2017年06月17日11時01分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-06-17 11:01:59

AI の脅威とか騒がなくても、30年近くも前からフォン・ノイマンの三つの成果(原爆・コンピュータ・ゲーム理論)を真面目に扱ってきた人はいたわけで、既に詰みあがってる議論はあると思うよ。プロパーが我こそはと先を争ってコンピュータサイエンスの哲学のオーソリティ争いしても、僕らから見れば愚かでしかない。何の衒いもなしに書くけど、既に哲学はそこで為されていると思う。僕らのように、ラベルではなく内容でしか「哲学をやっているかどうか」を判定しない人間から見れば、"philosophy of something" といった論集の出版は、相当に遅延した指標(結果)でしかない。それに、プロパーの実感としても同じようなものだろう。或るテーマのアンソロジーの編集というものは、一定の成果が蓄積されてから、いまだと見込みのある doctoral student か lectuerer に編集を任せて実績にしてあげるというのが定番だからだ。

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