2017年04月14日13時11分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-04-14 13:15:31

人文学は何の役に立つのか?

連れがポイントしていたので一読してみた。確かに、こういう着眼点で人文系の研究者を「世間ずれ」していると断じる手合は昔から多いし、それが裕福な国家でのうのうと生きている子供(あるいは子供同然の知性の大人でもいいが)の文化的な特権とも言うべきものだ。しかし、特権だからと言って自由に馬鹿げた議論を公にしたまま放置されても困るので、やはり一定の論評は大人の責任として加えておく必要があろう。ちなみにメタの議論にメタレベルの観点から論評するのは、いまでは「マウンティング」などと呼ばれて無粋なこととされているが、哲学者にとってそんなことは論評を差し控える正当な理由にはならない。(なお、一部の方々には腹立たしいかもしれないが、そろそろ無意味な謙遜はやめて「哲学者」と自称することにした。ただし僕はプロパーではないし、自分自身では科学哲学に携わること自体が哲学をすることだと思ってきたので、「科学哲学者」と自称するのは控える。もちろん、通俗的な意味での「哲人」とは違うので、単なる物知りを自称しているわけでもない。そんなことは大学でまじめに哲学を学んだ人間なら誰でもわかるとは思うが。)

とりあえず最初に指摘できるメタの議論としては、日本のネットユーザの大半もしょせんは凡人なので、こういう英語の文章が読める人の海外事情の紹介という立論にコンプレックスをもっている場合が多い。その結果として、一方では英語の文章が読める人は何か「国際標準の」見識を身に着けていたり、グローバルな観点とやらで日本の議論を批評できるかのように(無自覚であろうと)受け止めてしまうか、逆にそれを理由に無意味な反発を覚えたりする。しかし、こと哲学に関してはそんな些事はどうでもよい。アメリカにもバカや能無しは(大学教授でさえ)膨大な数で存在するし、心の哲学で一世を風靡した有名哲学者ですらセクハラで訴えられる始末である。人というものは、そもそも何十億人が集まろうとも有限な力量しかない有機体であって、その中の或る個体が宇宙を支配するような知識や能力をもつわけがないのである(しかるに、その程度の有機体が考え出した「神」などという概念も同様である)。そういう意味では、いきなり通俗的になるが、誰しも「どっこいどっこい」なのであり、そういう限られた能力と時間と動機づけしか持たない個体からなる集団において、考え出されたり批評されたりするのが学問なのである。たかだかアメリカの些細な事情を知っているていどの人間が、自分の国で議論されていることを大上段から否定し尽くすなどというのは、まさに「セカイ系」と言われた 2000 年代初期の通俗物書きたちによる思想家ごっこと同じ類のものでしかなく、実はそんなことに世の中を動かすほどのラディカリティなどないということを正しく理解するのが、まじめに大学で人文系の学問を学ぶということなのだ。

哲学は、哲学するということについて反省するために哲学しなくてはならない学問である。考え抜くことが本質であるからには、そうせざるを得ないという宿命のようなものがある。もちろんその一部は科学の成果を援用してよいし哲学とは古来より自然科学の成果にも学ぶ学問であって、大した根拠もなく「哲学と科学は違う」などという歪んだ自意識を維持するような人間にまともなレベルの哲学ができた試しはない。そして、こういう困難を一部では共有している人文系や社会系(そして実は自然科学も一部を共有している)の学問の事情や知識としての取り組み方を理解せず、アメリカ特有の「有用性のプレゼン」を、社会に生きる学者としての潔さを超える価値があるかのように過大評価されては困るのである。したがって、学問の有用さを問うという自らの問いの正当性を疑わないのは、やはり素人考えという他はない。筆者は具体的な経歴は語っていないが、仮にドクターを出て大学教員になっていたとしても、はっきり言って研究者としては三流にしかなれまい。

人文学でやってることの多くは思想に関わる。そして、簡単に言うとそれらは大学があろうとなかろうと出来なくてはいけない筈の営み、つまりは生き方なのであって、大学の学科としての生き残りという、哲学的には「瑣末」と言う他はない事情を優先するべき妥当な理由など、本来は存在しない。こういう議論が「逃げ」とか「論点ずらし」に見えるのは、趣味程度にしか人文学を学ばなかった人の限界という他はない。なにやら記事の筆者には親戚に大学教員がいるとか人間関係の事情もあるようなので、あまり畳み掛けるとプライベートな事情についても論評されているような気分になって冷静さを失う人も多いだろうから、このくらいで批評は終えよう。

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