2018年08月21日 に初出の投稿

Last modified: 2018-08-21 15:59:04

死後世界も霊魂もないなら何をしてもいい──を実行した人がいた

稀に碩学でも敢えて雑事や学内政治と距離を置きたくて非常勤や助手を続ける有能な研究者はいるが(物理の和田さんとか)、一般的に言って大学の非常勤講師というのは博士課程を出てから助教授や教授へ抜擢されるほどの業績もなく、いわば大学のポストを順番待ちしているだけの凡庸な人物が大半を占めており、いくら宗教学が専門だとは言っても人の生死について自説を世に問えるほどの見識などない。CCC のような IT チンピラの出版社であるからこそ出せた本と言うべきであって、僕らのような出版業界にもいた哲学者から見れば自費出版と同じレベルのものだと思う。よって、当サイトで扱っている thanatophobia に関する論説で、こんな紙屑を参考文献に加えることなどありえない(というか、いま加えている本の中にも紙屑同然の駄本が幾つかあるが、敢えて追加してあるだけのことだ)。

>> 「いつか死ぬなら、何をしてもいいんじゃない?」という問いにちゃんとこたえるには、最低でも、これくらい知的な、あるいは宗教的な知見が欠かせない、とわたしは考えています。 <<

最低でも? この記事を最初から丁寧に読んでみて、この箇所までの何千文字かの文字列で著者が何か答えたというのだろうか。或る条件において、或る人はこうした別の人はこうしたという事実の羅列があるだけではないのか。知的でもなければ宗教的ですらない、殴り書き同然の文章が何を答えているのやら、小学生や中学生が読んだとしても呆れてしまうだろう。

HPが5しかないスライムにイオナズンを唱えるような真似を続けても仕方がない。無視して真面目に問いを扱うことにしよう。まず、死後の世界や霊魂などというものが、死ぬのが怖い人間が作り出したファンタジーであると考えている(「知っている」と言いたいところだが、悪魔の証明になるので控えておいてもいいだろう。知っているとまで言えないからといって、我々が自分の意見を疑っているわけではないからだ)僕らのような人にしてみれば、死後の世界がないというだけで不道徳な行いや気ままな振る舞いをする人間と、最初からバカで不道徳な行いや気ままな振る舞いをする人間とでは、何の違いもない。つまり、その前提がなくなった「から」不道徳に振舞ってもいいと考える信者と、最初から宗教に帰依していなくても不道徳に振舞っていいと思っているバカとでは、要するにバカという点では同じだからである。そして、どういう理由や事情にしても、そういう人々の反道徳的で反社会的な振る舞いを規制したり抑制することが共同体のルールなり治安維持の役割であってみれば、そういう人々に周りの人間や行政機関がやることは同じであって、行動を制限したり逮捕したり、当人の振る舞いの悪質さによっては射殺するという選択肢があるだけだ。

そして、同じ前提を共有して死後の世界がないと思った信者であろうと、その大半は多くの冷静な(宗教に帰依していない)人々と同じように、翌日から銀行強盗を始めたり周囲の他人をライフルで撃ち殺し始めるような人間になったりはしない。結局のところ、そういう人格や人間性というものは、何かを信仰しているかどうかとは関係がないということが分かるだけなのである。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook