Scribble at 2026-03-18 18:56:58 Last modified: 2026-03-18 18:59:41

いやぁ、ほんとうにしんどいし、でも面白いし、困惑させられることが多いのだけれど、この宇宙なり世界について考える哲学、そして哲学という営みをしている当のヒトというものについて、いまだに興味や関心が尽きることはない。

僕は、はっきり言ってそれだけで哲学するに十分だと思っていて、逆に言えば、こういうことにストレートな関心もないし、こういうことを考えなくてはいられないような動機とか事情もなくて、やれジャズの分析哲学だ、動物の権利だ、ガン患者のケアだ、AI の科学哲学だと、暇潰しにイベントや通俗本や科研費の報告書をせっせと手掛けている、「哲学ゴロ」と言ってもいいような教員とか出版関係者というのは、アイビーリーグや東大の博士号をもっていようと、しょせん哲学的な無能としてやれることしかできないという実情には同情を禁じ得ないけれど、やはり僕とは何のかかわりもない連中だなという気がする。もちろんプロパーから見ればアマチュアなんてカス同然ではあろうが、まことに皮肉なこととして、哲学的に言って、君らだっていてもいなくてもどうでもいいのだ。

これまでも述べてきたように、通俗本には僅かではあっても実質的な悪影響というものがあるから、もっと昔(それこそ馬鹿げた妄想をバラまく古代史の小説や通俗本を罵倒していた、僕が中学生の頃)のように色々な場面で叩き潰す努力をした方がいいのかもしれないが、もうそんなことはどうでもいい。これも、当サイトを今年中に閉じる理由の一つだ。そろそろ「終わり」が見えてきている僕自身の人生はもとより、僕が哲学することに悪影響さえなければ、ゼロ算術でなくともカスみたいな影響がどれほど積み重なろうと、重大なリスクにはなるまい。そして僕が思うには、そういうリスクが甚だしい結果をもたらすよりも先に人類は滅亡すると思うし、価値観として以前にそうなる他にないだろうというのが、人類史スケールでものを考えている保守主義者としての僕の見立てだ。言っておくが、僕が使う「保守」という概念に、人類の存続などという愚かな観念は含意されていない。

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