Scribble at 2026-07-03 07:16:06 Last modified: 2026-07-03 08:02:52
米教育省の「公民権データ収集(CRDC)」の最新データ公開が6か月遅延しており、トランプ政権による公民権関連業務の再編・縮小と重なって、教育の公平性を監視する仕組みが弱体化する懸念が高まっているという報道だ。そもそも、こういうデータを集めてアーカイブしようという気すらない、ジャパンとか呼ばれているアジアの辺境国家では、たとえば地元の個人とか大学の研究者がやっている事例もわずかにあるのだけれど、やはり独立した機関が安定した財務力のもとでやる方がいい。そして、イデオロギーや政争と関係なく活動できることが望ましい。
この CRDC というのは、全米の公立学校でのハラスメント・インターネットアクセス・障害学生の扱いなどを記録する重要な統計資料だ。50年以上にわたって、学校の公民権保護の状況を記録して政策判断の基盤となってきた。ちなみに "CRDC" で検索すると「自然災害時に債務の返済を一時猶予する国際的な金融・経済の仕組み」だとか「がん研究データコモンズ」などの略称にもなっているようだが、ここで言っているのは "the Civil Rights Data Collection" (civilrightsdata.ed.gov) のことだ。で、トランプ政権は教育省の公民権関連業務を縮小し、既にイーロン・マスクがあれこれやったように DEI(多様性・公平性・包摂)関連の取り組みを抑制して教育省の職員数が半減するなどの影響がこういうところにも表れているわけだ。
自分たちの政治や行政に不足や欠陥があることを、まさしく課題としてはっきりさせて対策しようとする姿勢が失われるのは、もちろん政治や行政の影響を被る国民にとって重大な懸念だ。自分たちが送り出した代議士が何をやっているのか、何をやったのかが分からなくなるのだから、これでは投票という機会に正しい判断ができない。ましてや行政なんて国民の手が届かないところで勝手なことをやれるのだから、少なくとも彼らが何をやって何をやっていないかは公にしておく必要がある。欧米はそのようなことに多くのリソースを確保してきたわけだが、いまやアメリカは色々な制度において15世紀あたりの王政と変わらない状況にまで後退してしまった印象を受ける。
そして、根本的に思想や制度としてそういうリスク(つまり、ああした夜郎自大が育ってしまうどころか大統領になってしまうという、およそ公教育や社会科学が全力で阻止・抑制しなくてはいけなかったはずの深刻なリスクだ)を数百年の蓄積でも回避できなかった社会科学という学問や社会思想を語る著作物について、僕はかなり失望しているのである。もちろん、事態はこれらを扱う人の問題と言うべきであって、著作物に書かれているテキストや内容には可能性があるのかもしれない。だが、責任を人や「社会」に転嫁したところで何にも解決しないということを、僕は日本で何回も「よみがえるマルクス」みたいな話を繰り返す東大の商売人どもに言いたいわけだよ。