の18時頃に、寺崎は客へ荷物を届けようと豊中へ行っていた。桐原洋介の死亡推定時刻は、厳密には18時から19時と推定されているため、もし寺崎の行動が本当なら、少なくとも洋介を彼自身の手で殺害することは不可能である。だが、寺崎自身が語るように、実際には先方は留守であり、名刺を置いてきただけだという。12日に伺いますと電話で伝えたつもりが、うまく伝わっていなかったのだろうという。そして、寺崎が商品を届けようとした豊中の家に捜査員が行って話を聞くと、23時に帰宅したときに名刺が入っていたのは事実だが、その相手は電話で寺崎に12日は都合が悪いと言ったように思うと証言している。すると、寺崎が名刺を置いたのは事実だが、豊中へ行った時刻までは分からないので、18時前後のアリバイはないということになる。だが、笹垣にとってはこの時点で思いもよらないことだったが、僕らはここで寺崎と雪穂との関係について考えているのだから、その脈絡で考えるとすると、やはり12日の寺崎の行動に不審な点があるように描写されているとは言え、12日の時点において、もちろん犯人ではない寺崎は桐原洋介が殺害されたことを知らないのだから、それに関連してアリバイ工作などやる必要はないのである。また、仮に雪穂に対してやましいことをやっていたとしても、同じく12日という特定の日に西本文代らと会っていないことを立証するための何らかのアリバイ工作をする必要などなかっただろう。

われわれは既に『白夜行』を一度でも読んでいるから、寺崎が犯人ではないという前提でこれらの描写を眺めているが、笹垣たち警察の目線で言えば、寺崎の行動には不審な点がある。だが、事件の後も寺崎は西本文代と頻繁に会っており、これはこれで不可解でもある(という印象を笹垣たちはもっている)。ここまでの描写だけで言えるかどうかは確証がないにしても、僕はやはり寺崎が雪穂の客の一人であったとは考えにくいと思う。当たり前だが、文代も寺崎も自分たちが桐原洋介の殺害事件について疑われていることを知ったので、自分たちの行動が疑われており、そしてそういう状況にある警察が何をするかは、既に普及していた小説やテレビの刑事ドラマなどで知っていたであろう。それは、尾行や監視である。もし寺崎が以前と変わらずに雪穂の客として吉田ハイツに来るなり(寺崎が雪穂の相手をしているあいだ、文代は外出するのだから、警察は家に残った寺崎と雪穂が何をしているのか関心をもつはずだ)、あるいは寺崎が別の場所へ自分の車で雪穂を連れていくような行動をとったり、別の場所へ行かなくても吉田ハイツの近くに停めてある自分の車の中で雪穂に何かしていれば、ほぼ確実に警察からは何か別のことを疑われるであろう。となると、疑われていながらも引き続き西本文代と寺崎忠夫が会っていたのは、やはり疑われるようなやましいことを(西本文代が雪穂に何をさせていたのかはともかく、少なくとも西本文代と寺崎のあいだでは)しているわけではないという自覚があったからではないのか。

したがって、文代と寺崎は単純に連れ子として家計の負担となるであろう雪穂が邪魔だったと考えた方が自然だと思う。そこに、桐原洋介が雪穂を養子にしたいと多額の金を積んで話を持ってきたのであるから、文代にとっては好都合である。そして、もちろん雪穂にとっては何かしなくてはいけない重大な危機だ。また、文代との縁が切れても、既に雪穂は唐沢礼子の家に通っていて面識がある。そこで、桐原洋介を殺害し、その犯人とすべく寺崎忠夫のライトバンにライターを忍ばせてから、何らかの方法で風邪薬を飲ませて事故を起こさせて殺害し、最後にこれだけの罪を負わせる元凶と言ってもいい母親を殺害するというわけである。もちろん、これらは全て確実な手段によるものではない。風邪薬を飲ませたくらいで運転を誤るとは限らないし、母親がうまく死んでくれる保証もない。桐原洋介を真正面から殺害するなんて、子供の腕力で可能かどうかは分からなかっただろう。それでも、雪穂はそうするしかなかったのだと、せめて大人としては想像してやるべきではないのだろうか。

次に、桐原洋介が殺害された状況と、洋介および亮司の親子について書かれている個所を拾い上げよう。

死体の年齢は四十代半ばから五十歳過ぎに見えた。身長は百七十センチ足らずということろ。身体つきは、その身長にしては少し太めという感じだった。茶色の上着を着ているが、ネクタイは締めていない。衣類はいずれも高級品に見えた。ただし、胸に直径十センチほどの赤黒い血痕があった。ほかにもいくつか傷があるようだが、いずれも夥しいというほどの出血は見られなかった。

[東野, 2002: 10; ch. 1, 1]

「即死ですか」中塚が訊いた。

「一分以内で死んだんじゃないかな。冠状動脈からの出血が心臓を圧迫して、心タンポナーデを起こしたと思うからね」

[東野, 2002: 11; ch. 1, 1]

心臓の左心室から全身の臓器へと送られていく血液は、まず心臓の上部から始まる「大動脈」という太い血管に出てゆく。この大動脈は、大動脈弓と呼ばれるように下へ向かって曲がっており、左心室から出たばかりで上を向いている大動脈の部分を「上行大動脈」と呼ぶ。この部分が傷ついたり破裂してしまうと、心臓の拍動による周囲の臓器との摩擦を軽減している「心外膜」と内側の心臓とのあいだに大量の液体が入ってしまい、心臓の動きが圧迫される。これが「心タンポナーデ」であり、即座に処置しないと心不全へ至る。

「これや」といって笹垣が指したのは、被害者が締めているベルトだった。「見てみい、ベルトを締める穴が、ふだんより二つもずれてるやろ」

「あっ、ほんまですね」

桐原洋介が締めていたのは、バレンチノの茶色のベルトだった。いつも使っているのが端から五番目の穴だということは、ベルト表面についたバックルの跡と、その穴だけが細長く広がっていることから明らかだった。ところが現在死体が使っていたのは、端から三番目の穴だったのである。

[東野, 2002: 13; ch. 1, 2]

[...] 笹垣も、さっと視線を巡らせた。「わかるのは、顔見知りやということぐらいですわ」

着衣や頭髪の状態に乱れがないこと、格闘の痕跡がないこと、正面から刺されていることなどが、その根拠だった。

[東野, 2002: 14; ch. 1, 2]

「知っている人だったの?」

「少しだけ」と彼は答えた。「金に汚い男だった。だからみんなに嫌われていた。俺も嫌いだった。殺されていい気味だと、たぶん誰もが思っただろう。警察は、この町に住んでいる人間全員を疑っていた」

[東野, 2002: 698; ch. 12, 5]

息子が父親を殺すということがあるだろうか。無論、犯罪の長い歴史の中には、そうした事件も数多く存在はする。だがそれほどの異常事態が起きるからには、それなりの背景、動機、そして条件が揃わねばならないはずだった。桐原父子の間に、その中のどれか一つでも存在しているかと問われれば、何ひとつないと笹垣としては答えざるをえなかった。彼が調べたかぎりでは、父と子の間に軋轢のようなものは見当たらなかったのである。それどころか、桐原洋介は一人息子を溺愛していたし、亮司は父親を慕っていたという証言が殆どだった。

[東野, 2002: 784f.; ch. 13, 6]

桐原洋介が殺された状況を正確に理解するためには、まず [東野, 2002: 14; ch. 1, 2] で描写されている様子を正確に理解することが大切だ。なぜなら、原作小説では誰に刺されたかは描かれていないが、テレビ版では亮司に正面から刺されていて、映画版では亮司に後ろから刺されているので、これら三つのパターンを混乱していると原作について正確な議論ができないからである。もちろん、何度も繰り返すように、僕は原作派などという立場で映像版を無視することが正しいなどと考えて、こういう区別が必要だと言っているわけではない。

では、以上の情報だけで桐原洋介を殺害したのが桐原亮司であると決められるだろうか(もちろん、ここでは映像版のシーンを忘れてもらいたい)。まず押さえておかないといけないのは、色々な場面で亮司が持っているドイツ製のハサミが凶器であるかのように示唆する描写はあるが、もちろん実際の殺害シーンは原作小説では全く描写されていないので、ドイツ製のハサミが凶器であるとは限らないということだ。他でも書いたように、笹垣らは最終章で死亡した桐原亮司の死体から押収したドイツ製のハサミを調べようとするかもしれないが、桐原洋介が殺害された1970年代、それからハサミを鑑定する1990年代の法医学や鑑識の技術水準を想定すると、実は押収されたドイツ製のハサミが桐原洋介を殺害した凶器であるかどうかを科学的に特定することは極めて困難である。

  1. 銃弾の線条痕(施条痕)とは異なり、刺し傷や切り傷の創口から具体的な道具を特定することは、現代の法医学技術でも原則として不可能である。
  2. 亮司が長年愛用し、日常的に手入れや切り絵などに使っていたハサミの表面あるいは可動部の隙間に、19年前の桐原洋介の血液・生体組織が検出可能な状態で残っている可能性は現実的に極めて低い。また、1992年当時の初期型 DNA 型鑑定技術では、微量の古い痕跡から確実に個人の識別を行うことは困難である。
  3. ただし、解剖所見や計測データ、写真記録などは、1970年代当時でも非常に詳細かつ精密に記録されていた。

したがって、物証としては有力な証拠にはならない。また、所持者が死亡しているために供述を採ることも不可能となっていて、仮に時効が成立する前に亮司を逮捕していたとしても事実関係を立証することは難しい。そもそも少年法が適用されるということ以外にも、警察が積極的に動き難い事情があろうから、この事件については幕引き、せいぜい書類送検で終わりとなる可能性が高い(もちろんだが、仮に亮司が死亡しておらず、警察で事情聴取されていたとしても、真実がどうであれ彼はドイツ製のハサミで父親を刺したと供述するはずだ)。しかし、他の場所でも書いたように、仮に亮司が所持していたドイツ製のハサミが凶器であったとして(もちろん東野圭吾氏がどう設定していたかは別の話だが)、それを亮司が手にしていて使ったとまでは決められない。あらかじめ雪穂が亮司から借りていた可能性だってあるのだ。その場合でも、たまたま持っていたハサミで刺してしまったのか、あるいは最初から亮司が疑われるように借りたのかは分からない(「雪穂と偽美冬の同一人物説」を採り、そして『白夜行』と『幻夜』が実は単純な「悪女」あるいは幼い頃に人格破綻した女性のノアール小説であるという仮定を置くなら、後者の推測まで可能だろう)。そして、恐らく作品の描写からはどれが正しいとも決定できないように慎重に書かれていると僕は思うので、何か一つの「正解」や「真実」が最初から構想され設定されているとしても、それは読者には分からないし、分からないまま色々な想像をめぐらすことも一つの効用であろうというのが本稿での暫定的な結論である。僕は本稿で何か一つの結論を求めているわけではなく、『幻夜』が『白夜行』の続編であるとか、雪穂が偽美冬と同一人物であるという、可能ではあっても一つの可能性にすぎない読み方が正解や常識であるかのような趨勢に疑問や違和感を表明しておきたいだけなのだ。

[未完]

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評論 (5) 「テンプレ」あるいは「~の記号」という指摘について

『白夜行』の読了から暫く時間が経過して、更に『幻夜』を読んだからなのか、少し『白夜行』についての感想は変わってきている。もちろん親の子に対する虐待だとか、幼児(だけの問題ではないが)に対する性的犯罪などは憎むべきことであるし、罪を犯した者には償わせるべきであるのに加えて、そういう人物が罪を犯すまでに至らないよう制度や文化や人間関係などによる牽制だとかサポートが必要なのだろう。実際、『白夜行』を読了した後で『全訂 Q&A 児童虐待防止ハンドブック』(ぎょうせい, 2018)を買ってしまうほどだった。これは、読後感の一部として変わらないし、現在でも強迫観念のようなものとして陰鬱な気分になることもある。だが、飽くまでも小説なり作品として捉えると、やはり僕の体験や知識に照らして色々と違和感が生じてきたのも事実だ。もちろんだが、おうおうにして自分の抱えている動揺を、「客観的なスタンス」としてあつらえた批評によって、過小評価したり低減させたり打ち消そうとする心理が働いている可能性は否定しない。実際、最初に述べたように幼児虐待のハンドブックまで買ってしまうくらいの衝撃を受けた(僕の後に『白夜行』を読んだ連れ合いも「胸糞案件」などと言っていた)のは事実である。そういう意味では、まったく優れた作品だと言える。

