Scribble at 2025-07-16 08:26:23 Last modified: 2025-07-18 20:19:40

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20 most significant programming languages in history

こうやって古典的なプログラミング言語を見ていると、まぁ僕自身が年をとったという意味でもあるのだが、古い言語にばかり関心があるような気がする。たとえば、いまになって Prolog を勉強しようかなと思ったりするからだ。それにしても、細かい事実だけを取り上げてみても、色々と感慨深い。Perl が C++ どころか Erlang よりも(わずか1年ではあるが)新しい言語だったというのが意外だし、Objective-C も古い言語であることに驚く。

そして、日本では一部の評論家などが1989年という年を特別な意味があったと言う傾向にあるのだが、1989年は僕が大学へ入った年でもあるから、こういうメジャーで古典的なプログラミング言語を勃興期から学んだり、解説などを含めたコミットメントのチャンスがあったのだ。でも、僕は学部から修士課程にかけての時期はワープロしか使っていなかったし、そもそもパソコンなんて高いし普及もしていなかったし、おまけにインターネットがなかったのだから、貧弱なスペックのパソコンで当時のプログラミング言語を扱う意味がなかったであろう(コンピュータ・サイエンスの研究者を志望していたら、大学で十分に運用できるリソースはあったと思うが、一般人の生活や仕事には殆どコスト・パフォーマンスという点から言っても活用は難しかったと思う)。

それから、常時接続が普及するよりもずっと前の1990年代に、現在も使われている言語がほぼ出揃っていたこともわかる。なんだかんだ言っても、C 言語が登場してから数えても50年とちょっとなわけだし、まだまだプログラミング言語なんて理論としても実装としても開発実績から言っても、たかだか50年なんて「勃興期」とすら言える。

ついでに言えば、哲学は古代のギリシアから数えて約2,500年くらいの歴史があると言われているけれど、これですら宇宙なり世界の理や事実を調査したり探求するという漠然とした課題からすれば、まだその端緒に就いたばかりだとすら言っていいと思う。ミレトス学派から、いまをときめくサバイバル哲学だの何とか実在論だの、通俗哲学者の諸君にいたる大勢の研究者や思想家が(自称も含めて)いるけれど、いかにたくさんに事績が積み上げられていようと、それら個々の成果は砂粒ほどのことでしかなく、これまでの成果を積み上げたところで富士山などとは比較にもならない。まぁ、東大や京大で愚にもつかない哲学の駄本を書いている無能どもは、無能であるがゆえに自己欺瞞に陥り、自分が砂粒ではなくフンコロガシの糞玉ていどは作ったと思っているのかもしれんがね。

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