Scribble at 2026-05-22 19:32:06 Last modified: 2026-05-22 20:30:54
「日本の古本屋」というサイトで購入したので、アマゾンの URL は割愛する。
画像生成 AI で風景写真のような画像を大量に作っているという経緯があって、風景、風景写真、あるいは風景画の歴史だとか解釈などについての論説に目を通す機会が増えた。というか、そういう書籍を求めるようになったのだから、ごく自然なことでもある。そして、伊藤俊治氏の『増補 20世紀写真史』(ちくま学芸文庫、2022)の中で言及されている、ケネス・クラークの『風景画論』に興味があったので、佐々木英也氏による翻訳(岩崎美術社、1967)と原文を手に入れたのだった。そして、さっそく翻訳から読み始めてみると、いきなり序文におかしな文章がある。
「[...] ラスキンやサー・ヘンリー・アクランドの考えによれば、教授は学生に対して美術史概説を細かに教示すべきものではなく、様式批判とか図像学といった問題に精通さすべきであった。ラスキンの言葉を借りるなら、『芸術に対してわがイギリスの青年に幾許かでも興味を抱かせる』ことがこの講座のねらいだったのである。」
若い人々に興味をもってもらうことが目的なのに、美術史ではなく様式批判や図像学を教えたらいいというのは変だ。そもそも芸術に興味がない若者なら、様式批判なんていうインテリの議論にも興味はないであろう。図像学にしても、これは宗教的なシンボルなどを研究する分野であるから、若者が美術史よりもこれに興味を率先して抱くとは考えられない。ここを読んだときに、嫌な予感がしたので、原文を眺めると、即座に誤訳であると分かった。原文はこうである。
"Its founders, Ruskin and Sir Henry Acland, did not intend that the professor should give his pupils a detailed survey of the history of art, or should make them proficient in such branches of the subject as stylistic criticism and iconography. They intended, in Ruskin's words, that he should 'make our English youth care somewhat for the arts'."([河本訳:] この講座を立ち上げたラスキンとヘンリー・アクランド卿は、教授が学生に美術史の詳しい研究成果を教えるべきだとか、あるいは学生を美術史の各分野である様式批評や図像学に精通させなくてはならないなどとは意図していなかった。彼らが意図していたのは、ラスキンの言葉を借りると、教授がやるべきこととは「イングランドの若者がいくらかでも芸術に関心を払ってくれるようにする」ことだったのだ。)
どこが違うかは敢えて言う必要もないと思う。こういうわけで、この翻訳は後に改訂版が出ているし、皮肉にも『増補 20世紀写真史』と同じく「ちくま学芸文庫」から再刊されているのだが、こういう誤訳が修正されているのかどうかは知らないし、はっきり言って同じ翻訳を何冊も買う気はないからどうでもいい。ともかく、この訳書は原文と照らし合わせながら読まなければ危険だということが冒頭からわかっただけでもラッキーだったということだ。