しかし、である。これは『幻夜』も読んでいるから感じることだと思うのだが、やはりルッキズムの効果が安易に思える。これは、女優やアイドルのような外見だけでは、女性どころか人としての魅力を感じるのに全く不十分だという見識をもっている僕のようなイケメンには、特に重要なポイントだ。高校生の頃から、外出先の天王寺や難波でファッション・モデルと間違えられるような外見だからこそ、人は外見ではないということを知っているし、しかし人は外見で判断してしまいがちだということも知っているのだ。それでも、誰かれなく外見だけで、あるいは股を開くだけで篭絡できるなんてことはない。おまけに、僕は小学校の頃から同級生に医者の息子や娘が多かったので、たいていの芸能人やアイドルが整形しているとか、整形すればあんな顔は幾らでも造れるのだと親から現実の技術論として教えられている(だから、彼らも人の外見に殆ど頓着しない)人たちが周りに多くいた。彼らは、いわゆる美女とか美少女なんてものは、なりたければ誰でもなれることを知っていたのだ。確かに、それを実現して維持するためには多くの金が必要だし、無制約に好みの顔を造れるわけでもないとは思うが、昨今の韓国コスメなどの影響で軽微な整形を施している若者には、それなりに分かる話でもあろうと思う(たとえば、二重瞼にするだけでも印象は変わる)。逆に言えば、医療や美容や風俗の業界にいる者であれば、整形した顔の判別くらいできるし、また整形していようといまいとルッキズムとしての美形なり妖艶さなりには、決して少なくない人々には耐性とか慣れというものがある。医者や看護師が、内蔵の飛び出ている負傷者、衣類が破けてチンチンが出ている男性、あるいは端的に言って死体を見ても一般人ほど驚いたり対処に躊躇しないのと同じく、美容業界にいる者の多くは有名で人気のある女優やアイドルがどれほど見てくれとして良かろうと、それだけで応対に窮することなどないはずだし、風俗の業界にいるなら、目の前に裸の女性がどれだけいてセックスしていようと大して興奮などしないはずである。つまり、立ち居振る舞いや頭の良さなども加味されているとはいえ、結局は美しさとか妖艶さというもので相手を篭絡するというテンプレは、改めて作品を動かすためのツールなりテクニックとして冷静に眺めると、かなり幼稚な感じがする。

次に、雪穂や美冬らの強烈な上昇志向だとか野心も理解はできるが、彼らの素性は調べれば分かることである。そして、起業して十年やそこらで会社を上場させたような成金であればともかく、作品に登場するような(いわゆる「良家」や「旧華族」とまでは言えないとしても)上流階級の人間が、どれほどの美女や才媛であろうと、一度でも犯罪や事故に関係したことがある一般家庭の女性を妻として迎えること自体がファンタジーの域を出ていないと言わざるをえない。もちろん、これらの作品を、登場人物という生身の人間のストーリーというよりも、寧ろ欲望や怒りや野心や復讐という精神性を擬人化した寓話として捉えることで、現実離れした展開や設定であっても構わないという正当化はできると思うし、恋愛、結婚、家庭、セックス、友情、といった要素が、登場人物の行動を促したり結びつける素材として読者の解釈へ委ねられているので、読むたびに読後感が変わりうるという面白さもあるのだろう。しかしそれでも、作品に「妖艶」という言葉が出てくるたびに、何か白々しさというか deus ex machina に近いテンプレ臭を感じてしまうのだ。

しかしながら、「女にしてやられるスケベ野郎」とか「男の哀愁漂う言動にイカレる寂しい女」といった、漫画的というかテレビ・ドラマ的というか、とにかくテンプレとしか言いようがない人物設定に思える言動は、もちろん作品を一読ないし通読したからこそ分かる後知恵にすぎないとも言いうる。読んでいる途中は、さすがにあるていどまでストーリーが進むと、直木賞の評者でなくともテンプレっぽい言動に思えてくるのは確かだろう。よって、人物描写、すなわち人格設定が安易だとかテンプレだとか浅薄だという評価が読み進めながらにして先入観となってしまうのは道理というものだ。実際、僕もこうして何週間にもわたって『白夜行』を読み返したり色々な論点を考えていると、ここでわざわざ独立した評論として取り上げるほどのことなのかと思わなくもない。

もちろん、そういう感想や印象を得なかったからといって、恐らくは99刷を数える大ベスト・セラーの消費者として通読したであろう大半の読者が読み手として未熟であると言いたいわけではない。逆に、こういう評論を加えたり通読を繰り返すにしたがって、僕自身が初めて通読したときに受けた heartbreaking な印象が逓減してゆき、子供の権利条約について調べたりするような居所の悪い強迫観念のようなものが無くなっていくわけで、これはこれで悪い意味での「評論家的」な態度へと回収されてしまうことへの軽い疑問もある。幾つかの点で、僕も『白夜行』という作品には不十分な点や未熟と思える点はあると思っているが、だからといって文学作品の読者というだけではなく、何らかのストーリーに触れた一人の人として、何かを反省したり何かへ新しくコミットするような影響がないというのも(もちろん、広告代理店的・官僚的な意図での世論操作という場合もあるが)、なんだか残念だったり情けないという気分があるのも確かだ。

僕は哲学者としても言っていることだが、学問や文芸の成果を受ける者が、その影響を自らの言動なり生活に当てはめたり応用しないのであれば、それは「ゼロ演算」にすぎず、刹那的享楽としては主観的な意味だとか社会経済的な効用がいくらかあろうと、しょせんそんな情緒や利得の積み上げだけで人や社会が「良く」なるものではないと信ずる(意外かもしれないが、これが僕の奉じている「人類史スケールの保守主義」の基本的な考え方の一つだ)。したがって、作品の記号的に単純な意味合いだとか、そこから推測できるテンプレと言いうる設定を指摘するのは好きにすればいいわけだが、それを指摘して終わりというのでは、やはり社会はもとより自分自身にとっても価値のない、オタク的なゼロ演算に終わってしまう。それはもはや、「満足」というものを厳格に理解するなら、「自己満足」とすら言えないような浪費なのだ。

すると、『白夜行』で描かれる西口奈美江や栗原典子のような「男にイカレる寂しい女」だとか、あるいは中道正晴や高宮 誠や篠塚康晴のような「女にイカレる未熟な男」といったテンプレ人格を設定されたように思える登場人物について、ただ単にテンプレだとか何々の記号だとか、あるいはフェミニズム的な(これまたテンプレの)批評を加える以外に何を語りうるだろうか。

[未完]

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評論 (6) 環境決定論について

僕は、自分が専門としている哲学に限らず、文藝あるいは言語に関わる成果や営みについても、大いに数理科学の手法を応用し適用してよいと考えている(そうでもない限り、誰が「科学的哲学」としての科学哲学に何十年もコミットするというのか)。しかし、このような手法は微分方程式を覚えたばかりの高校生みたいな感覚で、無条件あるいは無差別に適用できるなどと妄想するものではない。それこそが、なんでもかんでも「科学的」と言えば理屈になると思っているマルクス主義者みたいに「非科学的」な態度だからだ(彼らにとって「科学的」とは、実は自然科学と殆ど関係のない「唯物論的」というイデオロギーなのだろうが)。同じく、何かといえば未熟な読み手や批評家が口にする、事実上の「環境決定論」(という言葉をあからさまに使うわけではなく、実質的にこれを言っているのと同じという意味合いで)もまた、安易に、常に持ち出してよい発想ではあるまい。確かに、著者が自らの経験や体験や知識で作品の舞台や設定を構想することはあろうし、それについて是非を言う必要もない。しかし、ひとたび作品の舞台や設定として「どういう役割や意味を担うか」が決まってしまえば、後は特定の国や地域や土地や場所や位置に拘泥する必要があるとは限らないものだ。

当サイトの「落書き」でも述べた議論だが、このところ映画やテレビ・アニメや小説などのロケ地や舞台と想定されている地域や施設を「聖地」と称して、個人宅やテナント・ビルなどを勝手に撮影する無礼者(あるいは具体的に不法侵入までする馬鹿もいる)や、往来の人々を気軽に撮影して(これも肖像権やプライバシーの侵害に当たる場合がある)ソーシャル・メディアに「シェア」する連中がいて、自分たちでは「熱烈なファン」であるとか「なんとかオタク」を自称すれば、他の国で言う「愛国無罪」というスローガンと同じく何をやっても許されると思い込んでいるらしい。そして、このような人々が増えてくると、中には現地の地方自治体も巻き込んで観光の一種としてサービスを展開しようとする「地方活性化コンサルタント」のような輩が多くの街や田舎に現れては、10年後にどうなっていようとお構いなしに焼き畑農業かイナゴのように税金を食い散らかしていくわけである。なお、僕はそもそも「観光」を事業継続性のない水商売であると考えていて、観光産業はつまるところキャバクラやゲームセンターなどという風俗産業の一種であると考えているので、地方自治体ましてや国が率先して助成したり奨励するようなことではないと思うのだが、このような産業経済学の議論は機会があれば別に展開しよう。

ともかく、『白夜行』という文芸作品が大阪市生野区で生まれ育った人物によって書かれたというだけのことで、これを大阪市生野区という「聖地」があってこそ成立したと考えるような環境決定論は、文芸評論として未熟である。そして更に、これをもって特定の地域や場所を人文地理的な脈絡で固定したり概括するようなことは、僕に言わせれば部落差別と同じ精神性だと思う。はっきり言えば、僕は「聖地」などと喜んでいる連中について、どれほど素朴で無邪気であろうと、まさしく彼らのそういう無頓着に腹を立てている。彼らにしてみれば、「聖地」は作品に描かれているように、そういう状況や情景として自分が受けた印象のまま永続してほしいのであろう。でも、それは「大阪市生野区は作品で描かれたように粗野な貧民街のままでいてもらいたい」と言っているのと同じだ。そして、日本の都市社会学者やリベラル系の社会思想研究者が書いたりやっていることも、実質的には(つまり一般読者に対する、社会言語学あるいは社会心理学的な影響として)これと大同小異であると僕は思う。彼らの通俗本やエッセイの出版などが、偏見や先入観や差別を固定したり増幅したり広めているのだ。あるいは、僕が昔から批判している『Meets Regional』などの雑誌がたびたび話題とする「ディープな大阪」や「街場」といったフレーズでの、低所得者層が多い地区や風俗街や同和地区などを観光地のように見立てる愚劣な態度も、これと同じ精神性を共有していると言ってよい。はっきり言って、一部の通俗的な文章を書いている都市社会学者や、こうした雑誌に関わっている連中には恥を知れと言いたい。

なお、ここでの僕の議論を、「寝た子を起こすな」式の、差別を過小評価する人々の議論と同じであると考える人もいるだろう。しかし、僕は差別を過小評価しようとしているのではない。僕は、好井裕明氏が論じているように、差別というものは明文化された制度のように体系的な制度として機能したり成立するだけではなく、誰にでも生じる感情や反応の一つでもありうると思う。なので、差別される側が時として別の誰かを差別することもあろうし、差別している側がいつでも特定の人々を差別しているわけではない。したがって、特定の人物だとか特定の地域だとか特定の人々が「差別される側」というべき特性や身分を本質的にあてがわれているという発想そのものが差別の固定であり、それが(少なくとも制度的な)差別を解消・解決しようと取り組んでいる人々の思考であろうとも批判されてしかるべきだと言いたい。これは、ものごとを過小評価したり、差別の悪影響を個々の人間関係や状況に矮小化する議論ではなく、まさに個々の人間関係や状況という “grounded” とでも言える単位からの積み重ねが、歴史というスケールでも地域というスケールでも解決が難しい偏見や差別の原因あるいは温床なのだという議論である。つまり、僕らのような立場(それが「保守思想」を名乗っていることに違和感をもつ人は多いと思うが)から言えば、「寝た子を起こすな式の議論はいけない!」などと左翼のテンプレみたいな文句を言っている雑な思考の人々が「被差別の側に立つ正統派」を自称して他の議論を排除してきたからこそ、差別は解消しないのだとすら言える。そういう人々こそ、そんなことを言っていても差別はなくならないことを分かっていて言い続けているからだ。まるで半世紀前の社会党である。

もちろん、これは僕の父が生野区出身で、いまも祖父の代からの実家に住んでいるという事情があって、僕自身が小学校へ入るまでは生野区で育ってきたり、高校時代は近くの母校(大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎)へ通うために父の実家に住んでいたという体験も考慮して述べている(ちなみに [東野, 1998: 184] に僕の母校が出てくる。たぶん僕も、「阪南高校」と言われても分からないし、それどころか僕は小学校時代から校区や学区の単位で決められている学校へ通ったことがないので、いわゆる全国区で模試の成績や東大合格者数ランキングなどで登場する進学校の名前しか知らない)。決して裕福とまでは思っていないが、かといって明日の食事にも困るような貧困は経験していない。しかし、生野区で暮らしていた頃は周囲に小さな個人経営の工場がいくつもあり、路上には錆びついた機材だとかシールの原料となるロール状のビニール・シートだとか犬のエサなどが散乱していたり、地元に友達はいなかったけれど、十分に舗装されているとは言い難い路上を裸足で走り回っている子供も多くいた。父親からも、同級生に何かやらかして逮捕された奴がいるといった話を聞いたことがあるし、いまも父親が住んでいる実家は、秋吉雄一(亮司)と栗原典子が大阪を訪れるシーンに出てくる「棟割り住宅」(壁だけで仕切られている長屋)だ [東野, 2002: 700; ch. 12, 5]。二階建ての 4LDK ていどといった間取りに、大阪府建設局に勤めていた祖父が生きていた頃は、父の兄弟姉妹、それから居候をしていた人物(後に中堅ゼネコンである銭高組の取締役となった人物で「アキちゃん」と呼ばれていたらしい)とを合わせると、当時としては珍しくもないだろうが、合計で七人が暮らしていたことになる。その後、高校時代に僕がここで住むようになったのだが、その頃(1980年代)は実家に祖母しか住んでおらず、周辺の家も子供が独立してしまい、高齢者だけが集まったような地域になっていた。令和の現在はリフォームするなどして戻ってきた家族が(介護のためもあろう)暮らし始めていて子供も増えてきているようだが、もちろん裕福な暮らしの世帯が増えたというわけでもない。そして、残された高齢者も亡くなると、特に昔ながらの棟割り住宅の多くは取り壊されて分譲住宅になっていたり、あるいはワンルーム・マンションとなっていて、日本人の若者だけでなく、民泊として利用している大きな荷物を抱えた外国人もいるにはいるが、軽装で明らかに定住して生活しているらしきアジア系の人々も増えた。『白夜行』で描かれる情景とは微妙に異なるかもしれないが、これもまた「大阪市生野区」の一つの記憶であり実態であったと言える。

