Scribble at 2026-01-25 17:52:53 Last modified: 2026-01-25 17:59:03

たとえば、この世の中に全ての人が知っておかなくてはいけないことだとか、全ての人が必ず学ぶべきことなんてもんは無い。この一点からだけでも、世の中に溢れかえっているゴミクズみたいな投稿や広告の大半を無視したところで、人として何かが欠落したり不足するわけではないという見識に到達できる。ここまで、はっきり言って小学生レベルでも教えられることだ。したがって、小学生の諸君でもクズ同然の大人がスマホでせっせと入力している大多数の投稿を無視し、黙々と勉強したり趣味に打ち込めるわけである。

「全人類必見!」などと、暇潰しだかセコい小銭稼ぎだかで投稿している馬鹿な大人なんて、鼻で笑って視界から抹殺できるのだ。まったく、これこそが生産性や合理性というものの本質であろう。馬鹿は(知的な意味で)抹殺するのが有意義な人生を送る秘訣であろう。書店に並んでいる数千円の自称哲学書なんて、わざわざお金を払って買わなくても、こういう見識を得るだけで多くの時間とお金と神経を守って人生を過ごせるのだから、これをやるかやらないかを小学生のときに決めるのは重大だ。ぜひ、親は子供にこういう単純なことを教えるべきであろう。たぶん、情報セキュリティという点でも危険を回避するための有益なアドバイスになるはずだ。僕なんて、企業の部長として、問い合わせフォームへ対応したことなんて一度もない。たいていはゴミのようなクラウド・ワーカーや営業マンのコピペを読まされるだけだからだ。

もちろん、こういう議論や判断も、必ず全ての人にとって正しいとは限らない。でも、そんなことは実はどうでもよい。哲学は普遍的なことがらを対象として考察する営為ではあるが、別に全ての人にとって有意義なことだとか、人であれば必ず考えるべきことを扱っているわけではないからだ。全ての他人においても正しいことだけをやらなくてはいけないなんてことは、もともと哲学や思想の目的ではないのだ。

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