2018年12月07日 に初出の投稿

Last modified: 2018-12-07 11:15:31

日本聖書協会が発行する日本語訳聖書「新共同訳」が、世界中で使用されている無料の聖書アプリ「YouVersion(ユーバージョン)」で利用できるようになった。

新共同訳、無料聖書アプリ「ユーバージョン」で利用可能に 音読機能も

宗教もまた哲学や思想について学ぶにあたっての重要な関連分野と言える。もちろん、その思想家が深くかかわっていたわけでもない限りカルトを学ぶ必要など微塵もない(というコミットメントにおおよそ問題はないというコンセンサスくらいは、日本の学界にもあるとは思う)が、少なくともキリスト教や仏教やイスラム教のオーソドックスな宗派の教義や歴史については、概略を得ておくのが望ましいだろう。ということで、僕は聖書については YouVersion というソフトウェアをスマートフォンに入れていて、聖書を少しずつ読んでいる。

さて、或る人物や集団の思想なり哲学の学説を正確に(つまり歴史的再構成として時代錯誤を避けつつ)理解するために必要な「関連分野」と一口に言っても、人の生がつまるところは自然現象でもあり人文・社会科学のあらゆる分野とも無関係ではないと言えるからには、それを特定したり敢えて制約することは難しいし、本来はするべきでもないだろう。もちろん、一定の脈絡を設定して制限をつけた上で議論することは(それが脈絡を制限した上でのプログラム・リサーチであるという自覚があるなら)妥当で堅実な研究だと思う。そのようなアプローチを、僕は何も「日本人がお得意の部分最適化」だのと愚弄するつもりはない。

僕が日頃から日本の IT 技術者が書くブログ記事や論説、あるいは哲学プロパーの論文について指摘しているのは、それが「愚かな部分最適化」だからであって、はっきり言えば学問や学術を押し進める力が全くないからだ。アリが木の葉を数センチでも動かすていどであろうと何か明白に成果と呼べるものがあれば何も書こうと思わないが、多くの研究は自身の学術という実務における「成果」そのものを定義することすらしない。それゆえ、誰かが読んで面白がってくれればいいなどというエッセイまがいの文章を「研究ノート」や「論文」と称して世の中にばら撒くこととなるのだ。このていどの応用ないしメタ哲学すら学生時代に考えたり同期や指導教官と議論していない者に、学術活動の実務において成果など出せるわけもない。無能な営業がえんえんと「次はがんばります」と言ってるのと同じで、がんばっているうちに定年がくればいいというのが、企業や大学における終身雇用の負の効果(恐らくこれまでは、労働組合の活動等に対するフリーライドとも言えたし、リストラして採用しなおすコストが大きいという事実を担保にしたモラルハザードとも言えた)であるのは、誰が考えても分かる。もちろん、雇用の安定も大切だが、大半の凡庸な哲学教員は仕方なくても、無能の雇用を安定させる必要はない。

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