2017年08月07日11時35分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-08-07 11:35:21

そういや高校時代に物理と地学を教えていた「ダブル」というニックネームの先生は、何かの番組で火山が噴火してる様子を楽しそうに解説してる竹内均さんを指して「こんな自分の好奇心しか頭に無い科学者がいるようでは日本はだめになっていく」と憤慨していたな。あらかじめ自制してもらう制度なり教育を整える方がいいのか、あるいは好きにさせた後で法律が是非を判断したり、あるいは銃やナイフを手にした人物が誅するのがいいのか。僕は、どちらとも言いかねる。後者が悪いとも一概には言えないよ。だって自由にさせてほしいなら見返りの一部はそうなりうる。

たとえば、少し前に「ミニ・ブラックホール」が生成されるかもしれないという実験を中止しろと迫るムーブメントがあったのはご存知だと思う。本気でこんな実験が危ない、つまり罷り間違ったら一瞬のうちに人類どころか地球や太陽系が消失する可能性が僅かの確率でもあると考えられる実験であれば、それを制する人々がいてもおかしくないし、そういう人々が一定の仮定にしたがって科学者をどこかへ拘束したり、あるいは殺害したとしても、それなりに「理由はある」と言える。つまり、われわれ人類がやっていることは、一切の分類や貴賎の区別もなしに、何らかの理由があれば他人から規制されたり強制されうるのだ。そういう「外部」が必ず知的営為というものにはあって、それは自明とも言いうる日常生活だけに限らないのである。こうしたことを真面目に理解して自分の思想なり学術活動なりに反映させたり考慮している研究者というのは、僕はそれほど多くない(事実として金銭や生活に追われている学者は多いと思うが)と思う。

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