こういうわけで、『白夜行』に限らず、他にも生野区で生まれ育った(特に在日コリアンの)作家が生野区を舞台にした小説やエッセイを数多く出しているのはご存じであろう。その土地に暮らしていた人間しか経験できないことや知らないことを活用して、色々と書くことはできる。それは確かだ。でも、『白夜行』のような作品について、過剰に生野区の小路や東大阪市の足代といった特定の場所に拘泥して何かが分かるというものではないと思う。気の毒なことだが、児童虐待はどこの国や地域でも起きているし、未成年者、特に初潮を迎えていない時期の女児に対する性的虐待なども、恐らく大昔から世界中のどこかで起きているはずだ。正直、こういう作品を読んで「聖地巡礼」なんてやる暇があったら、そういう被害に遭った子供たちに大人としてどういう言葉が届くのか、あるいは未然に防ぐために周りの大人や子供に、間接的であろうと何ができるのかを1時間くらい考えてみたらどうだと言いたい(本稿を書いているもう一つの理由が、実はこれだ)。そして、少なくとも作品の読解については、こうした幼稚で愚劣な「聖地」などというコンセプト、そしてそれを助長している環境決定論のような、文芸評論における妄想を粉砕するために、幾つかの議論を残しておこう。

『白夜行』の舞台 『白夜行』第1章の舞台 (国土地理院, 1974-1978年に撮影された航空写真を河本が加工。ただし、後でこの想像地図は訂正される)

『白夜行』の第1章の舞台となっている主要な場所を、描写されている語句から想像して割り当ててみた(実は、後の評論や注釈などで書いているように、この想像地図は「質きりはら」の位置については間違いだと思う)。詳しくは「『白夜行』注釈」で確認していただければよいが、場所を比定するにあたって決めたことを説明したい。それは、注釈でも述べたように、徒歩などでの所要時間、方角、他の場所との位置関係など、作品の舞台にあって(少なくとも字義的には)矛盾なく役割を果たしている限り、特定の建物や場所を比定する必要はないということだ。上の地図をご覧いただければ分かるように、近鉄布施駅など一部を除いては全て僕が推定した場所付近に名称を記入しているだけであり、特定の場所に矢印を向けるようなことはしていない。「大江小学校」が現実の大阪市立小路小学校をモデルにしていることは東野圭吾ファンのあいだでは常識の部類だそうだが、しかしだからといって小路小学校に関する事実がなんでもかんでも『白夜行』の「大江小学校」に当てはまると想定して作品を解釈することが正統であると言う人はいないはずだ。

たとえば、ありがちなのは、作品の中でたびたび雪穂が目の吊り上がった美人として描かれていることや、元の苗字が帰化した人にも多くいる「西本」であることや、小路小学校に「民族学級」(在日韓国朝鮮人の児童を受け入れる特別学級)があることをもって、雪穂を「在日」(この場合はネトウヨ的なニュアンスがある)であると解釈するようなことだ。こういう解釈は、もちろん論理的には可能だろう。しかし、こういう解釈を「寛容」あるいは「自由」の名において放置したり許容するどころか、執拗に拡大解釈していくことに意味があるとは思えないのである。東野圭吾氏が雪穂の行動原理や動機を、民族的な何らかの意味での「復讐」として構想したと解釈して、それがいったい何なのか。そんな仮定を置こうと置くまいと、この作品は成立する。そして、そのような仮定を欠いたままでは何かが理解として不十分である(つまり「深い理解」ではないとか「真の理解」に至っていない)などと言いうる強い根拠など全くないであろう。僕はこういうのも、芸術・文芸作品についての環境決定論の一例であると思う。

ちなみに、「河本」も在日朝鮮・韓国人が帰化するときに多い苗字だと言われている。とりあえず当家は山口県の周防大島(屋代島)で、過去帳から五代くらいは遡れる系統の家なのだが、100年以上の系図を遡れるからといって日本人だとは限らないし、そもそも先祖が日本人でなければなんなのかという気もする。寧ろ、先祖が日本人じゃなくて中国人やナミビア人やガミラス人の方が面白いのに。

実際、作品の中で個々の場所や建物の場所や方角あるいは徒歩などでの所要時間を考慮しながら、矛盾しないように全ての条件を組み合わせると、上の地図にプロットしたような位置関係が当てはまる地域は、日本どころか海外にもたくさんある。ChatGPT, Claude, Gemini に、『白夜行』での「真澄公園」や「近鉄布施駅」や「近鉄今里駅」や「地下鉄新深江駅」などの位置関係を条件として与えると、地図情報を検索して似通った地域を候補として示してくれる。たとえば、韓国ではソウルの西大門区(Sinchon 駅周辺)、台湾では高雄市の新興区(信義国小駅周辺)、東京では JR 巣鴨駅と大塚駅のあいだ(巣鴨駅の北西に、地下鉄ではないが都電荒川線の巣鴨新田駅がある)、大阪でも JR 大正と弁天町のあいだ(大正駅の北西に阪神なんば線のドーム前駅がある)といったように、位置関係だけで考えたら作品の舞台はいくらでもありうる。単に徒歩での所要時間など、推理小説として破綻なく人の行動を描写するには、自分自身で歩いたり自転車で行ったことがある場所や土地の方が分かりやすいというだけの話である。

ただし、作品で場所や建物について描写されている個所のうち、一つだけ僕が除外した条件がある。それは、注釈でも書いたように、「質きりはら」が「真澄公園」(正確にはその隣にある桐原洋介の殺害現場だった廃ビル)から 1 km の距離にあるというものだ。実際に「真澄公園」のモデルとして比定できる足代公園から半径 1 km の円を描いてみれば分かるとおり、もし近鉄布施駅と足代公園など、他の場所の位置関係が同じままだとすれば、足代公園から 1 km の場所というのは近鉄今里駅よりも西になってしまう。すると、第12章で大阪を訪れた秋吉雄一(亮司)と典子が「真澄公園」から地下鉄の駅まで歩く途中に、公園から数分ほど歩いただけの場所で「質きりはら」を見かけるという描写が成り立たなくなってしまう。「真澄公園」から歩いて数分という記述と、「真澄公園」から 1 km という記述のどちらを採るべきと問われるなら、僕は間違いなく前者を採る。理由は注釈で書いたとおり、この 1 km というのは伝聞にすぎないからだ。

[未完]

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評論 (7) 「思い込み」をめぐる考察

既に多くの箇所で指摘しているように、少なくとも『白夜行』という作品について考えるときの大きな要素と言えるのは、思い込みだと思う。そして、この作品が色々な解釈を可能としている理由も、二つの思い込み、つまり登場人物による思い込みと、読者による思い込みを誘うように描かれている(あるいは敢えて描かれていない)からだというのが僕の解釈だ。参考までに、次の引用を見よう。

この作品 [『殺人の門』のこと] のアイディアは、『白夜行』のアイディアを煮詰めているときに並行して、別案として思いついたものです。これも子供の頃から大人までをずっと書いています。ただ、『白夜行』は主人公の内面を一切書かないのに対して、これは主人公の内面だけを書くようにしました。だから全然視点に客観性がないんですよ。彼を取り巻く環境、起こってくる出来事は主人公の目を通してしか見えない。そこには主人公の思い込みもあるかもしれないのですが、そのなかで彼が何を思うかが、この小説の肝になっています。

[東野40, 2025: 142]

主人公の、思い込みも含めた内面の描写が作品の肝になっているという発言に着目すると、「別案」として並行して書かれていたという『白夜行』においては、主人公たちの振る舞いを客観的な立場から眺めている人物として描かれている笹垣らにも思い込みがあって、それらも含めて作品を形作っていると解釈しうる。

このような論証を補強するのが、『白夜行』についてしばしば指摘される「視点」についての議論だ。端的に言えば、この手法によって、登場人物(そして、登場人物を通して筋を追っている読者)が、物事を一面からしか眺めていないということを表現しているように思うし、その効果を理解できなければ読者もまた同じく思い込みに陥るわけである。大野雅子氏が [大野, 2021] で述べているように、『白夜行』は視点が章や節ごとに入れ替わっていて、しかも雪穂の視点で描写されることは一度もないので、最後まで雪穂の内面を知る手掛かりはない。したがって、本作品が発表された当初は多くの人々から登場人物に人間性が感じられないとか主人公らの邪悪さが理解できないなどと酷評されたのであった(『白夜行』と『幻夜』がどちらも直木賞の候補に終わっている主な理由だ)。しかし、仮に雪穂の内面が当人の視点で描写されていたら、『白夜行』は寧ろイージーな恋愛ドラマの、演劇であれ映画であれ脚本みたいなものになってしまっていたと思う。

実際、僕はテレビ・ドラマ版(第一話と最終話だけ)も映画版も観ていて、どちらも一つの解釈で制作された作品として尊重するべきだとは思うが、やはりテレビ・ドラマ版のセリフまわしなどにはテレビ的な短絡やセンセーショナリズムが多いと思う。そして映画版は雪穂らの内面を喋らせていないという点で原作小説の手法を踏襲しているが、やはり放映時間という制約があるため、時間(19年)や場所(極貧の生活から富裕層の暮らし)を対比するようなスケール感を描写し切れていない。僕は、何度も言うように「原作派」を名乗りたいわけではないが、少なくとも映像版が原作の良さと思う特徴を効果的に活かせていないとは思う。

もちろん、思い込みの主たる役割は、雪穂らの振る舞いによる登場人物の思い込みだ。これは簡単である。何らかの目的をもって雪穂や亮司が他人を騙したり篭絡して、何らかの行為や判断を誘導したり信頼させるというトリックにすぎない。しかし、実際には『白夜行』には別のレイヤーでの思い込みを誘う要素が仕掛けてある。それが、描写しないことによる読者の思い込みであり、あるいは登場人物に推理や判断を語らせて読者をミスリードすることによる思い込みだ。ただし、何が思い込みであって、何が正しい推理や推測であるかは、少なくとも読み手には分からない(そして、あれこれと推理はするものの、結局は登場人物にも分かっていないという体裁になっている)。それが、『白夜行』について色々な読み方を許容する原因と言ってよいのであろう。もちろん、[大野, 2021: 104] でも述べられているように、僕は「『テクストの余白』は、東野圭吾の筆力のなさや構想の失敗ゆえに出現したものではない。意図的に描かれないのだ」という大野氏の解釈を支持する。

しかしながら、大野氏は笹垣が事件の核心に迫っていくプロセスを列挙し、読者も雪穂と亮司の関係について少しずつ理解していくという主旨の解説をしているけれども、僕はこの説明には疑問がある。こう言ってよければ、大野氏自身の「思い込み」が作品の理解を一定の内容に向けている(「歪めている」とまで言えるほどの根拠はないが)と思うからだ。第一に、笹垣刑事は最後まで(少なくとも)雪穂の内面については理解できていなかったと思うからだ。これは、既に本稿の別の論評で指摘したように、雪穂が亮司という人間すら野心や復讐の道具として利用していた可能性が否定できないからだ(つまり「テッポウエビとハゼ」の共生関係という笹垣の思い込み、そして彼をシャーロック・ホームズみたいに「正解」の推理役だと解する読者の思い込みかもしれないということ)。そして第二に、第二章から始まる色々な事件や出来事において、亮司あるいは雪穂が何らかの仕方でお互いの目的を補完するように行動しているような印象は、既に多くの箇所で描写されており、読者の多くは既に第二章から亮司と雪穂がつながっていると想像することはたやすいと思う。そして、とりわけ『白夜行』を初めて読むときに重要なのは、そういう行動のディテールやトリックではなく、やはり「なぜ」という一点であろう。それが、最終章の終盤になって分かるからこそ、なるほどそういうことがあったからこそ、これだけのことをやってきたのかと読者は納得してウルウルしたり、あるいは陰鬱な気分になったりするのである。

些末なことを指摘して恐縮だが、[大野, 2021: 109] に「『白夜行』の最後で笹垣に追い詰められてビルから飛び降りる前に、亮司が何か言うとしたら、何と言っただろうか」という記述がある。もちろん、正確に原作の小説や幾つかの映像版を覚えている方は分かるように、これは原作小説と映画版とを混同している。亮司が最後に飛び降りるのは、原作小説では『R&Y』大阪一号店の店内二階であり、テレビ・ドラマ版では歩道橋であり、そして『R&Y』大阪一号店の様子を見下ろすビルから飛び降りるのが映画版なのである。これも、いささか皮肉なことで気の毒だが、思い込みの怖いところだ。

