2017年11月28日19時02分 に初出の投稿

Last modified: 2017-11-28 19:02:05

日本の大学教員が Twitter とかに書いてる研究費の話にはいつも違和感があるんだけど、君らは、課題について無理解でも虚勢だけでパトロンになってくれる貴族でも探してるんですか? 民主国家では納税者や官僚の匙加減で配分が変わるのは当たり前だ。したがって税金を使う限りプレゼンは研究者の義務なのであって、分野や個人のあいだで競争や駆け引きが生じるのは、「サイエンス・ウォーズ」が起きる前から自然ななりゆきだったのだ。もちろん、このような状況だと、端的に言って金持ちの子息が学術研究者になりやすいという格差が拡大しやすいのは仕方がないので、才能はあっても資金がないという人の苦労は増える。しかし、気の毒だが、それでも生き残るようなレベルの人さえ、結果として残ればよいのだというのが自由主義経済で学問をやるということなのである。ゆえに、金儲けのために通俗的な本を書いたり各種のイベントに出てゆくのは、あるていどまでは理解できるし、かつて栗本慎一郎さんが「学者はメジャーでなければ結局は何もできない」というのは、一面の真理ではある。ただ、残念ながら大半の学者はそのまま「文化芸人」となって、マスコミや出版社が期待するような研究をしたり発言を繰り返して、そういうポジションでの言動が自意識を埋めてしまう。その成れの果てが、いわゆる朝日=岩波文化人と呼ばれる連中や、産経文化人と呼ばれる人々だ。他にも似たような文化芸人は媒体や分野によってたくさんいる。

資金を集めた後は通俗的な仕事を拒否してマスコミにどう扱われようと無視したり、もっと巧い人は資金だけ手にして海外の大学へ行ってしまう場合もある。こういう人たちは、僕は(それと学者としての有能さは別なので尊敬はしないが)身の処し方として最適化がうまいと思う。

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