Scribble at 2026-08-18 18:53:05 Last modified: unmodified
画像生成 AI の現状について思うところを述べておくと、カジュアル・ユーザが自分のパソコンで画像を生成させて利用するというシーンを想定する限り、新しい技術や拡散モデルの普及、それから作成技術なりプロンプトのなどの技法の向上については、おおむねピークを越えたと思う。もちろん、まだまだ色々な新しいアーキテクチャで開発される拡散モデルはリリースされるだろうし、技術的な進展は続くのだろう。でも、その多くはいまだに単純なスケーリング則に従っており、新しくて高性能なモデルを導入するための要求スペックは、大多数のカジュアル・ユーザの所有しているパソコンを遥かに上回っているし、また要求スペックを満たすために必要なパソコンの価格は、一般人が生活や仕事の道具として購入する際の予算の枠を明らかに超えている。
ローカル・コンピュータで運用する生成 AI モデルのコストと用途に最適化された動作条件とか画像のクォリティを考えると、大多数のカジュアル・ユーザが30万円以下で買えるくらいのパソコンで作った画像を、パソコンの壁紙、ブログ記事のヘッダ画像やキー・ビジュアル、自営業者が店内で掲示するポスターやポップなどに使うイラスト、会社員がプレゼン資料や教材などへ添付するイラストや図表、それから実はローカル・コンピュータで画像を作る最大の目的と言われている中高生の夜のオカズなどなど、こういったカジュアルな用途で画像を生成するに当たっては、既に現行の技術や技法などで十分なクォリティが達成されていると考えてよいと思う。
このようなわけで、既にここでは説明した話だが、これから生成 AI の解説記事を当サイトに掲載するに当たっては、photorealistic な風景写真のような画像については Krea 2 や FLUX.2 などをベースに解説すれば十分だろうし、イラストについては Illustrious XL 系統、あるいはせいぜい Anima 系統をベースに解説すればいいと思っている。これらを超える性能(つまり、これらの要求スペックを超えるマシンを必要とするという意味でもある)のモデルをベースに解説したり、あるいは今後も続々と登場するハイ・スペックなモデルに追従するような記事を目指すのは、少なくとも僕らのようなカジュアル・ユーザが自分のパソコンやタブレットやスマホなどで利用するくらいの品質という現実的な条件のもとで考えるだけでいいなら、過剰でもあるし、或る意味では無意味とも言える。自分のパソコンで動かしようがないスペックの生成モデルについて何を知っていようと、それは単なる学術的な興味がある人だけの話題にとどまるわけであり、そういう話題に対応したいと思ってカジュアル・ユーザの範囲を超えたパソコンを買ったり、あるいは AI を研究する学科へ入学したり、AI 企業に入るのは好き好きだが、そういう人たちを基準にしたり想定して記事を書く必要があるとは思えない。
実際にローカル・コンピュータで画像を作っている人なら分かっていると思うが、特にアニメや漫画のイラストについては夥しい数の描画スタイルを模倣する LoRA ファイルが出回っていて、それこそジブリや新海誠や京アニなどのキャラとそっくりに人物を描けるし、解像度も 2048 ピクセル以上が出せるから、ほぼ印刷物の入稿データとしても使える品質になる。アニメのセル画、というか i2v モデルの reference として使えるとまでは言わないものの、静止画のクォリティとしては個人の環境で楽しむクォリティを遥かに超える画像が作れるようになったのである。もちろん、これに関連する法的な問題について述べておくと、基本的に描画スタイルに著作権はないというのが法理である。けれど、スタイルの LoRA を作成するために教師データとして既存の作品データを使うことが、著作権法第30条の4で無条件に除外されているわけでないのは確かだ。つまり、LoRA を販売目的で作成するとか、あるいは Civitai などで BUZZ と引き換えにリクエストされて LoRA を制作するような場合は、著作権の侵害だと考えるべきだろう。