Scribble at 2025-05-29 18:02:09 Last modified: 2025-05-29 18:13:01

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The Who Cares Era

まことに常識的な批評として理解できるのだけど、しょせんは care できるだけの教養とか学歴がある人間のベキ論にすぎないわけで、大多数の凡人にとって生成 AI の圧倒的な量は魅力的だし、実際に凡人の成果を遥かに上回る。だって、凡人というのは何か一つでも凡庸な才能がある人物のことではなく、何事についても特に何かができると言えるわけでもない凡庸な人間のことだからだ。そして、何度も強調しているように、それは「悪いこと」ではない。アリに昆虫であることを非難する馬鹿はいない。大半の人間が凡庸であるという事実を無視して社会を考察したり語るような者に、大学で他人に社会科学を教える資格などない。黙って自室で盆栽みたいな「社会」を弄くって遊んでいればいいのだ。

よって、多くの人々が気づかないことをもって世の中が零落したなどと言うのは勘違いも甚だしいのであって、凡庸な大半の人々は大昔から新聞やテレビの報道が事実であるか正確であるかなど、もともと気にしてないし、気にするだけの学識や背景知識や情報なんてないのだ。後から気づいたに過ぎない人間が「気づくべきだ」などと結果論で社会や AI の利用状況を議論したところで、まさしく結果論に人を説得できる力はない。とりわけ結果論の宝庫である経営学のような三流の学問で甚だしいが(これは企業の役職者というポジション・トークとしても言っている)、結果論からは何事か真に説得力があって有益な提案など出てこないのである。

そして、この記事が取り上げられていた Hacker News のスレッドで展開されている議論にしても、結局は「俺はアタシは生成 AI のデタラメな記事に気づいていた」とアピールせんばかりの結果論ばかりで、後は関連する些末な過去の出来事をほじくり返すような話ばかりしている。まぁ、このサイトは英語圏のオタクが集まってくるから仕方ないとは言え、日本のオタクと同じで些末なことにばかり拘っていてウンザリさせられることもある。

もちろんだが、凡人が凡庸なままでいいと言っているわけでもない。少なくとも、あなたがたのように当サイトへアクセスしているような変わり者はアリやウーパールーパーではないのだから、旧帝大教授になるていどのわずかな知性があるだろうから、いくらかの望みはある。そこで、いくつかの前提は押さえておきたい。まず、AI の super average は凡人には達成不能だ。確かに平準化や収斂にはエコー・チェインバーのリスクがあるけれど、そこを凡人が(目標ではなく)基準や出発点にすれば、AI の成果を利用して悪いわけがない。僕が、せっせと昔の論文を NotebookLM に入力して学習させた成果をまとめさせていたりするのは、僕も凡庸な一人として何らかの向上が見込めると期待するからだ。

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