2018年09月18日 に初出の投稿

Last modified: 2018-09-18 11:25:31

大海を渡ってはいってきた新しい文化は、やがては、古来の土着文化と対決せざるをえなかった、そして大きい旋風をまき起こしてその暗黒の奈落に、なおよろめきながら歩いている若い人々を引き入れねばならなかった。人々は絶望し、いずこヘ行くベきかもわからず彷徨した、そして憂鬱になり高慢になった。このような気分にあって人々は、ショーペンハウエルやニーチェの哲学から親縁な音調を聞き出し、これらの哲学に党した。やや冷静に考える人たちは、考察の原理も行動の原理もともにこれを求めることなく、アメリカのブラグマティズムを迎えた。実生活上の懐疑主義はつねに理輪上のプラグマティズムと相提携するのが普通だからである。このような行く方を知らない熱狂が鎮まってからやっと、日本国民の精神は「男らしく」なった。いまや日本国民の精神は、批判的でありうるまでに成熟をとげた。そこヘドイツに発する批判主義の革新運動は美しい島国に向かってなだれよせてきたのである。[Miki Kiyoshi, "Rickerts Bedeutung fur die japanische Philosophie", 1923 (桝田啓三郎/訳)]

三木清『日本の哲学に対するリッカートの意義』

日本人が昔からこの手の時事雑談や印象批評、あるいはもっと平たく言えば「業界話」を哲学論文と錯覚して大量に書いてきたことは事実だし、読む側もこのような文章の行間に隠された思想なるものを読み解く知的パズルを楽しんできた。日本において、哲学がいまだに多くの人々から言葉の遊びや単なる観念操作だと見做され軽蔑されているのも、結局のところは自業自得と言うべき点が多々あろう。もちろん、だからといって古典の読解を軽んじていい筈はないし、AI や機械学習や量子コンピュータといった先進的な話題に取り組みさえすれば哲学として何かが「進む」わけでもないのは、(有能な)学部生ですら自力で到達するていどの知見である。

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