Scribble at 2024-06-30 09:39:49 Last modified: 2024-06-30 10:26:40

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中島義道『時間と死-―不在と無のあいだで』(ちくま学芸文庫、2014)

アマゾンでも散々な言われようだが、とにかく自分自身の「死」について色々と書いてきた方でもあるため、この分量で1,210円というのも困ったことだが、とりあえず昨日は役職者の勉強会で出社していたので、ジュンク堂で見つけて買ってきた。これから読むので色々と言うつもりはないが、ざっと目次を満た限りでの感想を書いておく。

僕は、はっきり言って本書のようなアプローチには嫌悪感を覚える。理由を端的に言えば、死の恐怖を時間論の概念的な混乱という状況へ投げ入れることで誤魔化しているだけに思えるからだ。この人物は、もっと straightforward に「死ぬのは嫌だ」と堂々と語っていた筈なのだが、自分で哲学塾なるものを主催して人の上に立つようになると、そういう態度は格好悪いと思ったのか、明らかに筋の悪い「哲学教師」のスタンスに退行してしまっているように見える。科学哲学者としてこういうことを言うのは噴飯ものだと思われかねないが、自分自身の死という、「テーマ」や「概念」と呼ぶことすら自己欺瞞だと思えるような話に比べたら、時間なんてどうだっていいんだよ。そんなもんが解明されようがされまいが、自分自身の死に際して何の関係もないじゃん。昨今の通俗物理学ではホットな話題である、「時間は実在しない」なんていうテーマにしたって、その是非が決まったり分かることと僕ら自身が死ぬということに、実は関係なんてないんだよ。

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