次に、『白夜行』での雪穂について、やたらと「上流階級に登り詰める」といった表現をする人たちがいる。しかし、簡単に言えば、良家や旧華族とまでは言えなくても、企業経営者や開業医や官僚などの子息と長らく学校生活を共にしてきた僕の経験から言って、篠塚家はともかく高宮家は単に成城の土地をもっている資産家にすぎない。この程度の家を「上流階級」だと見做すのは、不見識としか言いようがない。それゆえ、上流階級の考え方や行動規範や価値観についての思い込みが誤った(あるいは、少なくとも偏った)解釈を導く可能性があるのだろう。たとえば、これは非常に酷な言い方かもしれないが、素性のはっきりしない家庭に生まれ、両親ともおらず、母親は事故だろうとなんだろうと貧困や不注意などで死んでいるという事実があるだけでも、いかに女優かモデルのような外見をしていて英検一級を所持していて東大を卒業していようと、まず本物の上流階級の子息と結婚などできない。上流階級の考え方における原則の一つは「リスク管理」であって、どう調べて考えてみてもリスクを排除できない生まれや育ちの雪穂を、ましてや前世紀の上流階級が妻として積極的に迎える合理性はないと思う。

それから、中学時代に雪穂が演劇部に入っていることが分かる箇所があるけれど [東野, 2002: 110; ch. 2, 4]、人を騙したり誘導したり篭絡する手練手管に長けている人物というのは、学校の演劇部で練習しないといけないようなレベルの人物ではない。それこそ、生まれついての詐欺師や悪女といったテンプレでも設定しない限り、これだけの長期間にわたって大勢を騙すというのは無理がある。実際に、中学から大学まで交友関係にあった川島江利子は、第10章の終わりで描かれているように、雪穂に対する疑惑を抱いて離れてしまった。また篠塚一成のように、大学へ入学してきた時点から雪穂に何らかの違和感をもっていた人物もいる(「彼女の目には、言葉ではいい表せないような微妙な刺が含まれていた [...] あれはもっと危険な光だった、というのが一成の感想だ。卑しさを秘めた光、ともいえた。そして本物のお嬢様ならば、ああいう光を目に宿らせることはないはずだ、というのが彼の考えだった」[東野, 2002: 263f.; ch. 5, 2])。これは、僕の理解では、篠塚一成は上流階級の人間として一定の見識をもつ育ち方をしているが、高宮誠のような土地成金では雪穂の人柄や素性について違和感をもつことができないという対比を示しているようにとれる。つまり、詐欺であろうと美人局であろうと、目標にできる人間というものは限られていて、特定の、それこそ思い込みや偏った価値観を持っているような人間だけが、特定の性格や外見を備えた人間に騙されるのである。情報商材サイトのコンテンツや深夜の通販番組が万人に効果を発揮できないのは、それが理由である。また、営業代理店や販売代理店が、どんな商材であろうと、どんな代理店であろうと、その営業活動の成功率が実際には数パーセントしかないのは、同じ理由からである。たいていの人、しかも上流階級ならなおさら、相手がどれほどの美女や演技の巧者であれ、前段と同じくリスク管理という事情で必ず複数人の調査や判断を仰ぐのであるから、簡単に赤の他人を信用したり赤の他人に騙されたりはしないものである。

[未完]

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評論 (8) 直木賞選評について

東野圭吾ファンであればご承知のように、『白夜行』は第122回直木賞(1999年下半期)の候補となり、落選している(直木賞は、なかにし礼氏の『長崎ぶらぶら節』に決定)。当時の選考委員と評価を列挙すると、以下のとおりとなる。

選考委員 評価 選評
阿刀田高 中立的反対 読みやすいミステリーで、充分に楽しめたが、納得しにくい部分がないでもない。“わざと書かない” という美意識がミステリー作法に実在していることは確かだが、これはとても危険な技である。/ 発端の質屋殺しは、どんな犯罪があって、そこで、なぜ、どのようにして幼い二人の友愛的結合が生じたのか、強い説得力と必然性がないと、読み進むのがつらくなってしまう。
田辺聖子 積極的賛成 これまた快作、そして怪作であった。 / 周到な伏線が張りめぐらされ、読んでいるあいだは、これまた息もつかせず面白かった。しかし読後感のあと味わるさも相当なもの。これは人間の邪気が全篇を掩っているので、それに負けてしまう、ということであろう。 / もしそれ、一抹、この二人の犯罪者にしおらしさが書きこんでいられれば、と願うのは、古いであろうか。
黒岩重吾 積極的反対 二人の主人公に人間の匂いがしない。 / 周囲の人間も作者の掌中で都合良く行動している。ストーリー作りの才は優れているが、読後感は空しい。
平岩弓枝 態度不明 書き出しの質屋殺しから大変に面白く読み進んだ。 / 大量殺人がおかしいとはいわないまでも、その必然性とか手口、死体遺棄などにもう少し丁寧な説明なり描写なりがないと絵空事になってしまう。 / 笹垣という刑事など手堅い書き方をしているだけに、惜しい作品だと思う。
井上ひさし 中立的反対 登場人物たちの内面に、作者が全能の神ぶって、できるだけ立ち入らないようにしようという執筆態度は、たしかに物語の展開をてきぱきとしたものにしたが、反面では、当然のことながら諸人物たちの彫りを浅くもした。 / とくに最終場面が惜しまれる。
五木寛之 中立的反対 プロットの構成力も鮮かなもので、一見、非のうちどころのない物語りだ。しかし、読み終えたあと、どことなく釈然としない気分が残るのは、なぜだろう。登場人物の内面が、理づめで作られたような気がするのは私だけだろうか。
渡辺淳一 中立的反対 (引用者注:「白夜行」「ボーダーライン」「亡国のイージス」は)子供の父親殺しという点で、共通のテーマを扱っている。 / 最も重要、かつ切実な問題は、子がなぜ親を殺すのか。この一点に尽きる。 / 殺人がゲーム的に書かれていて、小説になりきっていない。 / 作家と自負するなら、より深く誠実に、主人公の内面に分け入り、踏みこんで書くべきではないか。
津本陽 中立的反対 読者を物語の世界へ誘いこんでゆく、筆力をそなえている。 / しかし、この小説にえがかれる人物は、話の緻密な計画に従い、歩かされているように思える。 / 現実にはめったにないような、鬼面人をおどろかすような筋書きをこしらえ、その通りに、あまり血の通っているとも思えない人物たちが動きまわっても、テレビゲームを見ているような気分にならざるをえない。

もちろん、2026年に東野圭吾氏が逝去した時点で、集英社文庫の『白夜行』が100刷近くに達する大ベスト・セラーになっているという後知恵を振り回して、これらの選評の多くをマウンティングすることが目的ではない。そんなことは YouTube で与太話をしている連中にやらせておけばよい。ここでは選評を参考に、あらためて『白夜行』という作品を冷静に評価しなおしてみよう。まずは、選考委員各氏の選評に対する僕の率直な感想を列挙しておく。

選考委員 選評への感想
阿刀田高 前半の選評は賛同するが、後半の選評で、「幼い二人の友愛的結合」を求めて描写の不足を難じるのは、他の読解という可能性を加味した多面的に書かれた作品であるという僕の理解からは同意しかねる。その「友愛的結合」という一つの解釈を説得的に再構成するのは、読み手自身に委ねられていることだからだ。
田辺聖子 「この二人の犯罪者にしおらしさが書きこんでいられれば、と願うのは、古いであろうか」。たぶん古い。というよりも、裕福な暮らしの中で成長した人には、この救いのなさは理解するのが難しいのであろう。たぶん、大阪であれ東京であれ、貧困層において暮らしている人々に、「一抹」の何かがあれかしと期待するのは、あまりにも漫画的というかテレビ・ドラマ的な発想だと思う。
黒岩重吾 「二人の主人公に人間の匂いがしない」という印象を与えているのは、わざとだと思う。なので、これをもって不足とする選評には同意できない。また、「都合良く行動している」という印象は正しいと思うのだが、恐らく雪穂と亮司は自分たちのやることが常に何でも成功するとは思っていない。でも、そうするしかないという心境のもとで「ご都合主義」として成立しているストーリーという表側の結果だけでなく、その裏を読み手が自分で組み立てる必要があると思う。
平岩弓枝 賛否が分かりにくいという選評なのも頷けるが、つまるところ人物や行動の描写に不足があるという意味では、敢えて描写を省いていると解釈している僕としては同意するのが難しい選評だ。
井上ひさし これも、雪穂と亮司の内面を省いた点が欠陥だと言っている点で、同意しかねる選評だ。「最終場面が惜しまれる」というが、最後のシーンは笹垣の視点で描写されている以上、あれ以外に何をどう書けるのか。仮に、映画版のように、笹垣個人は雪穂よりも亮司を救うことに専心していたとすると、あの結果からは文字通り茫然自失という様子を描く他にないだろう。
五木寛之 「登場人物の内面が、理づめで作られたような気がする」のは、寧ろ五木寛之氏が著者のプロフィールについて、工学部出身であるといった予断をもっているからであり、それこそ『白夜行』がテーマの一つとしていた思い込みだろうと思う。
渡辺淳一 「作家と自負するなら、より深く誠実に、主人公の内面に分け入り、踏みこんで書くべきではないか」というのは、もうイデオロギーや思想あるいは好き嫌いの話にすぎないと思うので、僕が論評したり反論する必要も意味もないと思う。僕は、主人公の内面を深く誠実に踏み込んで描写しなくても作品として成立すると思う。それが外から眺めた「テレビ番組的な描写」だから文学ではないというのであれば、恐らく東野氏をはじめとする多くの作家は「それで結構。文学ではない、だから?」と言うだろう。
津本陽 「この小説にえがかれる人物は、話の緻密な計画に従い、歩かされているように思える」。これも確かにそうなのだが、精密にくりぬかれている格子の穴から覗き込んだ向こう側に、そういう規則的な仕方で眺めまわれたりはしない眺望だとか人が動く様子が展開されていることを、まずもって、登場人物の推理する姿と実態とのズレや乖離を描写することで読者に印象づけようとするのが『白夜行』の執筆手法だろうと思う。これをパズル的だとか機械的だとかゲーム的と評するのは、僕には表面的な字面での理解でしかないんじゃないかと思うのだが。

[未完]

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評論 (9) 笹垣が亮司だけに肩入れしていた(ように見える)のはなぜか

原作小説での笹垣、テレビ版の笹垣(演:武田鉄矢)、そして映画版の笹垣(演:船越英一郎)と、どのメディアでも笹垣(始めは刑事で後に定年退職。テレビ版には今枝が出ないので、退職後は代わりに探偵になっている)は、雪穂よりも亮司に肩入れているように描かれている。それどころか、映画版では終盤に亮司を養子に迎えるとまで発言させており、雪穂に対する態度とは明らかに対照的だ。この、笹垣の雪穂と亮司に対する思い入れの違いは、もちろん「女を守る男」(逆に言えば「女にイカレた男」)という昭和男のテンプレみたいな思い込みが笹垣にあるからだと言ってしまえば終わりなのだが。

[未完]

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評論 (10) 環境決定論についてII

繰り返しになるが、個人宅や私有地を「聖地」として特定し、SNS などで紹介して可視化する行為は、単なる趣味やファンの熱意の範疇を逸脱した権利の侵害である。無断撮影、位置情報をソーシャル・メディアでアホ面しながら「シェア」する行為、それから撮影という「聖なる行い」や「崇高なるオタク行為」のために敷地へ立ち入ることは、民法上の不法行為(プライバシー権や肖像権の侵害)や刑法上の建造物侵入罪・住居侵入罪に該当しうる。

第二に、フィクションの文芸作品などにおいて、現実の地理や施設が参照される場合、それはあくまでも物語を設計し成立させるための素材や手がかりにすぎない。フィクションは、もちろん現実の厳密な反映でもなければ、社会的な意義を担う文化人類学的、あるいは民俗学的な報告でもなく、取捨選択や誇張、合成、あるいは意図的な歪曲によって成立しうる自律的な体系だ。作中の移動時間が現実と合わないだとか、建物の構造や間取りが実際のビルと違っているといった、瑣末な不整合を挙げて鬼の首を取ったように騒ぐ一部のオタクやマニアの態度は、フィクションの作品が持つ初歩的な前提や表現の自由を理解せず、現実を原本とし作品をその不完全な複写と見做すような、貧困な理解や願望の表れだ。要するに、文学作品の作者がもっている構想力を読み手として拒んだり否定しているのである。はっきり言って、東野作品を読むどころか小説を読む資格すらない連中と言ってもいい。

そして第三に、いわゆる「聖地巡礼」による経済効果という神話が流布した結果、広告代理店や素性の分からない(元マッキンゼーや元アクセンチュアといった)コンサルタント、観光関連業者、そして交付金や予算の獲得、数値目標の達成を急ぐ自治体職員が結託し、地域住民の意向を置き去りにしたトップ・ダウンのイベント化や観光地化を進める事例が目立つ。こうした施策では、往々にして生活道路の渋滞、騒音、ゴミの投棄、住民の生活空間の侵害といった、典型的なオーバー・ツーリズムが地元住民に「地方(地元)の活性化」という名のもとに押し付けられ、利益だけが外部の事業者や一部の組織に吸い上げられる構図となっている。一部の自称推理小説マニアや自称文学オタクというのは、自分たちでは学者か文芸評論家の真似事をしているつもりなのだろうが、広告代理店の下請け業者と同じ工作活動をやっているも同然だ。恥を知るべきである。

