2018年11月20日 に初出の投稿

Last modified: 2018-11-20 17:54:17

「学歴ロンダリング」という言葉があって、どういう正統性があるのかは知らないが、「定義」とか「解説」と称する文章によると、出身大学よりも上位ランク(何が「ランク」なのかはともかく)の大学院を卒業することだとされている。そして、これは明らかに derogatory な脈絡で使われる。学部は慶応とか早稲田しか出ていなくても、修士課程に2年ほどいるだけで「東大を出た」と言える。そして、こういう言葉を使う人たちは、それがどうやら許せない不正であるかのように感じられるらしい。

もちろん、こういう言葉遣いや動機に正当性がないのは明らかだ。恐らくは、大学院への進学の実状とか、あるいは何のために大学院へ進学したり学問を志すかという学術とは何の関係もない、要するに「慶応を出た」とキャバ嬢に語って聞かせたり、合コンサークルで「東大卒」をアピールして主導権を握るといった、自意識の話しか興味がない人々の反知性主義的な「やっかみ」が根底にあるのだろう。

しかし冷静に考えれば、実際に当人が東大の大学院を卒業しているのであれば、何の問題があろうか。この定義からすれば僕も学部・修士・博士と、外形としては明白に学歴ロンダリングしたことになるが、僕は何も「最終学歴は神戸大学(中退)」などと自己紹介するために神戸大学の博士課程に進学したわけではなく、単に有能だったからにすぎない。もちろん、重ねて言うが、その「有能さ」とは全能的な意味ではなく、特定の分野の学術研究にあたって実務や背景知識として条件を満たしていると認められたという意味だ。よって、僕がそういう意味で有能であることに何の疑問もないし当然だと思っているが、他には企業で役職者を拝命できるていどのシステム開発や情報セキュリティマネジメントやウェブデザインや DTP などといった、限られた有能さしかない。あらゆることがらについて有能な者などいないのだ。

したがって、大学院への進学では、出身大学と単に違う大学の大学院へ進学することなど頻繁にあるし(そもそも大学院を設置していない大学も多いので、そういう大学の出身者は内部進学しようがない)、専門性という観点から言っても上位の大学で数多くのスタッフが揃っていて色々な研究テーマに対応できる大学院を志望する人が多いのは当然のことだ。つまるところ「学歴ロンダリング」などという言葉は大学院への進学を考えたり調べたこともない人間の妄言にすぎないわけだが、かといって、本当にキャバクラで「東大卒業」と言いたいためだけに一念発起して勉強したような(それはそれで何かの才能はあると思うが)人間を揶揄するために限定して使えるかと言うと、そんな動機を誰がどうやって証明するというのかが分からないし、こういう言葉を使いたいとウズウズしているような人間は、そもそも高学歴の人間を貶めるという鬱屈しかないのだから、当人の目的を証明するつもりなどないだろう。よって、現状の意味においてはもちろんだが、限定した意味というものもありえないと言わざるを得ない。

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