2017年02月11日13時08分 に初出の投稿

河本孝之Takayuki Kawamoto

Last modified: 2017-02-11 13:08:35

If Aquinas is a philosopher then so are the Islamic theologians

このような記事、しかも Creative Commons で転載可能なリソースとして掲載すらしている記事を、それこそ毎週のように発行できているというのは、やはり文化や知識に対する敬意だとか、それらの力を認めて、それゆえに歪められたり弾圧されやすいからこそ積極的に色々な内容で発信し続けていこうとする、欧米社会の文化的なリソースの豊富さを垣間見る気がする。自分達のもっている思想の来歴に関わるという強い自覚がメディアの運営側にもあるというのは、或る意味では、それだけ思想や宗教の影響が強い証拠であるとも言えるのだろうけど、日本のメディアには全くないスタンスだ。日本は中立の名において人文・社会の素養を維持したり引き上げるような活動を怠り、「民主的」とは名ばかりの上方圧力だけが強くて「バカにレベルを合わせる教育制度やマスコミ」を醸成・維持してきた結果、出版・報道に携わる大多数の人々からして、宗教や思想に関するただの無知になってしまった(もちろん、補習や勉学の補助を否定しているわけではない。僕だって高校時代の殆どの教科は赤点だった)。

僕は、宗教について無知な人間が「私は無宗教だ」なんて公言していても全く信じられない。そういう人間に限って、ベタな妄想や欲望でしか物事を判断しない俗物性と、無宗教やリアリズムとを混同しているものだ。無宗教であるということを、何か他人に非難されない「いいひと」であるための逃げ口上や fairness、あるいは物分りのよさや理解力のある良い大人(気持ち悪いな。ロリコンかよ)の指標であるかのように誤解しているのは、恐らく(全てではないがかなり多くの)日本人だけだろうと思う。

いま議論されている「生前退位」についても、ブラックだの何のと騒いでいるだけの人々は、恐らく庶民こそが特定の家族をこういう制度に「監禁」してきたという自覚がないのだろう。この文化的・政治的な愚劣さは黒人奴隷の歴史を遥かに越える。

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