最初の評論では「環境決定論」として議論したが、もちろんそういう連中に思想のレベルで議論しても理解できるわけもないだろうし、そもそもかような推理小説ファンごときの幼稚な考えについて、思想の問題として哲学者である僕がわざわざ時間を使って解釈してやることすら、著しい時間の浪費というものだ。しかし、大人には愚行を愚行だと指摘する社会的な責任がある。少なくとも、現実の世の中において雪穂のような経験に見舞われる子供を減らすためには、このような態度を軽視したり冷笑してはいけないだろう。「文学作品を読む」ということの意味や効用や影響が、単なる文芸的な批評や想像や理解だけに留まるものではないということくらい、大人になれば気づくくらいの知性はほしいものだ。

もちろん、文芸作品の舞台を推定したり否定することに一定の効用なり正当な目的があることくらい知っている。まず、作者の創作過程において何が想定されたり設定されたかを復元しうるとか、現実の位置関係などを元に架空の舞台を設定した場合は改変の意図を理解しうることだ。例えば、現実には隣り合っていない二つの建物を近接させたり、或る施設や地域のスケールを圧縮したり誇張している場合、その改変こそが作者が演出したかった心理的効果や執筆での意図を表す根拠となりうる。次に、特定の地名や地域が選ばれている場合に、その場所が歴史的・文化的に帯びている固有のコンテクストが、言外の意味として埋め込まれている場合がある。舞台設定の主に人文地理的な脈絡を解明することで、単なる作品の追体験を超えて、作品が背負っている歴史的背景や社会的な象徴性を立体的に読み解ける場合もあろう。もちろん、やりすぎると過剰な「意味」を引き出して、不要なはずのイデオロギー論争へ作品や作者を巻き込むことになる。そして、確かに作品への没入感や、鑑賞するときの解像度を高めるという効用もあるのだろう。

ただし、これらは作品の自律性を理解するための手段として、場所や施設を特定することが有効であると言える場合だけに限られる。ところが、推理小説マニアやオタクのやっていることは、この手段と目的が転倒し、単なる特定ゲームへと退行しているケースが少なくない。すると、モデルになった場所を突き止めること自体が自己目的化し、現実と作品舞台との差異を「矛盾」だの「作画ミス」だの「設定の甘さ」だのと語る愚かな読書感想文レベルのお喋りが大学のサークルやソーシャル・メディアの実質的には閉じたコミュニティで繰り返されることになる。また、SNS 上での投稿の多くは、作品の主題や文脈を深く掘り下げるためではなく、「誰も見つけていなかった場所を最初に見つけた僕ちゃん」という、幼女連続殺人事件の死刑囚だった人物に匹敵する幼稚な精神性と言ってもいい自己顕示欲や承認欲求に基づいていると言える。これは作品理解とは無縁の、単なる情報消費のゲームでしかない。

具体例を使うなら、『白夜行』に登場する「吉田ハイツ」は、確かに「大阪市生野区大江西七丁目」などと所在地まで書かれているが、現実のどこかにあるアパートが「吉田ハイツ」だと言えるような根拠は何もない。そもそも生野区に「大江西」などという行政区域はない。他にも、推理小説ファンでなくても、作品中で示唆されている比定のためのヒントや登場人物の発言などを丁寧に調べるだけで、たとえば近鉄布施駅から「ずいぶんと離れて」る場所にあるとか、すぐ近くに「まるかね屋」というスーパーがあるとか、近辺にバス通りがあって、そのバス通りに「ハーモニー」という洋菓子屋の支店(大江西六丁目)があるとか、あるいは桐原洋介が「吉田ハイツ」から真澄公園の北にある「図書館」へ雪穂を迎えに行った帰り道の(「吉田ハイツ」へ戻ってきた)途中で廃ビルへ立ち寄った末に殺害されたのだから、少なくとも図書館と殺害現場とを結ぶ線の延長線が指し示す向きから大きくズレていない方角に「吉田ハイツ」を推定できるとか、「真澄公園」だと考えられる(しかし、現実の足代公園と正確に同じ場所になくてはいけない理由はない)公園の隣にある廃ビルで起きた殺人事件の管轄が西布施警察署であるのに対して、西本文代のガス中毒死を調べたのが別の警察署(生野署)であるから、「吉田ハイツ」は少なくとも「真澄公園」の行政区域とは異なる場所として公園の南か西に位置しているとか、「煤けたような灰色の外壁」だとか、隣の建物との間隔がなくて日差しが当たらないということなので、「吉田ハイツ」の各戸は隣接する建物と向かい合っていて玄関の前は公道ではない(通路)とか、間取りとしては、玄関(沓脱がある)、四畳半ほどの板の間に小さな流し台があり、奥に六畳の和室がある。これだけでも色々な情報にはなるけれど、しかし現実のどこかのアパートが「吉田ハイツ」であると言うには不十分だし、そもそもそんなことをする意味がない。桐原洋介が訪れていたこれこれの位置にある場所、あるいは西本文代と雪穂が生活していた場所として、他の場所との相対的な位置関係があるということ以外に、現実の建物としての特徴や事実を反映していなければならない理由などないのである。仮に東野圭吾氏が、1970年代に建っていた現実のアパートを覚えていてモデルにしたとして、そのアパートの屋根が赤色だったことが『白夜行』に書かれていないからといって、推理小説ファンは『白夜行』が「吉田ハイツ」について不完全な描写しかしていないと非難するのか。あるいは、そんな指摘が「文芸評論」の名に値することだと錯覚でもしているのか。

[未完]

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評論 (11) 「質きりはら」の場所

作品のモデルとされた施設や場所に「聖地」と称して詰めかけたり無断で撮影するようなことは慎むべきだし、具体的に特定した地名や建物などを公に記載する必要もないなら、わざわざ実在する地名や施設名を公に書くべきでもないだろうと思う。とはいえ、それが関係者の人権侵害などとならない限りは、推理小説の話題として扱える。そして、作品に登場する名称が架空の施設や場所のものであれば、もちろんそれがどこであるかと推定したり比定することは、確かに推理小説を楽しむ一つの話題なのだろう。すると、『白夜行』に登場する「質きりはら」が実在の質屋であるかどうかを調べた後に、実在する質屋がモデルではないなら、その場所をどこに比定すればいいかを議論できるだろう。逆に、もし作品で語られた幾つかの条件を元に、実在する質屋がモデルだと思われるのであれば、それはここで公表する意味がなく、また無断で名前を出すことが何らかの人権侵害や営業妨害となりうるのであれば、公表は差し控える。これが、推理小説の読者であるよりも先に、まともで知性ある社会人の採用するべき方針というものであろう。こういう事前の用意なしに、無関係な建物や地名を並べ立てたり、あるいは「質屋のモデルはどこか? 調べたところ、ありませんでした」などと、分かりもしないことをネタにアクセスを集めるゴミくずような連中(確かに、貧困という事情で西本文代もそういう人物になってしまったのかもしれないが、同情はしない)のコンテンツを駆逐したり粉砕するためにも、まともなコンテンツを少しでも増やす努力は必要だ。ともあれ、「質きりはら」の場所を推定するための諸条件を挙げておこう。

本稿で何度も指摘しているように、桐原洋介が殺害された廃ビル(真澄公園の隣)から 1 km の場所に「質きりはら」があったという記述と、夜に雄一=亮司と典子が地下鉄の駅まで「数分歩いたところ」で「質きりはら」の前にたどり着くという記述は、一見すれば明らかに矛盾している。夜に連れ立って、急ぎ足でもないのに、1 km という距離を数分どころか10分で歩くのも無理だからである。もちろん、辻褄を合わせるのは簡単だ。たとえば、雄一=亮司が典子の目の前で眺めていたのは、自分の実家としての建物ではなく、「きりはら」という文字であり、親戚が営んでいる別の店であったと考えてもよいだろう [東野, 2002: 829; ch. 13, 13]。近所のおばさんが「りょうちゃん」と声をかけるシーンがあるので、実家であるかのように印象付けられるが、近所で親戚も質屋を営んでいれば、親戚の一人として亮司も幼い頃から出入りしていて、そちらの店の近隣住民にも面識があったという可能性はある。そして、ここで取り上げている距離と所要時間の矛盾さえ解決できれば、事件現場から 1 km という距離に亮司の実家である「質きりはら」を想定しても、辻褄は合うかもしれない。あとは、たぶん「嵯峨野屋」との位置関係を調整するだけだろう。

公園から数分で歩けるところにあって、地下鉄の駅よりも経路上は手前にあるという条件でなら、50年以上の歴史がある質屋は実際にある。そして亮司の実家である「質きりはら」は、それとは別の建物として、「真澄公園」から 1 km の場所に比定すればよいわけである。ただし、布施駅前商店街にある「嵯峨野屋」までは徒歩で10分以内の位置になくてはならないし、別の場所で考察したように、越境入学していない限り亮司が近鉄奈良線よりも北側の東大阪市や東成区に住んでいたという可能性は低いので、これらの条件を組み合わせると、現在の行政区域で言う「小路東三丁目(大阪市生野区)」の南端あたりに比定することとなる。ここからであれば、布施の駅前にあって南側へ展開している商店街にも10分以内に歩いていけるし、「真澄公園」(足代公園)への距離も 900 m くらいだ。

そして、これを解決すれば、雄一と典子が眺めた「きりはら」の看板がある建物は、ぶっちゃけ小路駅の側もいいし、新深江駅の側にあったと考えてもどちらでも構わない。確かに、雄一=亮司が「電車で駅五つほど」[東野, 2002: 695; ch. 12, 5] と言っているので、難波(二人が会話した場所は「道頓堀」だった)から五つめは地下鉄千日前線の新深江駅であるから、そのときはタクシーで行ったけれど、翌日に典子が一人で出かけたときに雄一から聞いていた駅名が「新深江」駅である可能性は高い。しかし、「五つほど」というのは、実際には6でも4でも通用するような言い方なので、雄一から聞いていた駅名が「小路」だった可能性も否定できないからである。どちらにしても、ふたりで眺めた「きりはら」が亮司の実家の建物ではなかったという仮定に建てば、どちらであろうと話の本質には関係がない。

「質きりはら」の比定 「質きりはら」の比定場所 (国土地理院, 1974-1978年に撮影された航空写真を河本が加工)

ただし、このような比定をするためには、もちろん雄一と典子が眺めたのは別の「質きりはら」だったという特別な仮説だけではなく、たとえば地下鉄小路駅の場所や布施駅前の商店街が南へ数百メートルほど伸びているとか、現実の施設や場所がそのとおりの場所にあったという仮定も必要だ。推理小説だけに限らず、フィクションの文芸作品における設定においては、現実の色々な条件がそのまま当てはまるということすら仮定や仮説の扱いとし、実在の場所や建物なのだから、その場所にあって当たり前であるとは考えないくらいの慎重な態度が必要だろう。架空の名称で扱っている場所や建物が現実の場所や建物の位置を反映し、逆に実在の名称で扱っている場所や建物こそが架空の位置にある場所や建物として設定されている可能性も考慮するべきである。

[未完]

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評論 (12) 地域・土地・場所の描き方について

本稿では繰り返している話だが、『白夜行』の第1章は大阪市生野区や周辺の大阪市東成区と東大阪市にまたがる地域を舞台にして描かれている。そして、僕自身も作品の舞台として描かれた1970年代に生野区や東大阪市に住んでいたことがあるため、それなりに土地鑑もあれば時代の雰囲気もリアルタイムの記憶があって、あるていどは東野圭吾氏の描写について同意できるところがあるものの、やはり僕自身が経験したことの記憶と照らし合わせて違和感を覚えるところもある。ただし、地域や土地や場所の印象だとか、そこで各人が経験したことなんてものは、人によって年齢も立場も境遇も感受性も身体的な特徴も性別なども色々と違うのだから、その内容や評価がバラバラなのは当たり前である。したがって、そういう話に「正解」とか優劣や正否など議論しても無意味であろう。一つだけはっきりと言えるのは、冒頭でも指摘したように、「大阪生まれ」を自称して自分の印象を生野区全体とか大阪全体とか関西全体などに偏見として塗りたくるような無知無教養の類は、哲学者としてだけでなく大人としても許し難い愚行である。それは、どう考えても過ちであり妄言であると断定するのが、知性を尊ぶ(必ずしも自分に高い知性があると言っているわけではない)大人の責任というものであろう。そういうわけなので、ここでは東野圭吾氏が作品で表現している地域や土地や場所の情景というべき描写について、正しいとか間違っているといった答え合わせをするつもりはない。だが、少なくとも僕の経験したことや印象や理解とは異なる内容があるということについては指摘しておきたい。

