2017年09月11日00時34分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-09-11 10:31:24

一ノ瀬正樹さんについて検索すると、いまだにあの爺さん(本当に爺さんなのかどうかは知らんし興味もないけど)のサイトが1ページ目にヒットするんだな。随分と前に見た記憶があるけど。でもまぁ、あの体裁だとキチガイであることが「わかりやすい」からマシだよね。僕みたいに、なまじっかプロのデザイナーが偏屈な科学哲学爺さんとかになったら、その辺の泡沫デザイン会社なんか比較にならないくらいデザインは巧いので、まともなサイトに見えてしまうから危険だ。

それにしても、僕にも責任はあるのだけど、一ノ瀬さんの因果関係の哲学について、もっとまともな論評がオンラインの文書として出てくれば、こういうキチガイ爺さんのサイトなんて検索結果からたちどころに消えうせるわけだよ。僕らアマチュアにも、こういうバカのサイトが遠のくように検索する人々を保護する社会的な道義というものがあろうと思うわけだよね。アマチュアにもできることはたくさんある。しかし、検索結果を代わりにクズで埋めてもしょうがない。だからこそ、アマチュアでも自分なりに見識をもって、一定水準のコンテンツを公表するべき責任というものが求められる。素人だからといってテヘペロで済むと思うなら、それは端的に言って、自分自身の内発的な動機をもって哲学を学ぼうと決めた自分自身に対する、自己欺瞞というものだ。

僕もアマチュアの一人だけれど、僕は昔から素人とかアマチュアを自称する人を疑うことから始めている。これは考古学少年だった頃から始まって、プロパーだった時代も、いまのアマチュアとして学んでいるときも同じだ。とにかく、こういう人々の多くは自分の勉強不足を簡単に言い訳にする傾向がある。素人やアマチュアだからといってテヘペロで済むと思うなら、それは自分自身の動機なり意志をもって哲学を学ぼうと決めた自分自身に対する自己欺瞞というものだ。適当なものでいいと自分で低いハードルを設定するなら、それはそれでいいけどさっさと飛んで見せろよ無能、とか俺は思うけどね。そして、そういう人々に限って、どれだけ自分でハードルを下げようとも、実は論説一つすら書こうとしないんだよな。いや、自分自身のために学んでいるなら別に公表はしなくてもいいし、文書としてまとめなくてもいいけれど、本当に何か考え続けて成果を自分なりに出したのかと言われても答えられないだろうと思う。

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook