2017年07月30日13時04分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-07-30 13:14:47

僕は残念ながら東さんとか「耽美系アイコンの人」とか東京のド田舎で高速道路がどうこう言ってる人たちの、哲学科のまともな学生なら学部時代に通過しているはずのメタ的な話題を持ち出して、何か自分達が従来の「哲学」を現代的で通俗的な視点から相対化できているかのようなポジショニングをしてる人たちって、あまりにも愚かで興味ないんだよね。要するに彼らが表現してることって、サブテキストとして言えば、「ねぇ、見て見て。俺ってばこんなにエレガントに哲学やってるよ!」みたいな自意識トークにすぎないんだよね。おじさんから言わせてもらうと、それこそ80年代の青山学院とか慶応に腐るほどいた現代思想好きな学生と何が違うのかという感じがする。

かろうじて春秋社や頸草書房さんからの出版が続いている「分析系」の人々にしても、マスコミを巻き込んだパフォーマンスはポモの人々よりは下手で蓄積もないだろうから、彼らからアプローチされると若手の人たちは簡単に乗ってしまうんだよね。で、後輩には気の毒だけど成瀬君のように哲学アイドルとトークショーとかやって、そういう通俗化こそが思想としての勝利なのだと、吉本隆明をはじめとする都内の田舎文化人と同じレベルでのうのうと小銭稼ぎを始めることになる。

まぁ、その果てに岩波書店あたりから「知の巨人」と帯に書かれた評伝を書いてもらうのもよし、あるいは「だれそれ分析哲学著作集」などを出版してもらうのもよいだろう。でも、図書館へ通っている者の実感として言えば、最初はその手の「全集」を出してもらうくらいなら(学術的な評価はともかく名声としては)安泰かもしれないと思ったけれど、石川淳の全集が書庫に追いやられていながら石原慎太郎全集が堂々と置かれている様子を眺めて、やはりその程度のことも刹那的な利得にすぎないと思う。

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