  1.  
  1. 1973年
  2. 10月、桐原洋介 (52歳) 殺害事件。
    11月、寺崎忠夫の事故死。
    (亮司・雪穂:11歳、小学校五年生)
    (本稿著者:5歳、当時は大阪府八尾市福万寺町南に住む。それまでは大阪市生野区に住む)
  1. 1974年
  2. 5月、西本文代(36歳)のガス中毒死(事故として処理)。
    雪穂、唐沢礼子の養女となり唐沢姓となる。
    (亮司・雪穂:12歳、小学校六年生)
    (本稿著者:6歳)
  1. 1975年
  2. 桐原弥生子、「きりはら」を出て上本町で喫茶店を営む。
    亮司、大江中学校に入学。
    雪穂、清華女子学園中等部に入学。
    (亮司・雪穂:13歳、中学校一年生)
    (本稿著者:7歳、大阪教育大学教育学部附属天王寺小学校に入学。奈良県北葛城郡王寺町に住む)
  1. 1976年
  2. (亮司・雪穂:14歳、中学校二年生)
    (本稿著者:8歳、小学校二年生)
  1. 1977年
  2. 清華女子学園中等部の藤村都子が襲われる。
    (亮司・雪穂:15歳、中学校三年生)
    (本稿著者:9歳、小学校三年生、東大阪市菱屋西に住む)
  1. 1978年
  2. 桐原弥生子、喫茶店を廃業して天王寺でスナックを営む。
    亮司、集文館高校へ入学。
    雪穂、清華女子学園高等部へ入学。
    (亮司・雪穂:16歳、高校一年生)
    (本稿著者:10歳、小学校四年生)
  1. 1979年
  2. 亮司の同級生である園村友彦と付き合っていた花岡夕子がホテルで死亡。
    亮司、友彦、西口奈美恵が『無限企画』を開業してソフトウェアを通信販売する。
    (亮司・雪穂:17歳、高校二年生)
    (本稿著者:11歳、小学校五年生)
  1. 1980年
  2. (亮司・雪穂:18歳、高校三年生)
    (本稿著者:12歳、小学校六年生)
  1. 1981年
  2. 亮司、同居していた母親の元を離れる。
    雪穂、清華女子大学(豊中市)へ入学。
    雪穂の友人の川島江利子が襲われる。
    雪穂と高宮 誠が交際を始める。
    (亮司・雪穂:19歳)
    (本稿著者:13歳、大阪教育大学教育学部附属天王寺中学校に入学。東大阪市新池島町に住む)
  1.  

特に、僕が小学校の中学年から高学年にかけては、近鉄布施駅の東隣にある近鉄永和駅から長瀬川という小さな川沿いに北へ行ったところへ建つマンションに住んでいて、3年ほどしか住んでいなかったけれど、珍しく同じマンションに住んでいる地元の友達が二人いた。彼らも、理由は分からないが地元に友達がいなかったらしく、ちょうど三人でマンションの中にある小さな公園で遊んだり、それぞれの家で遊んだりしていた覚えがある。そうして、同じ東大阪市だが僕は中学へ入ると同時に新池島町というもっと東の地区へ引っ越すことになったので、記念として超合金の玩具やビニール製の怪獣などを二人に段ボールごとあげたのであった。このよう小学生時代を送る中で、小学校四年では鉄道少年として車両のカタログや線路の勾配を設計する際の工学といった本を、布施駅の前にある「ヒバリヤ書店」で買うようになったし、五年生頃になると考古学を学ぶようになって、同じく「ヒバリヤ書店」で続々と考古学の本を買ったり『考古学ジャーナル』という雑誌を購読するようになったので、学校の帰りに布施駅で降りて書店に立ち寄ったり、周辺の店に入る機会が永和駅で降りたところに住んでいた頃よりも逆に増えたのである。それからは、既に他のところで書いたように、何度かの浮ついた話でも布施の周辺は利用したし、高校時代は生野区の祖母の家(父親の実家)に住んでいたり、修士課程の頃は生野区小路より少し南へ行ったところにある鉄工所で鉄の棒に機械で穴を通すアルバイトをしていたこともある。そして大学を出てからは、いまの自宅に連れ合いと住むまでは、生野区にある父親の実家に住んでいたわけである。生野区だけで言っても、何度かに期間を分けての話だが、幼い頃から神戸大を出て働き始める頃まで、異なる時期に生野区で生活していたのだった。もう、そういう時期のことは上の時系列に書いたりしないが、1970年代から2000年代にかけて生野区や東大阪市に住んだり訪れたりしていて、僕にそれなりの土地鑑があることは分かると思う。また、高校時代や学部生の頃は天王寺区に住んでいたこともあり、まさしく唐沢家の所在地として想定されていると思われる、地下鉄四天王寺前夕陽丘駅の周辺にも土地鑑はある(東大阪市へ移転するまで、夕陽丘にあった大阪府立図書館でアルバイトしていたことがある。ちなみに四天王寺高校の女の子とは付き合ったことがない)。

しばしば『白夜行』の中で語られる亮司や雪穂らの生まれ育った町について、亮司(発言したときは「秋吉雄一」としてだが)が口にした次のようなフレーズを引き合いに出す人が多い。

「どうってことのない町だ」不意に秋吉がいった。

典子は横を向いた。彼は窓の外に目を向けたままだった。

「くすんだ町だ。埃っぽくて、薄汚れていて、ちっぽけな人間たちが虫みたいに蠢いている。そのくせ連中の目だけはぎらぎらしている。隙を見せられない町だ」彼はビールを飲み干した。

[東野, 2002: 696; ch. 12, 5]

もちろんだが、こんなことは多くの地方や国で「下町」や「貧民街」などと呼ばれている地区であれば、どこにでも当てはまる。別に生野区だけが、ここで語られているような特徴をもっている特殊で特別な町というわけではない。そして更に、こういう町で生まれ育ち、更には幼い頃に虐待されたり不幸な生活を送っていたからといって、その多くが雪穂や亮司のような人間に育ったり、彼らのような行動規範や思考に行き着くわけでもないのは、言うまでもないことだろう。岸 政彦君らの生活史研究の成果として出版されている分厚いインタビュー集などでも分かるように、どういう地域でどういう時代に暮らしていようと、色々な境遇で色々な生き方をする人たちがいるのであって、特定の地域にだけ特定の思想や生活をする人物が集まっているなんてことはないのである(ただし、小熊英二氏による在日韓国朝鮮人へのインタビュー集では、やはり特定の出自によって居住してきた地域が限られていたという事情もあって、一定の共通するところはあるのだろう)。そのようなわけで、こういう発言を取り上げて生野区がどうのと論じること自体が、僕にはナンセンスにしか思えない。まったくのバカげた議論だ。恐らく、東野圭吾氏自身が生まれ育った生野区にこういう印象を抱いていたとしても、ここでこのような発言を書いている理由は、生野区がこういう地域なのだと蔑みたいからではないはずだ(逆に、このような「ぎらぎら」した人々をして、バイタリティがどうのと賞賛する左翼や右翼も馬鹿だと思うんだよな)。

地域・土地・場所についての情景という描写については、もう少し書いておきたいことがある。『白夜行』という作品は、雪穂と亮司の内面や両者の(もしあれば)会話、それから二人が具体的にどういう行動をとっていたかを書かないという大きな特徴があって、既に述べたとおり直木賞の選考委員の多くはそれを短所だと評価したが、多くの読者はそれを長所だと評価している。ところで、僕が『白夜行』を何度も読んでいて感じるのは、それらだけではなく、作品の舞台となっている土地や場所についての描写も著しく少ないということだ。物語が始まる、雪穂と亮司が生まれて暮らした地域(大阪市生野区をベースに設定された場所だが、現実の距離や広さや位置関係が作品へ正確に反映されている保証はないし、そうする必然性も責任もないはずである)についての描写ですら、布施や今里といった具体的な地名や施設名、それから登場人物の方言という手がかりがなければ、日本のどこなのかすら分からないような書き方だと思う。

東野圭吾氏がこういう描写をしているのは、意図的だと思う。そして、その目的や意図については、幾つかの解釈ができるだろう。まず第一の解釈は、何かを推定するための手がかりだけを書き留めることによって、推理小説の読み方がそのようになってしまっていることへの皮肉を表現しているのではないかということ。次に二つめの解釈は、雪穂と亮司にとっての生まれ育った場所や生きている場所は、その程度の意味しかないところだということ、つまり彼ら自身にとっての実感を表現するためであるということだ。あるいは三つめの解釈として、東野圭吾氏自身が土地や場所を詳しく描写することに価値を置いていないという可能性もある。実際、彼の自伝的なエッセイである『あの頃ぼくらはアホでした』[東野, 1998] を読んでいても、彼が住んでいた家や周りの地域だとか、通っていた学校の構内なり敷地の様子を伝える描写が殆どない。

第1章だけに限定してみると、地名や行政区名や建物の名称については、おおよそ四つのパターンがある。

実在する名称のまま
例:布施駅、今里駅、巽、寺田町、生野区、天王寺区、大阪府警
一部を変更
例:近畿医科大(関西医科大、または近大医学部から?)、西布施警察署(布施警察署は実在する)
架空
例:真澄公園、質きりはら、三協銀行、ハーモニー、嵯峨野屋、大江、まるかね屋、吉田ハイツ、駅前商店街(商店街の名称なのか一般的な呼称なのか不明)
名称そのものが未設定か、敢えて書かれていない
例:七階建てのビル、図書館

ここで気づくのは、雪穂と亮司が直に接していたと思われる場所には具体的な名称がないということだ。少なくとも第1章に登場する場所で二人が一緒にいたと推測できるのは、桐原洋介が殺害されたビルと、真澄公園から 200 m ほど北に行ったところの図書館だけだからだ。こういうところにも、作者による何らかの配慮があるのだろう。少なくとも著者の配慮が明らかなのは、登場人物の住まいや、具体的に事件や事故と関りがある場所は全て架空の名称になっているということだ。実在するアパートの名前を使われて、そこで事故が起きたとか性的虐待が行われたなどと書かれては、どう考えても住んでいる人や持ち主は困るだろう(実在する滋賀県の酒店が描かれていたりする漫画があるのは知ってるが)。そうすると、作品中での位置関係などが矛盾なく配置されていれば、他の名称や地名も具体的で実在する名称や地名を想像させるような文字でなくとも良かったのだろうか。

[未完]

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評論 (x) なぜ?

もちろん『白夜行』について最後の、そして最大の問いは、「なぜ?」であろう。テレビ版で笹垣に『歎異抄』まで囁かせて示唆されているように、読む人にとって、この問いが様々な想定を許しうるからこそ様々な解釈や語り方が生まれるのだ。二人にとっての「なぜ?」を想定するためのヒントは、作品の中で多くの場所に配置されているように見える。しかし、私見では、それらの一部は二人の内面を「正しく」知ったり「正しく」想像するためのヒントであるかのように書かれてはいるが、実際には登場人物どころか読者にも錯覚させるために配置されている、単に思わせぶりなだけの無関係でナレーション的な描写だと思う。しかし、ここで強調したいのは、その「無関係」であるという一点で作品の筋書きや登場人物の言動と切り離せるだけのことにすぎないのであって、それが些末な出来事であるとは限らないという可能性を残していることだ。

正直、この問いに正確な答えはないと思う。あるいは、東野圭吾氏の設定なり構想としても、表に現れる描写において矛盾が生じない限りは、裏で、あるいは内心で何をどう考えていようと問題にしないという方針が立てられていた可能性も考えられる。最初から、読み手が色々と想像できるように描かれていることは分かっているのだが、結局は作者が特定の意図や動機を設定や構想で固定したところから情景や経緯を描いていれば、おのずとそこへ収斂していくような解釈が読み手の側の「定説」になってしまうのは避けられないからだ。それを避けるには、作者自身にとっても幾つかの選択肢がありうるという前提で、意図や動機を異なるパターンでもつ人々が為しうるように一部の経過や結果だけを描くのが良いはずである。

確かに、テレビ版の笹垣が熱弁するように、小学生の頃にあれだけの隠蔽工作ができたという知恵がありながら、当時の法令などを調べて罪を軽くするよう配慮しながら自首できたはずだという考えから、その後の人生を嘘で塗り固めていくように送っていったのはなぜなのかという疑問をもつのは自然なのかもしれない。しかし逆に、性的虐待を受けていた事実を知られることや、自分が父親を殺したという事実を知られることへの恐怖や不安という動機で逃げ続けるという選択をしたことにも十分な説得力は感じられる。だが、そのような動機や目的だけであれば、目立たないよう慎ましく暮らしていくというのが自然な選択であるようにも思う。すると、他方でスカーレット・オハラをモデルにしたかのような雪穂の上昇志向や野心との整合性を考えるのが難しくなるのは当然だろう。この解決策としては、まず彼らが犯罪に手を染めるかどうかに関わらず、もともと雪穂と亮司には親への反感という共通の感情があった。さらにそこへ、雪穂は貧困についての憎しみや恐れがあったし、亮司は雪穂への愛情が加わったという事情を想定すれば、二人の煌びやかなふるまいと陰惨なふるまいとのギャップにも妥当な理由をつけられるだろう。

