2018年08月14日 に初出の投稿

Last modified: 2018-08-14 14:03:01

哲学系の話題を伝えるメディアとして Daily Nous が数年前から好評を博しているのは周知だと思うが、"the importance of philosophy" というテーマで幾つかの論説なりエッセイを集めているページがあった。そして、驚くことにリンクが10個すら集められていない。単純にスタッフが不足しているのかもしれないが、わざわざ特別なページを作ってこれでは誰も着目してはくれない。そして、ウェブページも印刷物と結局は同じであって、後でどれだけアップデートできようとも、初見で悪い印象が残ったページには二度とアクセスしない人も多い。そもそも、そのサイトに二度とアクセスしないユーザにとっては、ページをアップデートしたと幾らでトップページで広報しても無意味である。よって、印刷物と同じくウェブサイトも、いちど広告としての過ちを犯せば取り返しがつかない場合がある。

それにしても、哲学の意義なり効用を説明する文章をこれだけしか集められないというのは酷い。このていどなら日本のプロパーが書いた論説ですら上回るだろう。もちろん、条件によっては掲載するに値しない文章もあるだろう。例えば、哲学プロパーが自ら哲学の「学問としての意義」を語っても無効であるという基準なら、プロパーにいわゆるメタ哲学的な哲学の擁護を語らせても掲載はできない。でも、好きでやってる人間に好きな理由を語らせるのも一つの手法ではある。要するに、そこでは学術的な成果とは別に、やはり相手は人間であって、しかも門外漢なのだから、或る程度の文章力は必要なのだ。「しょせんは金持ちの道楽」だと思われないような書き方というものがある。

それはそうと、僕がネットを使い始めた前世紀の末頃(「前世紀」とか、こんな表現を自分について使うことになるとはね)から philosophynews.com というサイトがあって、それなりに紆余曲折があったらしいのは傍から見ていても分かるのだが、こちらはやや低調なようだ。Daily Neus との違いはなんだろうか。そして、日本のようにいまだに「科学哲学」とか「ギリシア哲学」とかいった細かい仕切りで人間関係すら区画されている状況だと、同じようなメディアを運営しようと思っても、各専門分野から人材を集めないといけないという問題があって難しい。中世哲学だけ誰も参加しないとなると、そこだけ特定の学会に入っていなければ分からないような情報が欠落することになる。そして、やはり日本のプロパーの様子を見てると個々に海外の学界を睨んでいて国内の同業者には無関心という傾向がいまだに強いらしく、出版社などに目を付けてもらいたいという野心(笑)でもなければ、たいていの研究者にとってメディアを作って運営するという動機はないのだろう。(ま、敢えて書くが、どのみち哲学は趣味の問題だしな。)

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