何度も言うが、画像生成 AI について色々なブログや SNS やメディアで語っている連中が Civitai のようなサイトをデファクト・スタンダードのリソースやメディアのように扱っていようと、まともな法律の知識があれば、あれはどう考えても Pixiv や Deviant Art や Danbooru などのような「アングラ」サイトでしかなく、日本においては遅かれ早かれ風営法の対象になるアダルト・サイトの一種だと見做されるかもしれない。もっとはっきり言えば、Civitai などのサイトを利用するのは後ろめたいことだという常識が青少年に教えられなくてはいけないだろう(というか、そういうサイトだからこそ中高生は鼻息を荒くしてアクセスするわけだ)。
その LoRA については、既に制作のノウハウが大量に出回っていて、クラウドに自前のシステムを構築してトレーニングを自動化している人までいるようだ。結局、大規模に開発されている生成 AI と事情は同じであって、LoRA をトレーニングするために必要な素材つまり教師画像を集めて、適切なタグをつけてセマンティックを整備することを延々とやっていれば、これからも既存の拡散モデルを LoRA によって補正したり、描写する内容や描写方法を LoRA で追加することができる。もちろん、異なる LoRA の効果を重ねすぎてもリスクはあるが、そのうち LoRA の効果を調整してくれるような技術も開発されるであろう(たとえば、特定の用途で使う LoRA が効果を発揮するレイヤーだけを「ブロック」として特定して効果を加えるといったことは、既存の技術の範囲でも可能だ)。
そして、残るはプロンプトの問題だ。最新の画像生成 AI モデルが、特にローカルで画像を作っているユーザに普及しているとは言い難い。要求スペックが高いという理由もあるにはあるが、最も大きな理由として「自然文をプロンプトとして組まなくてはいけない」という、高性能なモデルの柔軟さにある。もちろん、日本は特に大半のカジュアル・ユーザが自力で自然な英語の文を読み書きできないわけであって、これまで画像を作ってこれたのは、キーワードをカンマ区切りで羅列するというフォーマットだったからだ。つまり、Anima のような自然文の扱いが得意なモデルは、逆に言えば従来のキーワードを羅列するようなプロンプトには反応が鈍いという特徴がある。これは、英語でいくらでも書けるアメリカのユーザであろうと単純に面倒臭いという問題になる。しかもキーワードだけで反応するわけではなくなるので、何が正解であり、何が最適な表現なのか、実は拡散モデルをリリースしている側も分かっていないという事情がある。なので、プロンプトの作成ガイドといったドキュメントでも、具体的にこういうフレーズやキーワードを使えばいいとは書きにくく、定性的でニュアンスに依存した説明の仕方をするしかないという状況になっている。いかにも日本のカジュアル・ユーザには(というか、こうなってくるとプロのデザイナーにとっても)敷居が高いということになる。
確かに、Illustrious XL 系統のモデルはキーワードの羅列でプロンプトを組めるが、そのフォーマットの是非については、いまだにきちんとした体系的な解説ができている実例はない。これは、キーワードの効果がモデルによって異なるからでもある。特に、出回っている拡散モデルはオリジナルのモデルからの派生データをマージしており、既存のモデルがもつテンソルの重みや特徴量というセマンティクスに、必ずしも「良い」影響だけが加わっているとは限らない。恐らく、マージしている当人ですら、全てのキーワード(の組み合わせ)について効果がどう変わるのかを検証などしていないし、組み合わせの数から言って検証など不可能だろう。もちろん、決定論的ではない要素もあるから、安定した結果が出る保証もない。というか、それをキーワードの使い方や重みの調整という不確定なパラメータに頼らず、可能な限りで安定的に補正したり強化するのが LoRA なのだが、先にも説明したとおり LoRA も複合的な効果で結果に悪い影響が出ることもあるから、常に安定的な結果が出るわけでもない。
いまのところ、こうしたことがコンピュータ・サイエンスという科学としても実験や検証として不足している状況にある。なので、現時点の技術をベースに解説することも十分にこれからの技術を考えるうえで有益な足掛かりになるはずだ。