実際、作品を読めばすぐに分かると思うのだが、たとえば雪穂の初婚の相手である高宮 誠にしても、それから再婚の相手である篠塚康晴にしても、人柄としては特に何か邪悪なところや欠陥があるようには描かれていない(何らかの冷徹さに欠けるような「弱さ」は表現されているが)。たぶん、彼らに共通しているのは生まれながらの金持ちであることだ。よって、雪穂の動機の一部を想像する手がかりとして、少なくとも相手の人間性は関係がないと考える理由にはなるだろう。自分に敵意や悪意をもつ人間を陥れたり排除するのは自然な心理だが、自分に好意をもっている人間を陥れたり排除するのは、どう考えても特別な他の理由や事情があるはずだからだ。とは言え、これを作品で描かれているような下層階級や貧困層、それから多くのバカが「関西人」や「大阪人」の固有スキルみたいに思い込んでいる、「他人を出し抜いて小銭を稼ぐセコイ根性」みたいなもので目をギラギラさせているといった妄想の寓話として人の姿をとらせたのが雪穂であるなんていう話に回収しても、あまり面白いものではない。それこそ、東野圭吾氏が『あしたのジョー』といった作品を好んで読んでいたという事実からの連想だけで作品を片付ける、「作者」という第一原因を設定したイージーな本質主義というものであろう。

[未完]

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保留・課題

最後に、結論代わりとして、調べたり想像したり考察することを敢えて保留したことだとか、時間やコストや僕自身の学識のなさという理由で調べたり評論のテーマにすることを諦めたことを列挙しておく。できれば、本稿にいくらか価値があると思われた方に引き継ぐなり、自分自身のテーマとしていただければ望ましい。もちろん、こういう課題やヒントに著作権や実用新案なんてないわけで、みなさんがここで列挙したテーマを引き継いで文書を公開したからといって剽窃だと言うつもりはない。それから、ここには暫定的に話題として列挙しておくだけなので、実際に「評論」の一つとして扱うことにしたら、ここから上の評論集へ内容を移動させる可能性がある。

雪穂と亮司はどうやって連絡していたのか
作品に描かれているのは、19年という歳月の一部でしかない。僕自身が作品中の出来事を年表にまとめていて感じることだが、たとえば小6から中1にかけての二年間は作品中で殆ど様子が分からない。亮司は「質きりはら」に残って生活していて大江中学校に進み、雪穂は唐沢礼子に引き取られて清華女子学園中等部へ進学したということが分かるていどだ。しかし、この二年間に両者が全くの没交渉だったとは考えにくい。
同じことを考える人はいるわけでなので、両者は「共生関係」かどうかはともかくとして、犯罪の相談だけではなく色々なメッセージをやりとりしていた可能性もあろう。テレビ版では図書館のオンライン掲示板が使われていたし(そもそもテレビ版の『白夜行』は、時代設定が何十年も後の話として変更されていたためだ)、映画版ではアクセサリーの飾り付けのパターンにモールス信号が使われるという凝った仕掛けを採用していた。もちろん、どういうやりかたにしても、事前に両者がどこかで一定の時間を使って相談しなくては実行できないことであるから、西本文代が死んだ後に雪穂が唐沢礼子へ引き取られるまでの間に、少なくともどこかで落ち合う約束くらいは小学生でもできたのだろう(唐沢礼子に引き取られると、雪穂は校区が異なる別の小学校へ転校することになったはずだ)。
それから後は、第4章で示唆されているように電話を使っていたのであろう。他にも、やろうと思えば手段は色々とある。かなり古くて連絡手段としての安定性はないが、たとえば新聞にメッセージを示唆する偽広告を掲載したり、駅の掲示板へ書き込んだり、図書館など公共施設の「来訪者ノート」のようなものへ特別な合言葉を使ってメッセージを記入するといったことだ。二人が中高生の時代はまだポケベルすら登場していないので、連絡や通信と言っても非常にアナログな方法である。もちろん、どこかで待ち合わせて直に会話するという可能性もあるだろう。あるいは、亮司にターゲットとなる人物や被害を負わせる手段を同時に伝えるために、特定の色のアクセサリーや鞄などを身に着けさせたり、何人かで連れ立って歩いている際に、ターゲットとなる人物の肩へわざと両手を乗せたりするような、特別のしぐさをするというのも定番の通信方法だ。
亮司はヤクザとどのていどの関係があったのか
亮司がヤクザと直に関わるのは第6章だけである。ただし、それは第3章から登場する西口奈美江に関連しての話だ。売春斡旋からコンピュータ犯罪まで色々な罪を重ねていく亮司の生活において、何らかの give and take を想定してヤクザとの連携があったと仮定すれば、確かにいくつかの話題には簡単な答えが出せる。たとえば、奈美江は第6章の終わりに名古屋のホテルで殺害されるが、それは亮司が友彦と別れたあとに名古屋へ行って奈美江を殺害したのか、それとも亮司がヤクザに密告するか依頼したのか、幾つかの選択肢はあろう。しかし、仮に奈美江の横領だとか上司の真壁の殺害などにヤクザが関係していて、更に奈美江が桐原や友彦らと何らかの関係にあることが榎本 宏というヤクザに分かっている以上は、奈美江が死んだ後も桐原たちが無事で済むとは考え難い。当然だが、奈美江が横領のことや榎本との関係を亮司たちに話している可能性があるからだ。しかし、奈美江が死んだ後に亮司らは逃げも隠れもせず、第8章で描かれるようにパソコン・ショップを経営し始める。さすがに笹垣刑事まで現れては逃げるしかないため、亮司は第8章の最後に(恐らくは第9章で舞台が東京に移ることでも示唆されるように)東京へ逃げるわけだが、その程度のことでヤクザが亮司を追いかけるのをやめるだろうか。いや、そもそも同じ場所にい続けている友彦がヤクザと何の関りもなく過ごしていることの方がおかしい。
100万円はどこへ消えたのか
桐原洋介が殺害された際に所持していた、三協銀行布施支店から下したばかりの現金100万円は、犯行現場では見つからなかった。当初、笹垣らはビジネスで資金繰りに困っていた寺崎が盗んだと考えたのだが、寺崎、それから寺崎の恋人と想定された西本文代は両者とも「事故」で死亡してしまい、桐原洋介殺害事件の捜査は「お宮入り」[東野, 2002: 738f.] となったわけである。したがって、100万円がどこへ消えたのかは、警察でも分かっておらず、作中で笹垣らも話題にしていないのだが、当時としては中小企業のサラリーマンの年収に相当する金額が(何かに使われたとして)どこへ行ったのかという脈絡で調べなかったのだろうか。
もちろん、本作で描かれている他の出来事などから、多くの方は100万円が何に使われたかを想像できるはずだ。たぶん最も多い仮説は、亮司が西長堀のマンションで部屋を借りる保証金として使われたというものだろう。1973年のオイル・ショックや狂乱物価による家賃の上昇や、室内に置いてあったパソコンや映写機や電子レンジなどの購入資金を考えると、部屋の保証金も合わせて100万円くらいの資金を持っていなければならないはずであり、「質きりはら」から母親の元へ移って暮らしていた亮司が一年間で、普通にアルバイトなどで作れる元手ではないと思うからだ。しかし、亮司は他の方法でも資金を作れたと考えられる。なぜなら、桐原洋介が亡くなってから「質きりはら」は、暫くのあいだは松浦 勇が店長のまま営業を続けていたが、そのときに亮司も中学を卒業するまでは「質きりはら」に残って住んでいたからだ。そして、松浦が店の金を使い込んでいたという描写があるけれど、正確なことは分かっていない。なので、松浦だけでなく亮司も、「質きりはら」に残って住んでいた中学生のあいだは、資金を貯めるために店の金を盗んでいた可能性があるのだ [東野, 2002: 829]。
初出との異同
『白夜行』は、もともと集英社が発行している『小説すばる』という文芸雑誌の1997年1月号から1999年1月号にかけて掲載されていた、連載小説であった。それを、連載が終了してから半年ほどかけて一つの長編小説に再構成したのが、単行本として1999年に出版された『白夜行』であった。ここで着目したいのが、「まだ実績がないので、連載をやらせてもらえない時期だったんです。でもこの話を書きたい、なんとか書くにはどうしたらいいか、と考えて、一章ずつ短編っぽく書いていって、本にするときに長編としてまとめました」[東野40, 2025: 123] と語られているように、初出の文章は単行本(僕が読んだのは文庫本だが、文庫化にあたって誤字・脱字などの修正を含めて手を入れたかどうかは不明)とかなり違っている可能性が示唆されている。なので、単純にそれらの異同に興味はある。
ところが、こういう文芸雑誌というものは、困ったことに公共図書館であっても創刊号から取り揃えて維持しているところは少ない。昨今、公共図書館の予算が削られていき、スタッフの大半が常勤の司書ではなく一時雇用の派遣社員かバイトだったりするという話は珍しくない。恐らく、そう遠くない将来に、公共図書館では一部の蔵書を除いて殆どが書庫へ格納され、AI で運用されるロボットが Amazon の倉庫で稼働する産業ロボットのように本を出し入れするだけの場所となるのかもしれない(それを制御し管理する役目も TSUTAYA のバイトが担うのであろう)。なんにせよ、僕が利用していた大阪市中央図書館には2004年以降のバック・ナンバーしかないし、大阪府立図書館に至っては、そもそも『小説すばる』を全く置いていない。したがって、少なくとも大阪に住んでいる人間が『小説すばる』の1990年代のバック・ナンバーを読むためには、国立国会図書館(しかも東京の本館)へ出向くか、あるいは古本屋で偶然に見かけることに期待するか、それともフリマ・サイトなどでリクエストする他にないのである。これは、『白夜行』という一つの作品だけに限った話ではなく、実際に厳密な研究をやろうとすると多くの研究者が遭遇する制約だ。もちろん、金と暇があれば解決できるだろう。日本中の「お手伝い業者」に依頼して、現地の図書館や古本屋の店頭に目当ての雑誌があったら手に入れてもらうかコピーしてもらえばいい。しかし、そういうわけにはいかない大半の人文・社会系のテーマに関心がある僕らのようなアマチュアどころか学術研究者ですら、そんな資金は持ち合わせていない(大学教員の場合は、大学の図書館に蔵書があったり、全国の大学図書館で融通するシステムがあるので、アマチュアに比べれば制約は弱い)。
そういうわけで、『小説すばる』に掲載された初出の作品は、いまのところ確認が難しい。もちろん大多数の読者は長編小説としてまとめられている単行本や文庫本を読んでいるわけだし、それで何か「悪い」というわけでもない。初出の小説を読んでいないからといって、何かを決定的あるいは根本的に見誤るかもしれないなんてリスクを想定するのは、評論家や人文系の研究者として未熟な人々によくある「本質主義」だ。しかし、ポストモダン以降に人文系の学問や文芸作品に関わる者は、そのような作者の意図という単一原因を置く至上主義だとか、テクストの意味という単一目標を想定する本質主義(つまり、これらはどちらも人文系の学問にはびこる宗教である)などに落ち込むことは許されない(たぶん、学部レベルのレポートや卒論であっても単位をもらえないほど愚かな態度だと思う)。なので、これはあくまでも個人的な興味にすぎない。
果たして「助ける」方法はあったのか
テレビ版では、第10話で笹垣(その頃は探偵になっていた)と図書館の谷口(テレビ版だけに登場)とが会話するシーンを映している。この会話の内容は、テレビ版を制作した人々が制作意図を伝えるために新しく作ったシーンだと言われていて、主旨としては雪穂と亮司をモンスターにしたくなかったということのようだ。笹垣に『歎異抄』の一節を呟かせたりと、かなり作為的な演出は多いのだが、これはこれで一つの作品として評価してよいと思う。
他の場所でも書いたように、正直に言えば、評論や注釈をごちゃごちゃと書いている暇があるなら、このような境遇に陥った子供たちへ、大人として何ができるかを考える方がマシではないかという気分もあるにはある。したがって、そういう考察を展開してもいいのだが、これはこれで難しい。相手によって何をすればいいかは違うであろうし、恐らく何であれ、それをいつするべきかも違うからだ。ここで文章としてスローガンや方針のようなことを書いたとしても、そんなものがいつでも正しく当てはまるわけではないだろう。
桐原洋介は何のために廃ビルにいたのか
これも、そもそもストーリーの最初の出来事に関わる疑問である。原作の小説で示唆されているように、桐原洋介は図書館へ西本雪穂を迎えに行って、雪穂を吉田ハイツへ送り届ける途中に廃ビルへ入った・・・というのが笹垣の推理であり、たいていの読者はそう考える。そして、廃ビルで雪穂が洋介に何かされていた状況を亮司が目撃して・・・という笹垣の推理を当然のように、そこで実際に起きていた出来事だと考えて、なぜ雪穂や亮司が第1章で描かれているような言動になるのかを思い返したり読み返すというわけだが、しかしそれはあくまでも登場人物の笹垣が語ったり想像していることであって、実際にどうだったのかは確かなことが言えない。
実際、冷静に考えるとおかしな点はある。この廃ビルの周辺には、少なくとも洋介が入って行った10月の18時から19時という時間帯なら、隣の真澄公園には多くの子供が遊んでいただろうし、付近には顔見知りの人々が会社からの帰りだとか夕飯の買い物だとかで道を行き来していたり、周辺に住んでいる人が散歩したり、家の外へ出て草木に水をやったりしていてもおかしくない。いくら周囲に目配せしていようと、誰かに目撃されている可能性を考えると、そんな往来で廃ビルに幼い子を連れて入ること自体が愚行というものであろう。仮に、亮司に中での様子を目撃されていなかったとしても、その後に廃ビルから出てきたところを誰かに目撃される可能性もあるだろう。また、その廃ビルが子供らの遊び場になっていたことは、冒頭に出てくるいか焼きの店で世間話していた主婦でも知っていたことだ。桐原洋介が知らなかったとは考えにくいので、子供たちが廃ビルに入ってくる可能性も考えなくてはならないだろう。しかも、第1章の描写から考えれば、洋介と雪穂がいたと思われるのは、廃ビルに入ってすぐ左の部屋であり、遊ぶために入ってきた子供たちがすぐに来れるような場所だ。
もちろん、幾つかの解釈は可能だろう。最もありがちなのは、欲望が優っていて冷静な判断ができなくなっていたということだろう。いまでこそ、「大きなお友達」だのなんのと過小評価されて、年上好みなどと並べて風変わりな性癖の一つだと過小評価されているきらいもあるが、少なくとも1970年代においてロリコンや幼女趣味は(そして、僕はいまでもそうだと思うが)精神異常の一種だと思われている。同世代の子供までいるような、いい歳をした大人が、自分の子供くらいの、しかも小学生に欲情するというのだから、キチガイだと見做されても当然であろう。なので、そういう異常な人間なのだからリスクなんて頭になかったというわけである。しかし、これは推理小説の性格設定としてあまりにも安易だ。他でも指摘したことだが、もし桐原洋介がそのような人物として描かれているのであれば、「妖艶」な女性というだけで冷静な判断力を失うテンプレ男のように、いささか『白夜行』の登場人物は思考や行動がテンプレ的であり、悪い意味での「記号的」な人物だと言えまいか。

[未完]

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年表

  1.  
  1. 1960年
  2. 桐原洋介と弥生子、結婚。
  1. 1962年
  2. 桐原洋介と弥生子の長男、桐原亮司が誕生。
    西本秀夫と文代の長女、西本雪穂が誕生。
  1. 1963年
  2. (亮司・雪穂:1歳)
  1. 1964年
  2. (亮司・雪穂:2歳)
  1. 1965年
  2. (亮司・雪穂:3歳)
  1. 1966年
  2. 西本秀夫(西本文代の夫、西本雪穂の父)が事故死。
    (亮司・雪穂:4歳)
    新海武雄と新海澄子の長女、新海美冬が誕生。
  1. 1967年
  2. 松浦 勇、離婚。
    (亮司・雪穂:5歳、美冬:1歳)
  1. 1968年
  2. 松浦 勇、質屋「きりはら」で勤め始める。
    寺崎忠夫、協議離婚。
    (亮司・雪穂:6歳、美冬:2歳)
    作品と関係ないし、どうでもいいことだが、僕の生まれた年である。
  1. 1969年
  2. 亮司・雪穂、大江小学校に入学。
    (亮司・雪穂:7歳、小学校一年生、美冬:3歳)
  1. 1970年
  2. (亮司・雪穂:8歳、小学校二年生、美冬:4歳)
  1. 1971年
  2. 4月、桐原洋介殺害事件の七階建てビルの建設が中止される。
    (亮司・雪穂:9歳、小学校三年生、美冬:5歳)
  1. 1972年
  2. 西本秀夫の七回忌。西本雪穂が唐沢礼子と初めて会う。以降、礼子に茶道を習いにバスで通う。
    (亮司・雪穂:10歳、小学校四年生、美冬:6歳)
  1. 1973年
  2. 美冬、新三条小学校に入学。
    10月、桐原洋介 (52歳) 殺害事件。
    11月、寺崎忠夫の事故死。
    (亮司・雪穂:11歳、小学校五年生、美冬:7歳、小学校一年生)
  1. 1974年
  2. 5月、西本文代(36歳)のガス中毒死(事故として処理)。
    雪穂、唐沢礼子の養女となり唐沢姓となる。
    (亮司・雪穂:12歳、小学校六年生、美冬:8歳、小学校二年生)
  1. 1975年
  2. 桐原弥生子、「きりはら」を出て上本町で喫茶店を営む。
    亮司、大江中学校に入学。
    雪穂、清華女子学園中等部に入学。
    (亮司・雪穂:13歳、中学校一年生、美冬:9歳、小学校三年生)
  1. 1976年
  2. (亮司・雪穂:14歳、中学校二年生、美冬:10歳、小学校四年生)
  1. 1977年
  2. 清華女子学園中等部の藤村都子が襲われる。
    (亮司・雪穂:15歳、中学校三年生、美冬:11歳、小学校五年生)
  1. 1978年
  2. 桐原弥生子、喫茶店を廃業して天王寺でスナックを営む。
    亮司、集文館高校へ入学。
    雪穂、清華女子学園高等部へ入学。
    (亮司・雪穂:16歳、高校一年生、美冬:12歳、小学校六年生)
  1. 1979年
  2. 亮司の同級生である園村友彦と付き合っていた花岡夕子がホテルで死亡。
    亮司、友彦、西口奈美恵が『無限企画』を開業してソフトウェアを通信販売する。
    (亮司・雪穂:17歳、高校二年生、美冬:13歳、中学校一年生)
  1. 1980年
  2. (亮司・雪穂:18歳、高校三年生、美冬:14歳、中学校二年生)
  1. 1981年
  2. 亮司、同居していた母親の元を離れる。
    雪穂、清華女子大学(豊中市)へ入学。
    雪穂の友人の川島江利子が襲われる。
    雪穂と高宮 誠が交際を始める。
    (亮司・雪穂:19歳、美冬:15歳、中学校三年生)
  1. 1982年
  2. 大都銀行昭和支店に勤める西口奈美江が名古屋で殺される。
    (亮司・雪穂:20歳、美冬:16歳、高校一年生)
  1. 1983年
  2. (亮司・雪穂:21歳、美冬:17歳、高校二年生)
  1. 1984年
  2. (亮司・雪穂:22歳、美冬:18歳、高校三年生)
  1. 1985年
  2. 美冬、西南女子大学に入学
    雪穂、高宮 誠と結婚。
    12月、松浦 勇が殺される。亮司、消息を絶つ。
    (亮司・雪穂:23歳、美冬:19歳)
  1. 1986年
  2. 雪穂、南青山に輸入服と雑貨の店(『R&Y』)を共同で開く。
    (亮司・雪穂:24歳、美冬:20歳)
  1. 1987年
  2. 南青山の店が高宮 誠の名義となる。
    笹垣が桐原弥生子との会話から桐原洋介の幼女趣味を初めて知る。 (亮司・雪穂:25歳、美冬:21歳)
  1. 1988年
  2. 雪穂、高宮 誠と離婚。
    (亮司・雪穂:26歳、美冬:22歳)
  1. 1989年
  2. 3月、美冬、西南女子大学を卒業。
    4月、美冬、新卒採用で WDC に入社する。
    今枝が菅原絵里と『R&Y』を訪れる。
    美冬、WDC を退職。
    (亮司・雪穂:27歳、美冬:23歳)
  1. 1990年
  2. (亮司・雪穂:28歳、美冬:24歳)
  1. 1991年
  2. 探偵の今枝直巳が失踪。
    (亮司・雪穂:29歳、美冬:25歳)
  1. 1992年
  2. 10月、雪穂と篠塚康晴が結婚。
    康晴の前妻の娘、美佳が襲われる。
    12月末、『R&Y』大阪一号店オープン。同日に、桐原亮司が自殺。
    (亮司・雪穂:30歳、美冬:26歳)
  1. 1993年
  2. 曽我孝道、大阪本社から東京支社へ異動。何かのきっかけで新海武雄から家族写真を受け取る。『ホワイトナイト』へ出向いて、スカーレットと会う。
  1. 1994年
  2. 『ホワイトナイト』は閉店し、新海美冬はスカーレットとロンドンへ旅立つ。
  1. 1995年
  2. 1月、阪神淡路大震災、発生。
    新海武雄、新海澄子が死亡(新海美冬は身元不明者か?)
    「新海美冬」と水原雅也が西宮の被災地で出会う。
  1. 1996年
  2. 1月、曽我が西宮へ出向く。アサヒハイツのオーナーから渋谷区幡ヶ谷のマンションの住所と電話番号を知り、幡ヶ谷のマンションで中野に話を聞く。三日後、1994年に美冬より届いた年賀状を中野から受け取り、新海美冬の緊急連絡先だった三田のマンションに住んでいた整形後のスカーレットと再会する。(このことを恭子に話す)
    4月15日、曽我が雅也に殺害される。
  1.  

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参考文献

Chang Tzu-Yin (張 姿吟)

2010

「東野圭吾的推理小說研究 -以《白夜行》為中心-」, 中國文化大學外國語文學院日本語文學系碩士論文(Master of Thesis, Graduate School of Japanese Language and Literature, College of Foreign Language and Literature, Chinese Culture University), December 2010, https://irlib.pccu.edu.tw/handle/987654321/20348, retrieved on September 18th, 2026.

[東野, 2002: 203f.; ch. 3, 8] の件について、「彼女こそ桐原亮司のAB型の精液を花岡夕子の膣内に射精させた可能性が高い」と解釈しているが、「入っていた、という表現が引っかかった」[東野, 2002: 204; ch. 3, 8] という箇所を正確に取れば分かるように、これは射精した精液を花岡夕子の膣内に「入れた」と解するべきであろうから、「彼女」つまり高校生の雪穂が亮司に命じて夕子を屍姦させたのではなく(友彦はそう思い込んで亮司に恩義を感じるようになったと描写されているが、これも本作品で頻繁に使われる人の思い込みである)、亮司から別の方法で精液を採取したと解するのが妥当だと思う。つまり、作品に描写されていない裏で雪穂と亮司はそのていどの共同作業をやっていたということになる。また、この論文では雪穂の人柄について、上昇志向や拝金主義が幼い頃の貧しい暮らしへの劣等感から来ているのだろうという今枝の想像を雪穂の人間像として解説しているが、僕はこれも本作品における、「登場人物の思い込みによって犯人像が歪んでいく」(あるいは彼らを理解できないままでいる)一例だと思う。

馳 星周 Hase Seishu

2002

「解説」in [東野, 2002], pp.855-860.

東野圭吾 Higashino Keigo

1998

『あの頃ぼくらはアホでした』, 集英社文庫 ひ-15-2, 集英社, 1998 (1st., 1995).

東野圭吾氏の幼少時代から大学生時代までを綴ったエッセイ集である。[東野40, 2025: 103] で「これを書いたことによって、『白夜行』の世界観ができてきたことは大きな収穫でした」と言われているので、確かに『白夜行』の舞台を理解するために幾らか参考になる箇所はある。しかし、本書はどちらかと言えば陽あるいは光の部分を描いていて、『白夜行』に反映された陰あるいは影の部分を本書から「東野圭吾自身の体験」として想像することは不可能である。実際、読めばすぐ分かるように、東野圭吾氏は食うに困るような貧困家庭に生まれ育ったわけではなく、同級生や周辺の色々な家庭なり家族とのやり取りという記憶や経験を利用しているのだろうと推測できるだけだからである(でも、だからいけないとか、『白夜行』で描かれる貧困家庭の生活を想像させる描写はお涙頂戴のお膳立てに過ぎないなどと言う必要はないと思う。自分自身のこととして体験しなければいけないなどと言っていたのでは、フィクションの小説なんて誰も書けないからだ)。

2002

『白夜行』, 集英社文庫 ひ-15-5, 集英社, 2002 (1st., 1999).

2007

『幻夜』, 集英社文庫 ひ-15-7, 集英社, 2007 (1st., 2004).

東野圭吾作家生活40周年実行委員会 (eds., 文中では「東野40」と表記)

2025

『東野圭吾公式ガイド 作家生活40周年 ver.』, 集英社文庫 ひ-17-A2, 集英社, 2025.

東野圭吾氏の作家生活40周年を記念して、過去に発表された色々な雑誌などでのインタビューや対談を集めたファン・ブックだが、ご承知のとおり一年後に東野氏は亡くなってしまった。このため、『白夜行』と『幻夜』について東野圭吾氏が公に語った資料としては最終版と言ってよいだろう。特に『白夜行』のプロットについて、他の作品との関係も語られていて参考になる。

狩谷 新 Kariya Shin

2012

「メディアミックスによる小説世界の変化:東野圭吾の主人公描写」, 『大分県立芸術文化短期大学研究紀要』, Vol.49 (March 2012), pp.135-144, https://geitan.repo.nii.ac.jp/records/1431, retrieved on September 18th, 2026.

黒川博行 Kurokawa Hiroyuki

2007

「解説」in [東野, 2007], pp.780-786.

杉江松恋 Sugie Matsukoi

2011

「開かれた〈隙間〉に入りこむ悦び」, 『青春と読書』, No.422 (September 2011), 集英社, https://seidoku.shueisha.co.jp/1109/try01_sugie.html, retrieved on September 17th, 2026.

大野雅子 Oono Masako

2021

「「なりすまし」にはかなり無理がある:東野圭吾の『白夜行』と『幻夜』において、テクストの空白を埋めるものは何か」, 『群系』, No.47 [後期] (2021), pp.103-118, https://researchmap.jp/read0030670/published_papers/40400389, retrieved on September 18th, 2026.

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