2019年04月02日 に初出の投稿

Last modified: 2019-04-02 20:14:52

基礎的な素養を積んでおくことが、結局は勉強なり研究なり、あるいは思考や吟味の無駄を少なくして真に取り組むべき課題を見つけたり、そういう問いに取り組む余力を確保できるという実例は、たとえば読書という経験にたくさん見つかるだろう。

さきごろも、そういう経験があった。買ってから読まずに置いてあった『意識はいつ生まれるのか』(マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ)を読み始めて半分くらいまでは thanatophobia の論説にも参考となる麻酔や睡眠の話が出ていて興味深く読んでいたのだが、さて著者らのアイデアはどうなのかと第5章を読み始めたとたんに、がっかりしてしまった。統合理論の公理だなんだと書いているが、とどのつまりは単なる古典的なフレーム問題を議論しているにすぎないからだ。人の意識は「~ではない」という無数の可能性を排除していることに特徴があるという第4章の議論を読んでいる際に薄々は感じていたが、やはりというわけだ。もちろん、参考として読了はするつもりだが、恐らく哲学的にはもちろん、認知科学や神経科学としても興味深い知見は得られそうに無い。

しかし、フレーム問題を知らない人々、たとえば本書の帯にコメントを書いている熊谷達也とかいう、聞いたこともない人物(ITベンチャーの経営者か、マッキンゼーあたりの二流コンサルだろうか)には新鮮だったのだろう。他にも、たくさん本を書いているが殆ど学術的にはインパクトが無い立花隆、脳科学プロパーだがフレーム問題のような工学の知見はなさそうな池谷裕二、そしていまだに『パラサイト・イブ』でしか知られていない(たぶん作家というよりも『パラサイト・イブ』を書く役割だっただけの人なのだろう)瀬名秀明といった人々がコメントを寄せており、出版社との付き合いで適当にコメントを寄せているのだろうと善意の解釈をして同情すべき余地はあるものの、やはりこの程度の本を推薦する軽率さは否めない。

買ったときに、どうしてこういう分野の翻訳書がマイナーな出版社から2,000円ていどで発売できるのか、少し不思議ではあったが、なるほど脳神経科学の少しばかり高尚な通俗書かエッセイだと思えば合点がゆく。冒頭で書いたように前半の麻酔や睡眠に関わる記述は興味深く、そういう雑な意味では有用なものだと思うのだが、試しに ac.jp ドメイン(大学)に限定して著者名を検索すれば分かるように、学術研究者は殆ど言及すらしていないことが分かる。

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