Scribble at 2022-04-05 16:35:45 Last modified: unmodified
大阪市立大の宮田真人氏らをはじめとする47チームが集まって、「これまでに見つかったすべての運動能の起源と進化」についてのモデルを提案したという。あまり見慣れない言葉だが、「運動能」とは細菌の鞭毛が動いたりする何らかの効用を持った〈動作〉の機構をもつことを指している。かなり言い回しがややこしくなっているのは、もちろん安易な teleological explanation を避けるためであり、加えて説明が特定のアプローチや理解に偏向したり論点先取を導くような loaded language を避けるためである。
それにしても、これまで運動能は四つだけに分類されてきたらしく、この研究成果によって分類は18に増えたという。それだけ分類の指標が精密になったり、分析にあたって援用される理論が概念として厳密になったのだろう。とかく通俗的な科学の話では(こういう通俗化に科学哲学者は責任をもっていない)単純化だけが〈良いこと〉であるかのように錯覚されることが多いため、このような成果を利用できることは強い興味を掻き立てられる。発表者のけったいな格好もおもろいし。そして、こういう研究をとおして「生物物理学」という分野というかアプローチというか切り口があることも分かって面白い。既存の分野とか研究領域に制約されない視野をもたらしてくれる。そもそも「学際的」とか「分野の横断」なんていう理解や表現からして、既成の(場合によっては大学の教育制度としてしか通用しない)研究分野を ready-made な決まり事のように理解するからいけないのだ。研究分野やそれらの対象ですら、人が自ら構成している区画や相違にもとづくものであり、それを軽視する必要はないものの、何か固定されているかのように思い込むのは自然主義的な誤謬というものであろう。