2018年05月30日 に初出の投稿

Last modified: 2018-05-30 10:30:59

若者にとって見通しの悪い社会(しかし、哲学を学ぶか、学ばなくても冷静に考えたら、「見通しのよい社会」なんてあるのかと疑問に思ってもらいたいわけだが)になっているとかいう触れ込みで、またぞろラジオ人生相談みたいな哲学の通俗書をばらまく教員やアマチュアがたくさんいる。そして、彼らは曖昧な表現で「哲学サバイバル」とか「生き抜くための哲学」などと言うわけだが、これは非常に不愉快な言い回しで卑怯だと思う。生き抜くのは僕ら自身であり、思想とかミームのような物書きたちのつくりものではないよ。結局、こういうフレーズを振り回してる連中というのは、自己啓発セミナーで小遣い稼ぎしてる人々と同じで、本を読めばどうにかなるかのように言っておきながら、最後は本人の責任だと突き放すという(表面的にはもちろん妥当だが)<気軽な厳しさ>を平気で演じる文化芸人と言ってよい。そういう、パターナリズムとリアリズムを使い分けながら、実はものを書いている当人は冷笑的にものごとを眺めているにすぎないという、日本の評論とか社会思想に特有の傍観者的な厭世観というのは、もちろん仏教とも関係があるのだろうが、恐らく日本が国連からたびたび糾弾されているような性風俗に関する無神経さ、あるいは海外なら R 指定が確実なマンガやアニメやゲームやラノベが山のように出回り、公共交通機関の車内広告にすら許可されているという現状と通底するのだろう。

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