2017年04月12日11時40分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-04-13 09:28:52

『科学とモデル シミュレーションの哲学 入門』、マイケル・ワイスバーグ/著、松王政浩/訳

こういう成果もきちんと翻訳されたり研究書として出版されるようになったのは、ひとまず良いことだ。アナロジーに関するまともな研究業績やこれらの成果が、クソみたいなイラストや図表やインフォグラフィックで手軽に啓蒙の一端を担ってるつもりになってる通俗物書きや出版社がいかに浅はかであるかを指摘する一助になれば、更に日本の通俗的な著作物の水準も引き上げられることだろう。

モデルとは意味合いが違うと思われるかもしれないが、漫画やイラストを使った図式的な描写というものにも言えるのは、図式的に描写された内容は既に個々のモデルや図表や作品において哲学の議論ができる訳で、わざわざ通俗化のためだけに質の悪い漫画を書かせたりご都合主義的な例え話を考案する必要なんてないのだ。そのていどを理解していない者がアナロジーや数理モデルを哲学として語る能力があるとは信じられない。また、漫画を概念の描写手法として扱って、まともに哲学の解説に採用して運用できるなんて思えない。それこそ、そんな連中が漫画や絵画や表現手法を語っている情報の哲学や分析美学や映画の哲学などというものは、プロパーの「業績」であっても、せいぜい茶の間で野球観戦してるオヤジが怒鳴っていることと内容は同じレベルだろう。

同じく意識や心の哲学でも、既に研究者が導入しているモデルを議論すればよく、ゾンビなどという哲学的なオモチャで語って済ませられる時代は終わってるはずなのだ。少なくとも(分析哲学はともかく)科学哲学ではゾンビなんてほとんど語られなくなってると思う。その点、まだ日本のアマチュアや通俗的なレベルの評論・出版は程度の低いものが多く、哲学のプロパーが書くものですら、わかりやすさというポピュリズムやパターナリズムという俗世間的な趨勢には抗えないという格好の事例だと思う。

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