Scribble at 2026-04-08 12:42:28 Last modified: unmodified

MD の方で投稿しているが、最近は AI に書かせたような短絡的・画一的な議論をする論文が散見される。あるいは、本当にホルクハイマーの言う理性の失墜が哲学のプロパーにも起きていて、僕が以前から指摘しているように「シンギュラリティは凡人が生成 AI の単なるユーザになることで、逆に人の知性が劣化して起きる」という皮肉を、あろうことか哲学の学界において達成してしまうことになるのだろうか。

もちろん、竹尾先生がいたころの関大千里山中央図書館に収められていた多くの雑誌のバックナンバーを、書庫にこもって創刊号から手当たり次第に眺めてきた経験から言って、大半の論文はどうでもいいものだが、どうでもよくない論文に限って読まれていないという事実もあるのは知っている。たとえば分析哲学のプロパーで、イアン・ハッキングの "What is Logic?" という論文があることを知ってて目も通した人は、どれくらいいるだろうか。科学哲学のプロパーでも、有名な Frederick Suppe の The Structure of Scientific Theories というアンソロジーを手にしたことがある人は? 実際には、何を読むべきかという情報を持っていたり、何を読むべきかについて的確な判断をしていなければ、どれほど記憶力がすぐれていようと意味がない。それは AI も東大暗記小僧も同じである。

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