Scribble at 2025-08-06 10:33:56 Last modified: 2025-08-06 10:34:47

弊社はコロナ禍が始まった2000年の春頃には、すでに就業規則も改定して、リモート・ワークを導入していた。なので、20年近くも赤字が続いているというのに、全ての従業員にノート・パソコンやモバイル・ルータを貸与して使ってもらっている。でも、こんなの中小企業なら BYOD が当たり前で、ネット・ベンチャーに勤めていながら業務に使えるスペックのパソコンすら自宅に持っていないなんて、仕事を舐めているとしか思えない。なので、僕はこういう上場企業の猿真似みたいな福利厚生や環境整備には役職者として反対しているのだけど、こういうことはパワハラと見做される時勢でもあろうから、こういう場所で書くしかないわけである。

もちろん、僕は昭和時代の精神論を掲げているわけではない。昭和なんて未熟で馬鹿な人間たちでも食っていけたラッキーな一時期にすぎず、たかが1960年代から1990年代くらいまでの30年間ていどの幸運な状況にあぐらをかいていた「ものづくり馬鹿」やクレイジーな働き方の人々が、凡人の分際で都内に一戸建てが買えたりした例外的な時期を当然だと思い込んでいるだけのことだ。また、こういう人々のノスタルジーを利用してものを売ってきた、電通や博報堂の人々にしても、本当ならたかがメモ帳一つに「ほぼ日手帳」のようなコストをかけることなどキチガイじみているというのに(メモ帳に3,000円とか、大半の国では大金持ちか貴族のやることだろう)、なにかそれが豊かな生活、あるいは豊かな「精神性」の証であるかのように吹聴し、また国内の自称哲学教員や自称思想家や自称評論家どもも、こうした時流に乗っかって過剰な装丁や品質の高額な哲学書を売り歩くというビジネスに依存してきたわけである。

しかし、だからといって何でもかんでも上げ膳据え膳で用意してやるのが「Z 世代に最適化されたマネジメント」であるというのも、これも嘘だ。そういうのは、マスコミに取り上げられるようなことを X などで喚いている、一部の馬鹿なガキ(あるいは広告代理店や人材紹介業の下請けバイトの投稿だったりする)のパフォーマンスをマスコミが利用しているにすぎない。ガキなんかに、他の国や時代とは異なる独特の「個性」や「想像力」なんてあるわけないだろう。その殆どが凡人にすぎないのだから。凡庸な親に育てられて育った凡庸な人間の大半が、インターネットなどというテクノロジーがあるていどの条件で、それまでの時代の若者とは隔絶した何かをもっているなどというのは、IT 業界の人間が書く些末な HR のビジネス書やラノベの読みすぎである。

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